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月刊『創』7月号【 映画界の徹底研究--日本映画の活況は本物か】

少々古い話題ですが、たびたび映画についての特集のある『創(The Tsukuru)』の7月号の特集は、〈映画界の徹底研究〉でした。作品論や作家論ではなく、日本映画界の興行や製作の現状についての分析がメイン。でも監督の普通のインタビューとかも中途半端にある。結果、かんじとしては日経エンタメといけないインビテーションじゃなくてInvitationを足して割り、商業誌的洗練を排して代わりに機関誌的センスを移植した感じの印象に。
表面上好調で活況を呈しているかのようにみえる日本の映画界をめぐる現状だが、はたしてそれが“本物の活況”なのかどうか、という特集。ここでは主に、シネコンの隆盛による環境の変化、製作委員会やテレビ局主導映画の席巻の是非がその中心的議題としてとりあげられています。

大店法(大規模小売店舗法)改正の翌年にあたる1993年にシネコン〈ワーナー・マイカル・シネマズ海老名〉が開業する。以来、主として外資系のシネコンが、全国各地に出店されてゆきます。
そしてその後、廃止された大店法に代わって施行された大店立地法(大規模小売店舗立地法)、土地の利用規制を緩和・促進した都市計画法、中心市街地の空洞化を食い止め、活性化活動を支援する中心市街地活性化法(→「まちづくり三法」)により、00年以降、〈郊外に(略)大規模ショッピングセンターが誕生し、シネコンはそこに併設されるかたちでさらに増加していった。〉しかし郊外の開発化に成功する反面、中心市街地の活性化に失敗し空洞化現象を引き起こす。そこでこれらを修正すべく施行された07年の改正「まちづくり三法」により、〈郊外への大型小売店の出店が再度規制され〉、〈郊外のシネコンの増加は、09年~10年あたりで収まることが予想される〉。また、入場者数は横ばいなのにシネコンやスクリーン数が増え続けた結果過当競争となり、閉館するシネコンも出始めた。PSA(パー・スクリーン・アベレージ、1スクリーンあたりの興行収入)は年々下がり続け、07年には約6161万円にまで下がってしまう。
そうした流れの中、増加の停滞した郊外型シネコンにかわって、六本木や新宿などの新たな都心型シネコンの出店が注目を集め、シネコンをめぐる状況自体、環境そのものが変わりつつある。

このような変転を経て形成されたシネコンによる映画業界の席巻は、現在スクリーン数でシェア全体の76%を占めるというかたちで如実にあらわれ、〈もはや映画界におけるシネコンの位置はゆるぎないと言えそうだ。俗に「日本映画の活況」ともいわれる状況を牽引しているのも、明らかにシネコン型映画館での映画興行である。興収10億円を超える日本映画はアニメやファミリー向けあるいは恋愛映画で、それらはシネコンでの集客によって支えられている。〉と論じられる。

その状況に対して各映画会社やプロデューサーやクリエーターたちがどのように対応対処してゆくのか、というのが各論となっています。
たとえば松竹は、これまでの映画配給部を営業部と宣伝部に分け、きめの細かい対応がとれるシネコン時代に合わせた組織編成/機構改革を行う。〈「シネコンは、公開一週目の動員が悪い作品はすぐに上映回数を減らします。いまは2週目になると、興収が一週目の7割以下になる作品が多いですよね。(略)営業は単にブッキングするだけでなく、公開2週目以降も期間や回数などゆ細かく交渉していく必要があります。(略)」〉(松竹映像本部編成部長秋元一孝)

