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映画『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』その2

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『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』


(映画『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』その1からのつづき)

1.

冒頭、女の子の部屋が画面に映し出される。ビデオプロジェクター上映(HD/16:9)とはいえ、想像以上の劣悪な画質におののく。カメラがパンを始め、部屋全体をグルグルと視野におさめだしますが‥どうも微妙にパンの速度が速くて焦点が決まらずイライラする画面がつづく。早くも心が折れそうになるが‥DRMの『LEO』が流れはじめる。この部屋の主、優亜を演じる長谷部優が所属するDRMの楽曲だ。
この曲にあわせて、優亜/長谷部優は百面相をしたり、様々な衣装をとっかえひっかえしてファッションショーしたり、おどけたポーズをとり、スター=歌手になりきって歌うフリをし、部屋のなかを縦横無尽に駆けずり回りひとりでハシャぐ。優亜が〈夢見る少女〉としてスター=歌手に憧れている女の子だということの説明シーンであり、また同時に、長谷部優というひとりのアイドル(?)のさまざまな表情やさまざまな仕草、幾つものバリエーションのファッションに身を包む姿を凝縮して堪能することが出来るという“アイドル映画”の〈少女を見るためのツール〉という側面の機能が提示実行されたものでもあります。

そんな優亜の部屋の窓を媒介にして岐阜(優亜の、また長谷部優の実家がある)と東京が一瞬で繋がり(リズムのいい語り)、優亜/長谷部優がオーディションを受けるために都会の街を闊歩する姿を活写する。都会へ、夢へと向かう高揚がテンポの快調な展開と同調していて映画が勢いづきはじめる。
しかし、やがて、場面はオーディション会場となる。会場の廊下で控える、オーディションにきた大勢の女の子たち。ひどい画面。ここよりあとの室内場面、色彩設計及び照明が壊滅的で、ホームビデオもかくやというレベルの画面が連続する。以降も、ショーパブ〈Girl's Box〉のセット撮影を例外として、室内場面は軒並み酷い出来で、以後、映画の鮮度もリズムも(カメラが室内に入ると)いちいち色褪せ、映画が澱む要因となります。
さてオーディションに臨む際の優亜/長谷部優のファッションは、ヒドくダサい黄色のワンピースで、垢抜けない田舎者ががんばっちゃった感じという意味指示を担っているにしても、あまりにも似合わないという以上に、長谷部優のアクの強さを悪い方向に増幅しており、ちょっと問題あり。〈アイドル映画〉の使命(=主演女優を魅力的に見せる)としてはNGなんじゃないかと感じさせます。(普通にかんがえれば、物語後半での洗練&セクシーバージョンの優亜との対比、ということになりましょうが、じっさいは後半の優亜もたいして洗練されていない。)
椅子に腰掛けて審査を待つ黄色いワンピの優亜でしたが、彼女の前に呼ばれて、達者で伸びやかな歌声を披露した22番の女の子(長澤奈央)は、歌の審査を素っ気なく早々に打ち切られてしまう。その、審査員たちの気のない様子に、このオーディションは集金目当ての偽オーディションだと看破し毒づいて去ってゆく長澤奈央。しかし優亜/長谷部優は鈍な朴訥少女なのでピンと来ぬまま番号を呼ばれ、マイクの前に立つ。
流れてきた前奏は『LOVERS HIGH』‥この映画のメインテーマだが、オーディションのこんな場面で使っちゃってクライマックスの『LOVERS HIGH』ライブシーンに繋がるの??‥と思っていると歌は始まらずインストのみで、タイトル『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』の文字がキラーンとデッカく画面いっぱいに広がる。タイミング、字体、ともに最高にダサ‥‥。

2.

