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映画『僕は妹に恋をする』

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『僕は妹に恋をする』

(2006年、日本、122分)

監督・脚本:安藤尋
原作:青木琴美
撮影:鈴木一博
出演:松本潤、榮倉奈々、平岡祐太、小松彩夏、浅野ゆう子

双子の兄妹である頼と郁は同じ高校に通う高校三年生。郁は、幼いころから変わらぬ特別な想いを頼に抱いているが、ここのところ、頼は何を言っても冷ややかな反応しかかえしてこない。そんなとき郁には矢野が、頼には楠友華が接近してきて、兄妹の関係と感情に化学変化を起こす。そして、郁への想いを抑えていた頼はついに気持ちを彼女にぶつける‥。

大ヒットした少女マンガの映画化である本作は、松本潤、榮倉奈々、平岡祐太といった旬でなおかつ女子人気の高いキャストをそろえ(小松彩夏は違うか)、原作ファン(ティーン)に限らず一般女性層にもアピール可能な布陣を敷いた。しかし、このキャストでは、原作ほどのスキャンダラスな描写は望むべくもなく、更に、安藤尋が監督をつとめるとあっては、映画は原作のガチャガチャした雑多な魅力からは遠く離れた、息詰まる静謐なものとなるでしょう。

こうして、物語骨子のエッセンスを抽出されて別物となる定めを負った映画版『僕は妹に恋をする』は、原作のファンを困惑させる出来になっているかもしれません。映画版『僕は妹に恋をする』では、双子の兄妹の恋愛、という元々の観念的かつ神話的な出発点に立ち戻り、物語を動かす“外的要因”としての多くのエピソード群や事件は極力排されています。そうして、映画は、主要人物たちの〈感情〉のみに特化した抽象的・神話的な世界観をつくりあげる。映画を動かすのは、恋する者を妨げる社会や家庭の用意する障壁ではなく、あくまで恋愛主体たちの感情の揺れ。

母親は、ふたりの関係を怪しみはじめるが、それによって障害やサスペンスが生じて物語を形作るということはなく、母親の存在は傍景にとどまる。

あるいは、このような題材から推測される語り方からすると、かなりの禁忌/タブーをおかすことになる二人の恋の成就は、幾多の社会的慣習や葛藤を乗り越えてタメてタメてなされるのことになるのが常道であるはずなのが、(郁/榮倉奈々の真っすぐな気持ちは最初から顕れているが)頼/松本潤の本意がじゅうぶんに観客に浸透するまえに、序盤でさっさと二人は結ばれてしまう。(この、二段ベッドを舞台に、寝ている郁/榮倉奈々に頼/松本潤が唇をよせていき、郁は目覚め動揺する、頼は、ずっと、好きだったんだ、と告げ、自分か自分以外のヤツか、選んでくれと迫り、郁は受け入れ、キスをして、抱き合うまでの一連のシークエンスは、息づかいと感情の揺れが伝わる、さすがの処理。)これは社会であったり、家庭であったりする〈外的障壁〉との葛藤によるサスペンスを描くことが、この映画の主眼ではないことの証左だ。

その後、映画の大半は、主要人物の4人の思惑と恋情の交錯をじっくり描き出すとともに、二人の神話的な禁断の恋の着地点を模索し、探求し続けることに費やされることになる。

安藤尋は新鋭(‥と思っていたらもう10年選手だった。時の流れははやい‥)のなかでは確かな実力を感じさせる監督で、『blue』(03)『ココロとカラダ』(04)が一部で高評価を得ているが、苦手なひとも多いらしい。廣木隆一門下らしく、登場人物の呼吸音が響いてくるようなささやかな空間と時間のなか、感情の粒子が空気中に浮遊し、たゆたうように、少しずつ人と人との“関係”の“かたち”が変容していくさまを捉える長回しを得意とするが、ある種、役者の生や性の輝きを最優先する廣木演出と異なり、安藤尋のばあい、作品の構造と語りのプロセスの厳密化に志向をつよくもつ。『dead BEAT』(99)では借金苦を発端に不可避的に犯罪に至り、その犯罪による波紋が事実として累積してゆくさまが説話構造の厳密さとして形成されていた。『blue』では、同性愛的な魂の交錯関係をもつことになる二人の少女が、〈少女的なもの〉を形成するふたつの側面を二分した人格として、現在の空虚を埋める手だてとしてそれぞれの自己発現を示すが、その対比が縦の構図と横移動、静物画と接吻のモチーフと併せて厳密に構成される。『blue』での他者への依存の在り方は『ココロとカラダ』で変奏され、女主人公二人の、両者の依存と主導権争いを綿密に運動化し、脱色的に破滅へと向かうさまを構造化する。(『blue』での少女二人は東京にでてルームシェアする夢を果たせず、一人だけが東京へゆくが、『ココロとカラダ』はその後の二人を引き続き描こうとするかのように、先に東京にでた少女を追うようにしてもうひとりの片割れがその部屋に転がりこむ。)
どこか開放感をおぼえさせる廣木演出と異なり、安藤映画にあるこの種の厳密さは、息苦しい圧迫感を観客にあたえ、敬遠される要因ともいえると思います。

