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映画『さよならみどりちゃん』その1

さよならみ


『さよならみどりちゃん』
(2005年、日本、90分)

プロデューサー:丹羽多聞アンドリウ
監督:古厩智之
原作:南Q太
脚本:渡辺千穂
主題歌:『14番目の月』(奥村愛子)
出演:星野真里、西島秀俊、松尾敏伸、岩佐真悠子、小山田サユリ、中村愛美、佐々木すみ江、千葉哲也

OLのユウコ(星野真里)はカフェで働くユタカ(西島秀俊)と初めてセックスした日、彼に“みどり”という彼女がいることを知る。それでもユウコは、彼にどれほど雑に扱われても惹かれつづけ、唯々諾々と彼の言うことに従ってしまう‥。

1.

丹羽多聞アンドリウ制作のBSーiの短編ドラマシリーズ『恋する日曜日』(03年~)について、これまで断続的に書いてきましたが、その映画バージョンは公式的には現在まで06年の映画版『恋する日曜日』、07年の『恋する日曜日 私、恋した。』の2本がありますが、それ以前に公開された『さよならみどりちゃん』(04)は、当初『恋する日曜日』シリーズとして制作されたものでした。
ということで、『恋する日曜日』カテゴリーとしてこの映画にも、多少触れておきたいと思います。

久々の公開作が『奈緒子』『ホームレス中学生』とつづく監督の古厩智之は、『灼熱のドッジボール』(92)がPFFのスカラシップを獲得し、『この窓は君のもの』(94)で商業映画デビュー、『まぶだち』(01)、『ロボコン』(03)と、一貫して青春映画を手がけている映画監督、という印象がありますが、じつは主要な活動の舞台はBSーiのドラマで、丹羽多聞アンドリウプロデュース作品での演出を数多く手がけています。
BSーi(ということはキング・アンドリウのもと)で『ケータイ刑事』の各シリーズに頻繁に参加しているし、『さそり』や『東京少女』のシリーズ、『スパイ道』も手がけ、『恋する日曜日』第1シーズンでは南Q太原作の『丘を越えて』『ゆらゆら』の2本を監督。この延長上に『さよならみどりちゃん』があるということになります。
(『恋日』シリーズでは『恋する日曜日 文學の唄』、『恋する日曜日 ニュータイプ』、『恋する日曜日』第3シーズンにも引き続き参加。甘さとラフさがあたたかく香る作風、そこにかすかな苦さもあって、アンドリウプロデュース作品との相性が悪くないということでしょうか。)

初めて接した古厩作品である『この窓は君のもの』での、いかにも映画的で魅力的な舞台装置なのにイマイチ活用しきれていない演出と画面設計、そして元カノだという主演女優のビミョーさ(スミマセン)に、印象が〈苦手〉とすっかり刷り込まれてしまって以来、長年その印象が自分のなかから払拭出来なかったのでしたが、よく考えたらその後の、真面目かつ堅実ながら、思春期的な繊細さも失わない弱い春風のような作風には、どちらかというとどこか好感を抱きつづけていたのでした。

2.

平熱が37度もあると言うユタカと初めて性交したとき、「ユタカはほんとうに熱くて、わたしは溶けてなくなった‥」と星野真里の呟きがブルーの夜に滲み、部屋の奥に重なる二人の男女が見えてくる。
初めての性交らしいこの場面には、トキメキやら緊張からくる鼓動の高鳴りも、熱く高まる情動も感じられず、青く沈んだ陰鬱さが感じられます。熱さ、をその存在の内部に宿すらしいユタカ/西島秀俊という〈赤〉からの熱を受け止めるだけの、徹底して受動的な機械としての〈青い〉肉体のユウコ/星野真里がいる。月のような女。

男の言うがままにスナックで働きだすし、彼が他の女とさんざんヤルのを横目で見つつも、ソープで働けよと言われれば今にもソープに沈みそうな、そんな〈染まりやすい〉〈流される〉受動的なユウコ/星野真里の、ゆっくりと「堕ちてゆく」さまを映画はゆったりとローテンションで描きだします。

雑に話を進めますが、イメージとして、60年代70年代映画の堕ちてゆく女は、宿命や運命に翻弄されながらもその瞳につよい炎がともる、情の濃さ、熱さを感じさせたように思えます。制作年度はともかく、イメージが(使用楽曲も)“空虚な”80年代的のものである『恋する日曜日』(=恋する日曜日的世界)から派生した『さよならみどりちゃん』での「堕ちてゆく女」は、空虚でそれこそ「ふわふわ」とした、軸というか主体性のない流されかたをする(南Q太の思春/青春期もまさに80年代であり、“恋する日曜日的世界”との親和性があります)。そこでは、堕ちゆくさきもさほどの奈落でもなく、堕ちるに値するほどの(我が情に殉じて死す、というほどの)主義もパッションもなく、何となく目の前にある弱々しい魅惑を選びとり、ズルズルと執心するローファイな恋愛がモノのように転がっている。
たとえば若尾文子や梶芽衣子に代表されるような増村保造的女性像の、射るように真っすぐな瞳をもつ女とは異なり、星野真里の、扁平な顔面に散漫にパーツがちらばった顔立ちの焦点の定まらなさ、瞳の弱さは、ごく凡庸な幸薄さを茫洋と指向する。そこでは、情念の炎がついには結晶し難く、彼女より相対的に熱が高いモノよりの熱を照射されてようやく情動がユルユルと蠢く。その低温動物的な淫靡さが、この一編の映画の基調となっていると思います。

コトを終えたあと、寄り添いつつ、自分には彼女がいることを平然という西島に、動揺しつつも平気なふうを装いやりとりする星野真里。西島の「平然」を自身に転移させて「染まる」ことでとりあえずの関係を維持するという種類のいじましさ。
彼女の名前をきく。みどり。ふーん。みどりちゃん‥。〈わたしは、溶けてなくなった‥〉ブルーな、雪降る夜を窓越しに見上げる星野真里。

ユタカと繋がり、密着して熱を与えられるようにして「溶けてなくなった」ユウコは、ユタカの存在(熱)そのものと融合するようにして「溶けた」。そのような“寄りかかり”(ユタカへの、限りない(自分の存在ごとの)依存)を為した直後に、ユタカには「彼女」という唯一的な融合者がいると宣言され、先刻の「溶けて」「融合」した筈のわたし/あなたの交歓が無効だと宣告される。
ユタカに溶けきったはずのユウコは、ユタカのなかにはいなかったのだという。そこに居場所を占めていたのはみどりちゃん。彼女は、どこにも溶けゆくところなく、冷たい、夜の青い大気に寄る辺なく漂う‥

(→映画『さよならみどりちゃん』その2につづく)

theme : 日本映画
genre : 映画

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