以上のようなアヴァン・タイトルを経て、映画は本編に入っていくわけですが、ここまでの数分間で、この映画がどのようなものであってどのように楽しむべきものなのか、ぼんやりと掴まれてきます。

画面を見つめながら、「映画として」「アイドル青春映画として」「ガルボ系イベントとして」といった異なる基準層でのそれぞれの価値判断が観客のなかで自然と為されてゆくわけですが、「映画として」の水準では、パン速度や室内場面について先ほど言いましたが正直話にならない水準であることがゆっくりと認識されてゆき、作品の力そのものとして“たんなる”〈アイドル映画〉を越え〈映画〉として状況を打ち破る、そのようなものに成り得るかもしれないという(元々淡くさえ抱いていなかったけど)希望、期待が、ゆっくりと後退していきます。
『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』は“たんなる”〈アイドル映画〉ではない、と島宇宙を越えて外へと声高に叫ぶ、そのような可能性は潰え、観客としての精神運動は〈たんなるアイドル青春映画〉を楽しめればいい、という水準に推移するでしょう。

3.

〈アイドル映画〉を〈少女映画〉と呼称する中森明夫は、“映画”に少女/アイドル女優を従属させる、日本の映画製作の現状に対して、以下のように異議を申し立てています。

〈彼らは「映画」を撮っているのであって、「少女」を撮っているのではない。しかし、観客は「少女」を見に行くのであり、単に「映画」を見に行くのではありえない。ここには大きな意識の隔たりがある。映画館に足を運び、お金を払って見る観客の立場から言えば、「映画」や「物語」は「少女」に従属すべきだろう。〉
〈しかるに実際の映画製作の現場たるやどうだろう。〉映画化原作の探索→脚本化→製作資金調達→主要スタッフ&キャストの召集→新人少女のキャスティング。〈新人の少女役のキャスティングの場合(略)各芸能プロダクションにお触れ(告知)が廻って、同年代の少女らが召集され(略)、役に合う女の子が選択・決定されるのだ。抜擢された新人少女は、さらに役に合うよう「やせろ」「髪を切れ」等、製作サイドの指示に従う……という次第。(略)「少女映画」の観点からすれば、このプロセスはおかしい。本来なら、まず新人少女の発見に最大限の努力が投入されるべきだ。(略)女の子の魅力をよく吟味し、その上で彼女がもっとも輝く原作、脚本が執筆される。そして少女をより美しく撮る技能を持つ監督はじめ選び抜かれたスタッフが召集される……本当であれば、当然、こういう手順で進行がなされるべきものだろう。〉

『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』のばあい、〈より美しく撮る技能を持つ〉スタッフが召集されているかどうかは甚だ怪しいところですが、少なくとも、企画としてまず特定のキャスト(の女の子たち)から出発し、彼女たちが輝くためのシチュエーションなりキャラ設定なり物語なりが模索され準備されてゆく、という、あるべき「正しいアイドル映画」の製作のされ方が、順序を間違えずに実践されています。そのことにブレがないし、それゆえ、映画全体から、何ともしれないささやかな清々しさが漂ってきているように思えます。

彼女たちを輝かせる――それ以外のナニモノカであろうとする卑俗さとは無縁に存在する『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』は、何人ものアイドル女優がゾロゾロ登場する映画としては稀有な、不思議な種類の清潔感があります。男性のリビドーに訴える指向性をもつ作品群とも距離を置いていると感じられますし、サブカル的洗練や作家主義に安穏と依拠したりする気配もない。良質な「映画」であることや「娯楽」として快適であることを第一に指向することもない。それは、彼女らがアイドルであったり若い女性であったりする以前に〈表現者〉であるというリスペクトが制作者側の根本にあり、その魅力を掬うことが第一義としてあるからで、彼女らの魅力を犠牲にしてまで提示すべき美学や価値など信じられていない。

そのスタンスが清潔感に繋がっている反面、「映画」「サブカル的洗練」「性的興味」等という価値を指向しないことによって、外へと波及する力は失速し、結局のところこの映画が〈ガルボ系イベント〉の一環でしかない域に留まり、周辺ファンにソフトをコレクトされ、消費されやがて過ぎ去ってゆくしかないという運命を示しています。

4.

