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映画『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』その2

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『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』


(映画『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』その1からのつづき)

1.

冒頭、女の子の部屋が画面に映し出される。ビデオプロジェクター上映(HD/16:9)とはいえ、想像以上の劣悪な画質におののく。カメラがパンを始め、部屋全体をグルグルと視野におさめだしますが‥どうも微妙にパンの速度が速くて焦点が決まらずイライラする画面がつづく。早くも心が折れそうになるが‥DRMの『LEO』が流れはじめる。この部屋の主、優亜を演じる長谷部優が所属するDRMの楽曲だ。
この曲にあわせて、優亜/長谷部優は百面相をしたり、様々な衣装をとっかえひっかえしてファッションショーしたり、おどけたポーズをとり、スター=歌手になりきって歌うフリをし、部屋のなかを縦横無尽に駆けずり回りひとりでハシャぐ。優亜が〈夢見る少女〉としてスター=歌手に憧れている女の子だということの説明シーンであり、また同時に、長谷部優というひとりのアイドル(?)のさまざまな表情やさまざまな仕草、幾つものバリエーションのファッションに身を包む姿を凝縮して堪能することが出来るという“アイドル映画”の〈少女を見るためのツール〉という側面の機能が提示実行されたものでもあります。

そんな優亜の部屋の窓を媒介にして岐阜(優亜の、また長谷部優の実家がある)と東京が一瞬で繋がり(リズムのいい語り)、優亜/長谷部優がオーディションを受けるために都会の街を闊歩する姿を活写する。都会へ、夢へと向かう高揚がテンポの快調な展開と同調していて映画が勢いづきはじめる。
しかし、やがて、場面はオーディション会場となる。会場の廊下で控える、オーディションにきた大勢の女の子たち。ひどい画面。ここよりあとの室内場面、色彩設計及び照明が壊滅的で、ホームビデオもかくやというレベルの画面が連続する。以降も、ショーパブ〈Girl's Box〉のセット撮影を例外として、室内場面は軒並み酷い出来で、以後、映画の鮮度もリズムも(カメラが室内に入ると)いちいち色褪せ、映画が澱む要因となります。
さてオーディションに臨む際の優亜/長谷部優のファッションは、ヒドくダサい黄色のワンピースで、垢抜けない田舎者ががんばっちゃった感じという意味指示を担っているにしても、あまりにも似合わないという以上に、長谷部優のアクの強さを悪い方向に増幅しており、ちょっと問題あり。〈アイドル映画〉の使命(=主演女優を魅力的に見せる)としてはNGなんじゃないかと感じさせます。(普通にかんがえれば、物語後半での洗練&セクシーバージョンの優亜との対比、ということになりましょうが、じっさいは後半の優亜もたいして洗練されていない。)
椅子に腰掛けて審査を待つ黄色いワンピの優亜でしたが、彼女の前に呼ばれて、達者で伸びやかな歌声を披露した22番の女の子(長澤奈央)は、歌の審査を素っ気なく早々に打ち切られてしまう。その、審査員たちの気のない様子に、このオーディションは集金目当ての偽オーディションだと看破し毒づいて去ってゆく長澤奈央。しかし優亜/長谷部優は鈍な朴訥少女なのでピンと来ぬまま番号を呼ばれ、マイクの前に立つ。
流れてきた前奏は『LOVERS HIGH』‥この映画のメインテーマだが、オーディションのこんな場面で使っちゃってクライマックスの『LOVERS HIGH』ライブシーンに繋がるの??‥と思っていると歌は始まらずインストのみで、タイトル『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』の文字がキラーンとデッカく画面いっぱいに広がる。タイミング、字体、ともに最高にダサ‥‥。

2.