これまでの直営館チェーン時代はとうに終わり、シネコン時代が訪れると、初速が悪ければシネコンで即切られてしまう。昔のように初動は思わしくなくてもジワジワと尻上がりでヒットする、という形式のヒットが有り得なくなってしまった現在に各社各クリエーターは知恵を絞り、状況に対応し乗りきろうとする。
〈いまは『ピンポン』のように、順次拡大してロングランというのは、かなり難しい。初動が悪ければ、すぐに上映回数を減らされますから。インディーズはメジャーと違って新しい価値を提出しないと生き残れないんですが、(略)いまのマーケットが求めているのは、最初から100万人が観るような映画です(略)この状況に対応するには、戦略を根本的に変えていかないといけない(略)中規模、小規模の作品だけでなく、テレビ局と組んだ大ヒットを狙う作品も製作していきます。そうした生き残り策を講じておかないと、次の新しい展開につなげられないんです」〉(アスミック・エース・チーフプロデューサー小川真司)

こうして、大向こうを狙うような作品を提供しなければならなくなった映画業界が流れたリスクヘッジの方法論が、製作委員会方式であったりテレビ局主導の映画製作であったりもするということになる。最大公約数的な分かり易いヒット要因をもつ映画を製作しなければならないという条件が、製作委員会方式の選択やテレビ局の映画製作というかたちになってあらわれる。

複数のメディア企業が出資し、製作費をシェアする製作委員会方式は、近年ほぼ定着しており、この方式は〈テレビ局を中心に、出版や新聞社、広告代理店、芸能プロダクションなど、出資各社による多メディア露出によってヒットを導いてきた。また、予算はもちろんのこと、監督や脚本、キャストなどを出資各社がそれぞれ吟味・判断(略)それまでの映画界ではおざなりにされていた部分に対し、有効なチェック機能となった〉というプラス要因もある。〈しかし、一方では合議制ゆえの欠点もある。各出資者の合意を取り付けるために、斬新な企画が通りにくくなる。〉

そうして、こういった現状が、巷で作り手側からよく言われる、原作モノでなければ企画が通らない、冒険的なキャスティングが出来ないなどのボヤキの発症のもとともなっていています。
そして、そのようにして製作され消費されてゆく映画が、果たして豊かで面白いのか?というのが、必ずしもシネコン的でない種類の映画ファンの心配ではありましょう。シネコン的興行のありかたが日本映画の利益と数量を支えたとしても、そこで産み出されるものがしょーもないものでしかないのだとすれば、そんな産業は滅びても一向に構わないと思う。