見知らぬ都会で騙されて金も居場所もなく呆然とする優亜/長谷部優は、偶然再会した22番、ナオミ/長澤奈央に助けられ、彼女に連れられてウォーターフロントにあるショーパブ〈Girl's Box〉に辿り着く。そこで出逢う、輝きを求めて共に暮らす少女たちが、イベント〈Girl's Box〉の常連である面々だということになります。
共同生活を営むのは、長谷部優、長澤奈央、嘉陽愛子、斉藤未知、星井七瀬という、ガルボ内での実力や人気度の順ではなく、イメージとしてガルボを代表する/出来る絶妙な人選。ユニット・CHESE(Sweet Kiss解散後に結成)としてごく最近ガルボに参加し始めた紗綾は、あまりガルボのメンバーというイメージがありませんが、彼女は映画ではショーパブ〈Girl's Box〉で共同生活を送るメンバー達とは微妙に距離のある設定(〈Girl's Box〉オーナーの娘)となっていて、ショーパブ〈Girl's Box〉で夢を追う少女たちによる〈疑似家族関係〉を共有していない。これは、この映画版が(イベント版)ガルボ的イメージのトレースを忠実に行い構築されているということの証左と言えましょう。

さて、ガルボメンバーの面々には以下のような役名が与えられています。

優亜/長谷部優
ナオミ/長澤奈央
愛/嘉陽愛子
未来/斉藤未知
奈々/星井七瀬
沙耶/紗綾

正統なアイドル映画には、アイドル本人を連想させる酷似した役名を当のアイドルに名乗らせるという、ベタな伝統がありますが、ここではその伝統が忠実に尊守されていて、そのあまりのベタさに、なんだか嬉しくなる。役名で示される役柄と本人のニアイコール性は、映画『Girl's Box~』での彼女らの役柄/魅力を、ある程度本人のものとして見てもらって構わない、という宣言でもあります。未来(斉藤未知)は歌はイマイチだが異性を魅惑する色気がある、女の子女の子した愛(嘉陽愛子)はアキバでコスプレしてAーBOYに大人気、といったふうに、各キャストのある種の特色や魅力が延長/拡大して提示されていて、観客はギャップを感じたりキャラ設定の把握に手間取ったりすることなく、各人の魅力を期待するラインで堪能することが出来ます。ケンカっぱやく暴力的なリーダー格のナオミ役は、長澤奈央のもつキャラクターと幾分違うかと思われますが、ガルボ内では明るく姉御肌のリーダー気質、というイメージであり、その延長線上の人物像として考えれば、明暗の違いはあるにせよグイグイと周囲を牽引する頼もしいキャラクターという面ではそれほどの違和感を感じずにリラックスして受容できるたぐいのものでしょう。
〈パンキッシュな〉星井七瀬の役は、なっちゃん的イメージというよりは素の本人の、理知的/孤高/不敵/ふてぶてしいといったイメージからのインスパイアか‥アイドルというよりは女優として遇されたという感じがつよい。

さて主人公を演じる長谷部優は、優亜という役について訊かれて〈似ている部分はかなりありますね。実は私と重ねてキャラクターを書いていただいたところもあるんです。「岐阜から上京してきて――」って設定自体が似ているし、自分に重なる部分もたくさんあった〉と述べていますが‥その、本人/役柄の差異の感触が、他キャストの場合とはどこか違って感じられます。実際は、ニアイコールとはいえやはりドラマ上の役柄を演じている感のつよい長澤らと異なり、画面上の優亜が長谷部優にしか見えない、と感じられるのは、プロフィールの相似性によってでも性格設定によってでもなく(そもそも〈まじめで、真っ直ぐで、曲がったことが嫌いで、歌が好きっていう本当に1本筋の通った一生懸命頑張る女の子〉というキャラ=長谷部優ということ自体は誰しもピンとこないでしょう)、演技力の問題でもなく、ましてや長谷部優のスター性によってでもなく、長谷部優という人物の離人症的な人格の空虚さと、ドラマ上で観客の視点となる狂言回し的ポジション=作品の中心的虚点とが同調し、その虚点を軸として“キャラ立て”とは無縁の域で映画を作動させる力が働く。つまり表現者・長谷部優の特性は、〈空虚〉だと。
(つづく)

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『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』

theme : 日本映画
genre : 映画

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