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②’柳下毅一郎2

連合5
『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』


(②柳下毅一郎1からのつづき→)

なぜなら、(操作についての)真偽のほどはともかく、以下の引用にみるように『映画芸術』誌はある理由があれば順位の操作も辞さない(かもしれない)雑誌であることは自明のことですし(※1)、こちらも後で詳述しますが(※2)、その疑いが相対的には濃厚である、外国映画ベストテン1位が『インディアン・ランナー』だった1991年度および日本映画ベストテン1位が『ユダ』の2004年度のときに、とっくに柳下氏はネガティブ・キャンペーンをはっていて然るべきで、そうであるのなら、当該エントリーでの柳下氏の今さらビックリ仰天したような文章はあまりにカマトトぶりっこが過ぎますから、やはりここは①の“ぼくのベストワン”へのための操作なら許されるが、そうでない操作だから<しかしこれは酷すぎる。>”という主張に帰結しそうです。
しかしこの結論では、先に述べたように「有り得ないのだから成り立ち得ないはずの批判」をおこなう柳下毅一郎は「日本語読解力や論理的能力に欠陥が」あると、まさに<その程度なんだとにおわせてしまう>ことになりかねませんから、ここではあくまでも“ぼくのベストワン”どうこう言う話は文脈に関係がないものとして、純粋に②“操作が<あまりに酷い>から、たとえ『実録・連合赤軍~』を推すためであったとしても酷い”という批判としてこのエントリーを再読してみましょう。(ここでは、操作の有無は部外者からは分からないという立場で検討したいとおもいます。)

※1 先に述べたように、<『映画芸術』誌はある理由があれば順位の操作も辞さない(かもしれない)雑誌であることは自明のこと>だということの論拠ですが、これはすでに荒井晴彦自身による“態度としての”言明があります。

<“客観的デナケレバナラヌーーという商業紙神話の渦巻く中で「チンケな客観よりオレの独断!」をキャッチ・フレーズにしました。また新聞ハ公器デアルーーに対置し、「絶対に私器だ」に私は固執しました”という斎藤龍鳳の言葉を編集者としての頭の片隅に置き、(略)ベストテンを続けてきたが、「独断」も「私器」もコマがなけりゃ行使しようがない。「キネ旬」やヨコハマみたいなベストテン発表するために借金してんじゃねえよ>(92年度選評)、<こんなベストテンのために俺は借金してきたんじゃない。買収、恫喝、指揮権発動、軍事介入、いろんな言葉が頭をよぎる。しかし、(略)担ぐミコシもないじゃないか>(95年度選評)

ベストテンを操作しようがしまいが、編集長自身が「客観」より「独断」、「公器」より「私器」を標榜しており、キネ旬やヨコハマ映画祭と同じようなベストテンだったらやる意味がないことを散々表明しており、それが編集長の編集方針でありモットー(のひとつ)であるのだから、もし万が一操作があったという事実が証拠を伴って確定されることがあったとしても、単にそれは『映画芸術』という雑誌特有の傾向や方針やカラーなのだとして受け止めることに、何の支障があるのでしょうか(「公器」でなく、「私器」「独断」なのだから)。そのうえ、もし、本気で荒井氏や編集部がコソコソと“不正を行っているような気持ちで”大勢のお手盛り選者を動員してベストテン操作をしているのなら、①84点②83点③82点④81点、などという露骨な僅差ではなく、適度に点差に緩急をつけて操作臭を脱臭するのではないでしょうか。そして、これがもし操作であるのだとしたら、露骨に操作感をみえる(痕跡をのこす)ようにすることで「映画芸術は断固として連赤や接吻やトウキョウソナタを支持しません!!」とい
う態度の表明をしているととらえるべきなのではないでしょうか。もしくは、疑念や邪推を抱かれても一向に構わない、という態度といえるでしょう。

つまり柳下氏が<あまりに酷い>というのが露骨に見えている(脱臭していない)ことへの憤り(「オレには見えてるぞ!」?)であるのなら、(操作があったとして)そう見えても結構だという表明がなされているわけですから、批判は空回りしていると言わざるをえないとおもいます。(“ぼくのベストワン”のためなら)<少々の操作なら許されるだろう>という部分と併せ読むなら<しかしこれは酷すぎる。>という言葉は、上記の「程度の差」の話に集約されそうに思えますが、あとひとつ、批判の文脈は残っています。
それは、この<酷い>選考が、<荒井晴彦はただ自分の嫉妬心を満足させるために映芸ベスト10を利用している>から酷い、そして荒井氏や編集部の意向を汲んだ選者軍団(と柳下氏が主張する)メンバーについて、<荒井晴彦が嫉妬した相手をおとしめるためだけにマイナス点を入れるメンバーを集めてきたと言われても反論できまい>という論旨ですが、さて、「荒井」が「嫉妬」で「マイナス点を入れるメンバー」を集めた、という理路にどこか誤りはないのでしょうか。

※2 さてここで、さきほど相対的に操作の疑いが濃いととらえることが可能とした2年、1991年度外国映画ベストテンおよび2004年度日本映画ベストテンについての簡単なデータにも目をとおしておきましょう。