『僕は妹に恋をする』においても、環境音や自然光や息づかいなどの生理が溢れかえっているにも関わらず、自由な空気感とは程遠い濃密な閉塞感のなかで神話的宿命を背負ったふたりの道ゆきが探求されてゆく。

画面の構造化と連鎖する説話の厳密化は、おおよそ以下のように示されます。

冒頭(幼なじみの少年少女がやがて離ればなれになるホウ・シャオシエン『恋恋風塵』と瓜二つのファーストショット)、真暗な画面の中央に白い光がみえ、やがてそれがトンネルの出口へと向かう列車の視点によるものだと判明し、やがて画面全体に広がった光はハレーションを起こす。その列車は幼少時の二人に永遠の愛の約束を交わす〈約束の地〉に至る。
この、画面上手前の空間は暗く、奥の別空間は明るく(明るすぎて)不可視、という縦の構図は以後反復され(階段をのぼり屋上へ至る場面や、体育館と屋外の道を同時にしめす場面など)、クライマックスの再びのトンネル場面、及びラスト、〈約束の地〉から画面奥に二人が遠ざかってゆく遠景のシーンで閉じられる。(不可能性への〈希求〉の主題。)『blue』でも、幾度も登場する縦にのびる野道は、海と空の接するあの海辺、小西真奈美と市川実日子のふたりだけの〈約束の地〉へと通じていて、ラストカットで再び出現することで、その円環を閉じていた。

あるいは『blue』でも描かれていた〈並ぶ〉ことの主題(鏡/重複/対比の主題)。キリがないので主なものの列挙だけ。並んで横たわること(そこで向き合ったり、あるいは片方がいなかったりという変奏)。二段ベッドという空間で同方向をむき横たわること(結ばれる=それが重複する/重なりあう)。それぞれひとりずつの別の異性のパートナー(片方がデート中に、もう一組もデートする)。自転車に二人乗りし同方向を指向。そして、本作でも秀逸で印象ぶかいキス描写は勿論、相互侵犯的な性交と異なり鏡面対比的な接触だ。阿部嘉昭は『blue』評で〈接吻には濁った欲望がない〉〈だからそれは最終的に口と口との友愛の接吻に転ずる〉と指摘した。それに準じれば、本作でも、キスのみで描かれる松本潤と榮倉奈々の性愛が、ラストで友愛に至るのは必然だった。
そして、並列/重複/反復/鏡面対比の主題は、乱反射するクライマックスの、交互に背負いあい、幾度も往復するシーンで最高潮に達する(また、直接的には性交が描かれない今作において、ぼぼ性交描写ともいえる場面)。

大ざっぱにいって上のような厳密化された構造内で、抽象化された双子の兄妹の恋愛〈感情〉が綴られてゆく。映画内部に運動をもたらすのは(いずれかの)恋愛主体者の感情によってのみで、いわば映画全体が恋情の運動体そのものとなる。その蒸留された観念の抽象化がやはり息苦しさを映画にもたらすが、双子の恋愛の成就という題材の神話性は、純化した感情運動の抽象性と相性良く、“エモーションの持続”を特化するという属性をもつ長回しの多用も、神話的物語に肉体と感情を定着させた。