以上のようなアヴァン・タイトルを経て、映画は本編に入っていくわけですが、ここまでの数分間で、この映画がどのようなものであってどのように楽しむべきものなのか、ぼんやりと掴まれてきます。

画面を見つめながら、「映画として」「アイドル青春映画として」「ガルボ系イベントとして」といった異なる基準層でのそれぞれの価値判断が観客のなかで自然と為されてゆくわけですが、「映画として」の水準では、パン速度や室内場面について先ほど言いましたが正直話にならない水準であることがゆっくりと認識されてゆき、作品の力そのものとして“たんなる”〈アイドル映画〉を越え〈映画〉として状況を打ち破る、そのようなものに成り得るかもしれないという(元々淡くさえ抱いていなかったけど)希望、期待が、ゆっくりと後退していきます。
『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』は“たんなる”〈アイドル映画〉ではない、と島宇宙を越えて外へと声高に叫ぶ、そのような可能性は潰え、観客としての精神運動は〈たんなるアイドル青春映画〉を楽しめればいい、という水準に推移するでしょう。

3.

〈アイドル映画〉を〈少女映画〉と呼称する中森明夫は、“映画”に少女/アイドル女優を従属させる、日本の映画製作の現状に対して、以下のように異議を申し立てています。

〈彼らは「映画」を撮っているのであって、「少女」を撮っているのではない。しかし、観客は「少女」を見に行くのであり、単に「映画」を見に行くのではありえない。ここには大きな意識の隔たりがある。映画館に足を運び、お金を払って見る観客の立場から言えば、「映画」や「物語」は「少女」に従属すべきだろう。〉
〈しかるに実際の映画製作の現場たるやどうだろう。〉映画化原作の探索→脚本化→製作資金調達→主要スタッフ&キャストの召集→新人少女のキャスティング。〈新人の少女役のキャスティングの場合(略)各芸能プロダクションにお触れ(告知)が廻って、同年代の少女らが召集され(略)、役に合う女の子が選択・決定されるのだ。抜擢された新人少女は、さらに役に合うよう「やせろ」「髪を切れ」等、製作サイドの指示に従う……という次第。(略)「少女映画」の観点からすれば、このプロセスはおかしい。本来なら、まず新人少女の発見に最大限の努力が投入されるべきだ。(略)女の子の魅力をよく吟味し、その上で彼女がもっとも輝く原作、脚本が執筆される。そして少女をより美しく撮る技能を持つ監督はじめ選び抜かれたスタッフが召集される……本当であれば、当然、こういう手順で進行がなされるべきものだろう。〉

『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』のばあい、〈より美しく撮る技能を持つ〉スタッフが召集されているかどうかは甚だ怪しいところですが、少なくとも、企画としてまず特定のキャスト(の女の子たち)から出発し、彼女たちが輝くためのシチュエーションなりキャラ設定なり物語なりが模索され準備されてゆく、という、あるべき「正しいアイドル映画」の製作のされ方が、順序を間違えずに実践されています。そのことにブレがないし、それゆえ、映画全体から、何ともしれないささやかな清々しさが漂ってきているように思えます。

彼女たちを輝かせる――それ以外のナニモノカであろうとする卑俗さとは無縁に存在する『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』は、何人ものアイドル女優がゾロゾロ登場する映画としては稀有な、不思議な種類の清潔感があります。男性のリビドーに訴える指向性をもつ作品群とも距離を置いていると感じられますし、サブカル的洗練や作家主義に安穏と依拠したりする気配もない。良質な「映画」であることや「娯楽」として快適であることを第一に指向することもない。それは、彼女らがアイドルであったり若い女性であったりする以前に〈表現者〉であるというリスペクトが制作者側の根本にあり、その魅力を掬うことが第一義としてあるからで、彼女らの魅力を犠牲にしてまで提示すべき美学や価値など信じられていない。

そのスタンスが清潔感に繋がっている反面、「映画」「サブカル的洗練」「性的興味」等という価値を指向しないことによって、外へと波及する力は失速し、結局のところこの映画が〈ガルボ系イベント〉の一環でしかない域に留まり、周辺ファンにソフトをコレクトされ、消費されやがて過ぎ去ってゆくしかないという運命を示しています。

4.