1991年外国映画ベスト
①インディアン・ランナー69.5
②ミラーズ・クロッシング69.1(74.6-5.5)
③コントラクト・キラー64.1(?)
④ホット・スポット63
⑤羊たちの沈黙62.1(91.1-29)
⑥シザーハンズ54.6(64.6-10)
⑦マッチ工場の少女54(56-2)
⑧テルマ&ルイーズ51.6(86.1-34.5)
⑨ニキータ49(59-10)
⑨ワイルド・アット・ハート49(74-25)
‥と、トップが0.4点差の大接戦。当時、たしか『噂の眞相』あたりで荒井氏との男女関係の噂をトバされてもいた小出“シティロード”幸子が、荒井氏共々『インディアン・ランナー』を1位に挙げていることも疑惑に花を添えています。ワースト換算がなければ、『ミラーズ・クロッシング』『羊たちの沈黙』『テルマ&ルイーズ』『ワイルド・アット・ハート』が単純点で『インディアン・ランナー』を上回る。‥しかし、『羊たちの沈黙』『テルマ&ルイーズ』がワンツーなんて不細工な映芸ベストテンなど誰が見たいでしょうか?『母べえ』が1位の映画秘宝ベストテンとかを思い浮かべたらちょうど良いでしょうか。

2004年日本映画ベスト
①ユダ98(-)
②血と骨97(123-26)
③誰も知らない96(127-31)
④下妻物語91(101-10)
‥『誰も知らない』が1位の映芸‥ぞっとしないですねえ。

そして、ここで以下の柳下氏の主張が瓦解する。
<いや、築地魚河岸三代目が映画評を書いてもいいよ。でも、これじゃあ荒井晴彦が嫉妬した相手をおとしめるためだけにマイナス点を入れるメンバーを集めてきた、と言われても反論できまい。>
反論できるのだ。東大出の氏が魚河岸三代目と小バカにしたように呼んだ築地魚河岸の帳場さん・山下絵里は、奇しくも(?)上記疑惑の04年にも選者として投票していましたが、その内実をみてみると、荒井氏がベストに推す映画(『ユダ』など)と山下氏のベストは一本もカブらず、荒井氏がワースト点を入れた作品(『誰も知らない』『血と骨』『下妻物語』など)とは山下氏のワースト選出作と一切合致していない。
つまり、柳下氏がほぼ名指しで軽侮した山下絵里は、少なくとも、<荒井晴彦が嫉妬した相手を>(若松孝二を?『実録・連合赤軍~』を?)おとしめるため“だけ”にここで<集められたメンバー>ではない。そのことだけは間違いありません。そう「反論できる」。そして、そのことについてだけでも、柳下氏は山下絵里に<あまりに酷い>根拠もない人格否定的な言いがかりをしたと非難されたとしても<反論できまい>。
そしてメディアをもつ映芸ダイアリーズが、正面からお手盛りでもないし強権による操作もないとわざわざ反論しているのを併せ読むと、少なくとも柳下氏の用いた理路によるアライ映芸批判は<全然、筋が通ってない>。

そして、そもそも、荒井晴彦が若松孝二の映画を批判的に扱うことが、どうして「嫉妬」だということになるのか、二人の関係をはたから見ているごく普通の邦画ファンにはよく分からんというのが正直なところでしょう。若松孝二がイイ映画、スゴイ映画を撮ったから、社会的な反響を集めたから、嫉妬する、のか?しかし、そんなこと(若松孝二がイイ映画を撮ったり社会的反響を集めたりすること)は昔っからのことで、今さらな話だし、だいたい、荒井晴彦は若松孝二を一貫して批判しているわけでもなく、映芸ベスト・ワーストの話に限っても『われに撃つ用意あり』をベストに入れたり、『エンドレス・ワルツ』をワーストに入れたりしてます。いちいち論証はしませんが、ひとりの監督や作家にコミットし、一貫して推し続けるような批評家像を、批評家・荒井晴彦は採らない、その姿勢が荒井晴彦の批評的特質の大きな一点だと言えるのは<みなさんご存知だ>。
それとも、連合赤軍やあさま山荘事件についての充実した映画を成したことへの嫉妬?しかしそれも『光の雨』をベストに選んだ過去があるのだから、通らない話だ。荒井晴彦自身のいたって素朴な反論というかツッコミを待つまでもなく、「嫉妬」という観念を軸にこの件を批判するのはやはりムチャな話でしょう。
こうして自分のみたところ、柳下氏の、「荒井」が「嫉妬」で「マイナス点を入れるメンバー」を集めた、という理路をつかっての批判は、ゲスの勘繰りじみたタワゴトとしか思えませんでした。(その結論が、映芸が点数操作をしていない、という結論にただちに結び付くわけではありませんが‥個人的にはどっちでもいい話です。)
同じ業界にいる、「仲間」とも呼びうる人への仕事を、あるときは賞賛し、あるときは批判したりする。そのさいの“批判”行為を、何の疑いもなく「嫉妬」という概念に結び付け盲信し、そして正義を振りかざしてしまう柳下毅一郎は、批判という行為が「嫉妬」感情と不可分なパーソナリティをもった人なのかもしれない。その“正義”の根拠はせいぜい、「ぼくの思ってたのとちゃう!!」という程度のものなので、やはりナントカ中年と呼ばれても仕方ないんじゃないでしょうか。<すべての高貴な道徳とは、それ自身に向かって高らかに《然り》と言うことから生じるのであるが、奴隷たちの道徳は、「外のもの」、「他なるもの」、「自分とは異なるもの」に対して、まず初めに《否》と言うことから発生する。>(『道徳の系譜学』)

(選出理由③福間健二につづく)

以降記事予定~
③福間健二
④植田泰弘
⑤Dream

関連記事:2008年日本映画ベストテン
      選出理由①城定秀夫
      選出理由②柳下毅一郎1
      『映画芸術』422号
      『映画芸術』424号

theme : 日本映画
genre : 映画

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