演じる役者陣は、郁役の榮倉奈々、頼役の松本潤も悪くはないけれど、印象鮮烈なのは楠友華役の小松彩夏。『恋文日和』(04)『ドリフト』(06)でも印象を残しましたが(『マスター・オブ・サンダー/決戦!!封魔龍虎伝』(06)では、別の意味で‥)、今作での、望みのない想いに存在を賭ける、“哀しみ”を少女の身体と大きい瞳に宿す儚いつよさは格段に鮮烈で、宿命的に空虚に墜ちてゆくさまは安藤映画のミューズを体現してみえます。それに比べると、松本潤と榮倉奈々は、頼や郁というよりはまだ、“松本潤”であり“榮倉奈々”であり、代表的イメージである『花より男子』『ダンドリ。』のバリエーションにみえてしまっていたかもしれません(ただし榮倉奈々の身長の高さは、妹萌え的誤読を拒絶する存在の確かさを画面に刻み得た、と思う。)

秀作だとおもいます。ただし、欠点がないとは言えないとも思う。まず冒頭の回想場面、ふたりの子役の“笑顔”の演技は、映画全体をぶち壊すほどの破壊的ダメさでした。そして、そもそもその〈約束の地〉の舞台設定が観念に傾きすぎ、かつ、あまり魅力的な映画的空間になりえていなかった(同様のことが、二段ベッドの空間設計にも言えると思います)。
また、人物の生の輝きより、ときに構造の厳密さを優先する演出は、例えば“振りかえる人物”をカメラの回り込みもしくはカット割りで捉えるときなど、人物の動きが死んで、仕草が亡霊化してしまっていると感じる‥段取りと丸投げの混乱が起きているんじゃないかと‥。
あと、ささいなことですが、最も良いと思えた、松本潤と小松彩夏がふたりで歩き、ホテルに入り性交に及ぼうとする一連のシーン。国立の大学通りを横切るカットから、脇道に入り古びたラブホがあるカットにつながるのですが、国立市は文教地区なのであのような施設は駅前にはないのだった‥。べつに、国立を舞台にしているわけでなくて単に無名の一本の通りとして使用したんでしょうが‥良いシーンだっただけに、個人的ながら興がそがれたことが残念でした。

しかし、最大の問題は、このような長回しと厳密な設計による勝負の仕方が幾分80年代的な古めかしい戦略にみえてしまうことで、果たして時代/題材とキチンと向きあって戦い得ているかというとやや疑問が残ります。その閉塞感が、映画を観る者に停滞した息苦しさを感じさせ、〈恋愛物語〉が純粋に〈恋愛感情〉として突出して結晶しようとするのをどこか妨げているとおもう(厳密な長回しでは世界一のテオ・アンゲロプロスが、『霧の中の風景』(88)『こうのとり、たちずさんで』(91)あたりを世に問うたときには、両方とも偏愛する映画ですが、さすがにもうこの巨匠の時代的役割は終わっているんだなと寂しさを感じさせた)安藤尋には自分の作風を貫くことでではなく、毎作ごとに自己を刷新してゆくことでブレイクしてもらいたいと思う。

しかし、そのような問題があるにしてもないにしても、いかにも“映画らしい映画”を、それを求めてもいないし体験したこともないかもしれない観客層に経験させることになるとしたら、それはとても貴重なことだったと思う。

映画館は比較的若い女性客が9割以上を占めていた。いつも試写室で映画をみるような人種には無縁のことなのでしょうが、この『僕は妹に恋をする』を、男性ひとりで観にいくのは相当な勇気が必要だ。もっといえば男性ふたりで行くのも三人でいくのもかなりハードルが高い。自分のことでいえば、異性と行くことを画策したがあえなく頓挫し、結局ひとりで行き、変質者に思われやしないかと戦々恐々として観る苦行となった。
そのような中で観る『僕妹』は、10代20代のその手の女性客の、あまりのマナーの悪さに観賞を阻害されることに。おしゃべりは上映中はそんなにないのですが、とにかく上映中、絶え間なくサラウンドでビニールをガサガサやる音がきこえる。息づかいの音を基調としたような緊張感ある長回しのシーンなどでは、殊更ガサガサは耳につく。よって、音響がじゅうぶんにはきこえてこない場面もあった。監督はじめスタッフも、客層を含む上映環境にまでは計算が行き届かなかったのではないでしょうか‥。

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theme : 僕は妹に恋をする
genre : 映画

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