見知らぬ都会で騙されて金も居場所もなく呆然とする優亜/長谷部優は、偶然再会した22番、ナオミ/長澤奈央に助けられ、彼女に連れられてウォーターフロントにあるショーパブ〈Girl's Box〉に辿り着く。そこで出逢う、輝きを求めて共に暮らす少女たちが、イベント〈Girl's Box〉の常連である面々だということになります。
共同生活を営むのは、長谷部優、長澤奈央、嘉陽愛子、斉藤未知、星井七瀬という、ガルボ内での実力や人気度の順ではなく、イメージとしてガルボを代表する/出来る絶妙な人選。ユニット・CHESE(Sweet Kiss解散後に結成)としてごく最近ガルボに参加し始めた紗綾は、あまりガルボのメンバーというイメージがありませんが、彼女は映画ではショーパブ〈Girl's Box〉で共同生活を送るメンバー達とは微妙に距離のある設定(〈Girl's Box〉オーナーの娘)となっていて、ショーパブ〈Girl's Box〉で夢を追う少女たちによる〈疑似家族関係〉を共有していない。これは、この映画版が(イベント版)ガルボ的イメージのトレースを忠実に行い構築されているということの証左と言えましょう。

さて、ガルボメンバーの面々には以下のような役名が与えられています。

優亜/長谷部優
ナオミ/長澤奈央
愛/嘉陽愛子
未来/斉藤未知
奈々/星井七瀬
沙耶/紗綾

正統なアイドル映画には、アイドル本人を連想させる酷似した役名を当のアイドルに名乗らせるという、ベタな伝統がありますが、ここではその伝統が忠実に尊守されていて、そのあまりのベタさに、なんだか嬉しくなる。役名で示される役柄と本人のニアイコール性は、映画『Girl's Box~』での彼女らの役柄/魅力を、ある程度本人のものとして見てもらって構わない、という宣言でもあります。未来(斉藤未知)は歌はイマイチだが異性を魅惑する色気がある、女の子女の子した愛(嘉陽愛子)はアキバでコスプレしてAーBOYに大人気、といったふうに、各キャストのある種の特色や魅力が延長/拡大して提示されていて、観客はギャップを感じたりキャラ設定の把握に手間取ったりすることなく、各人の魅力を期待するラインで堪能することが出来ます。ケンカっぱやく暴力的なリーダー格のナオミ役は、長澤奈央のもつキャラクターと幾分違うかと思われますが、ガルボ内では明るく姉御肌のリーダー気質、というイメージであり、その延長線上の人物像として考えれば、明暗の違いはあるにせよグイグイと周囲を牽引する頼もしいキャラクターという面ではそれほどの違和感を感じずにリラックスして受容できるたぐいのものでしょう。
〈パンキッシュな〉星井七瀬の役は、なっちゃん的イメージというよりは素の本人の、理知的/孤高/不敵/ふてぶてしいといったイメージからのインスパイアか‥アイドルというよりは女優として遇されたという感じがつよい。

さて主人公を演じる長谷部優は、優亜という役について訊かれて〈似ている部分はかなりありますね。実は私と重ねてキャラクターを書いていただいたところもあるんです。「岐阜から上京してきて――」って設定自体が似ているし、自分に重なる部分もたくさんあった〉と述べていますが‥その、本人/役柄の差異の感触が、他キャストの場合とはどこか違って感じられます。実際は、ニアイコールとはいえやはりドラマ上の役柄を演じている感のつよい長澤らと異なり、画面上の優亜が長谷部優にしか見えない、と感じられるのは、プロフィールの相似性によってでも性格設定によってでもなく(そもそも〈まじめで、真っ直ぐで、曲がったことが嫌いで、歌が好きっていう本当に1本筋の通った一生懸命頑張る女の子〉というキャラ=長谷部優ということ自体は誰しもピンとこないでしょう)、演技力の問題でもなく、ましてや長谷部優のスター性によってでもなく、長谷部優という人物の離人症的な人格の空虚さと、ドラマ上で観客の視点となる狂言回し的ポジション=作品の中心的虚点とが同調し、その虚点を軸として“キャラ立て”とは無縁の域で映画を作動させる力が働く。つまり表現者・長谷部優の特性は、〈空虚〉だと。
(つづく)