この特集では特に触れられていませんが、ネットの普及や録画再生方式の変換等様々な要因による、テレビCM枠の広告的な価値の下落によって広告収入が激減し経営が左前になってきていると伝えられるテレビ局にとって、放送外収入源としての映画事業がかつてなく更に重要なものとしてクローズアップされてきたことを考えると、〈「邦画全体を盛り上げよう」という共闘意識が高まってきた(略)テレビ局から「邦画市場を盛り上げよう」という責任感・義務感が生じてくるのは当たり前のことだろう。(略)邦画のアイデンティティを確立するのはテレビ局であろうし、それはそのまま日本人のアイデンティティにも直結するはずだ。その国の文化と国民性を切り離すことは絶対に不可能だからだ。〉という「いまや最大の映画製作会社テレビ局に課せられた責務」という記事のまとめ部分はあんまりにも脳天気で安易なんじゃないかとおもう。最大のメディア露出を担うというテレビ局のアドバンテージをアテにして〈視聴率=認知率と考えれば、連続ドラマを映画化した方が宣伝効率もいい〉という考えかたのもとで量産される、必然性もないテレビドラマの映画化やメディアミックス商法の、どこが〈観客は自国の映画に誇りを持って〉いたかつての〈邦画のアイデンティティ〉の再確立という話と繋がるのでしょうか。
エイベックスが音楽事業に行き詰まり、映画事業に活路を見出そうとしているのと同じ構造がテレビ局の映画事業にも見られるのであって、結局、〈日本映画の活況〉として伝えられる、ここ近年の日本の映画業界をめぐる好況は、流動する日本の経済的環境や政治的(法的)状況がたまたまもたらしたに過ぎず、“映画外”の要因によってもたらされたにわか景気だということが浮き彫りになります。
先鋭的なセンスをもつとされる山本又一朗が『僕の彼女はサイボーグ』の綾瀬はるか&小出恵介、『クローズZERO』の小栗旬の起用を〈いつも僕らは先物買いしてるんですよ〉と誇らしげに語り、御大角川春樹が『男たちの大和』時の松山ケンイチ&蒼井優、『神様のパズル』の市原隼人&谷村美月の起用を〈新鮮すぎ〉と自慢する程度の、なんともノンビリした“先見性”が業界の最前線であるのなら、やはり好況は映画業界内には要因はなく、単に映画外の状況が今たまたま良い巡り合わせになっているだけだと悲観的に思わずにはいられない。状況が次なる展開を示せば、たちまちまた邦画は暗黒時代を迎えても一向におかしくないと感じられます。有能なプロデューサーには違いない久保田修氏のインタビューでの発言にしても、この状況を“映画として”勝ち抜く決定的な方法論は示せていない。
是枝裕和は言う。
〈(邦画は)本当に活況を呈しているんでしょうか。僕はテレビをやってきた人間だから余計思うんですけど、今の状況は、映画にとってもテレビにとっても不幸なことだと思うんですよ。(略)テレビで連ドラが当たって、そのテレビ局が大宣伝して劇場でかけたものにお客が来るということの繰り返しをしているわけでしょ。そのテレビと映画との癒着の仕方というのは、やはり健康的ではないですよね。電波を持っている局自体が、(略)もう少し“公共”的なものであるという意識を持って、その役割を考えなければいけないと思います。単純な私企業ではないわなけですから。今の状態は完全に一私企業が自分の商品を売るために電波を使っている状態ですよね。そのテレビのありように関しては非常に問題が大きいなと思っています。
ただそのテレビの力を借りないと、映画が成り立たなくなっている。とくにメジャー(作品)はね。代理店と放送局を入れないと成立していないでしょ。シネカノンの『フラガール』なんかは、そうでない成功例ではあります。興行的にも作品のクオリティ的にもそういう成功例が10本も20本も出てきているのであれば、活況を呈していると思いますけれど、そういうものが出にくい状況になっている。そのことを監督の立場からは活況とは呼びたくないですよね。〉

自分の感じる感覚で言うと、映画を観ることが“経験”ではなく単なる“消費”となっている、それが郊外型シネコン文化のもたらしたものなんじゃないかと。家の近所で比較的安価なレジャーとして消費される“映画”は、人生を変えたりする力をもつ“経験”であることを望まれていない。
シネコンの隆盛と時を同じくして外国映画のシェアが減少していったのは、見知った俳優やキャラクターが演じる安心して観ることの出来る勝手知ったる世界や文化圏での映像を怠惰に“消費”したいという、新たな観客層のニーズに邦画が比較的親和性を持っていたからにすぎないのだろうとおもう。この新たな観客層は、聞き慣れない言語、見知らぬ世界の未知の出来事を、過剰な説明ぬきで観賞したいと欲するようなレベルの民度には到底たっしていない。それこそ気楽にテレビを観るようにして、かすかにテレビに〈イベントという付加価値〉を追加した娯楽として消費しているのでしょう。この“活況”は、日本映画業界の活況ではなくて、“テレビを観る”という行為の一変種、一形態としての活況であるのだと思います。

(その他)
特集とはあんまりというかぜんぜん関係ありませんが、一番印象に残ったのは廣木隆一監督(『きみの友だち』)の以下の発言。〈小学生の頃、母が地元の東宝系の劇場で働いていたので、放課後そこに寄って随分たくさん映画を観ました。本当に三橋達也から加山雄三、黒沢年男とか何でも観ています。だから、僕の映画、東宝っぽいでしょう(笑)〉
冗談めかしての発言ですが、なんかなるほど~と思いました。あと、『実録・連合赤軍事件』が文化庁から助成金をもらえなかったことについて若松孝二が〈何で「連合赤軍」がダメで「靖国」がいいんだよって言いたいですよ(笑)〉と言っているのが、健康的でおかしかったですね。

theme : 雑誌(既刊~新創刊)
genre : 本・雑誌

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