
で、
買いました、DVD−BOX、「ゼゼコレ」、瀬々敬久の3枚組。
中古ですけど。
ずっと欲しくて、
でもなかなか手が出ませんでね、一万前後すると、もう。
大人になっても大人買い出来るほど裕福にはなかなかなれません。
これは前記事のブロードウェイ3階、レコミンツで購入しました。
発売しているのもブロードウェイという会社。たまたま。
内訳は、
『雷魚 黒い下着の女』
『汚れた女(マリア)』
『アナーキー・イン・じゃぱんすけ 見られてイク女』
の3本。
これはどれもこれも凄いです。
凄いと思う。
いちげんさんがパッと観てパッとわかる凄さとは言い難いのですが、かつてピンク四天王とよばれムーブメントをおこした運動体として、時代をつくってきたが、そのうちコンスタントに作品を発表出来ているのは瀬々監督とサトウトシキのみ。これは90年代後半の3作ですが、2000年代も後半にさしかかった現在も、相変わらず瀬々&サトウの“二天王”だけはアグレッシブに野心的な作品を発表し続けています。
作家論的なことを言う準備はできていないのですが、80年代の最期の年、北野武と時を同じくしてデビュー作を世に送り出したゼゼ監督の作品傾向は、おおざっぱに言ってみれば、
〈生と死〉、
〈性と政治〉、
〈現実と虚構〉、
〈からだとこころ〉、
〈起きてしまった事件と、理解し得ぬ原因〉を、
〈風景論〉を介して語る、という感じ。
『雷魚』は、その最も充実した成果であり、代表作とされています。
その陰に隠れて目立たない感じの『汚れた女』ですが、なかなか手ごわい映画です。いつかの機会になにか言いたいと思いますが、個人的偏愛の一本。
さて、
いよいよ一般商業映画にうって出るというときに、
瀬々敬久がとった選択は、
テーマ、画面の美しさ、芝居のつけかた、風景論、といったこれまでの自己の映画を構成してきたものを〈もう終わった〉ものとして、手ぶらでその先に進むこと。
その大きな一歩が『アナーキー〜』ということになります。
だから、
『アナーキー〜』にまで至ると、
普通の(安易な)ホメ言葉、
演技がいいとか、
映像が美しいとか、
物語が面白いとか、
社会的/社会派として考えさせられるとか、
感動したとか、
そういった紋切り型で語れなくなる。
だから、こちらも、
これまで〈映画〉を〈観て〉きたやりかたでなく、
〈感じ〉てきた感じかたでなく、
〈考えて〉きた考えかたでなく、
手ぶらで、接すること。
でも、よく考えれば、よく考えなくても、もともと、そういうふうに物事に接してきたはずです。
2000年代の瀬々敬久作品は、
正直、低迷してした感がありましたが、最近作『ユダ』『肌の隙間』で、
第二の充実期/黄金期が始まろうとしています。
theme : 映画監督
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