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『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』
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theme : 日本映画
genre : 映画

ドラマ『運が付いたオトメ』

『音女(オトメ)』

製作著作:エイベックス・エンタテインメント企画:松浦勝人
原作・脚本:伊藤洋介(東京プリン)
プロデューサー:鈴木浩介

#23『運が付いたオトメ』
(テレビ朝日/5月14日25:15~)
楽曲:相川七瀬『恋心』
監督:井口昇
出演:近野成美、松本寛也、長谷部優

今春からさりげなくテレ朝の深夜で始まった、『音女(オトメ)』なるドラマがあります。説明によれば〈エイベックスアーティストの楽曲をモチーフに、言葉そのものが持つ魅力と様々な出来事や心象風景を綴ったショートエッセイを融合して映像化した作品〉(なんだそりゃ)だそうで、月~木の深夜、帯ドラマふうに放映されているこのオープニングを入れてもわずか2分間しかないこのミニドラマは、テレビのラテ欄には載ってたり載ってなかったりするくらいなので、殆ど誰の目にも止まらないモノ。で、このドラマの5月14日深夜放映の第23話に、DRM長谷部優が登場。
とはいっても、既にエイベックス所属でなくフィットワンの人間になった彼女は脇に甘んじ、主演の座(?)は近野成美。しかし近野成美も、芸歴が長くメディア露出も多い割にはブレイクする気配がまったくない、じつにエイベックス所属らしいタレントさんだとおもう。

聴き飽きすぎて内容がちっとも頭に入ってこない相川七瀬の『恋心』をバックに、毎週金曜日の7時15分、“あの人”はバス停の先頭に立っている‥とモノローグ。晴れた朝、女子高生・近野成美が通学のためのバス停にむかって走る姿と、バス停にイケメンな“あの人”(松本寛也、エイベ所属)が並ぶ風景がカットバックされる。あたしは、いつもカレの3人後ろでバスを待ちながら、その後ろ姿を見つめる‥それが、よい1日を送るためのあたしのジンクスだ‥ああっ‥4人に先越された。不覚だわ‥前から3番目で、カレを見ないとダメなのにッッ!!母子連れの子供からボールを奪ってブン投げる!ボールを追って列から離れる母子!まずは2人脱落ッッ!!とガッツポーズ、(更なる標的は、その前にいる黒人カップル)この人たちがいなくなれば前から3番目よ、やるしかないッ‥!黒人女にヒザカックンすると、女は手にしてたドリンクを男にひっかけてしまい大騒ぎ、排除成功!と思いきや「アンタ今ヒザカクンシタデショ!!」「オミトシ(お見通し)ダゼエ!!」と肩をむんずと掴まれて難詰されるハメに。
ごめんなさあぃ~と逃げる近野がグシャ、と踏んだものは、色も鮮やかなウンの付く排泄物。その光景を振り返ってつめたく見つめてるイケメン君、そこへ、ヨースケ待った~?と駆けてきてベッタリくっつく長谷部優。「よう」「どしたの?」「イヤ~わかんね」イケメン君には彼女がいた‥走り去るバスを見送りつつ「‥また恋終わっちゃったな。」でエンド。

井口昇が監督で、タイトルが『運が付いたオトメ』というのならば、みるまえからネタというかオチは想像できるとも言えます。この『音女』という短編シリーズ、これまでのところ井口昇は他にも何話か手がけていますが(#17、#20、#21)、口唇/肛門周辺への執着的描写、スカトロ、粘液指向といった持ち味(?)が、短い時間ながらしっかりと出ていて頼もしく、殊に#17『強がるオトメ』(鈴木亜美主演)は、口唇及び肛門近辺への粘着的執着的描写により、淫猥というよりは気色悪いといった風情で、井口昇ここにありというような作品になっています。肝心の『運が付いたオトメ』は、ヘタっぽいタッチが味になっているかもしれないし、ウンコの鮮やかな色と柔らかさが印象深い一編だと言えなくもありませんが、正直、あまり面白くありません。
〈金曜日〉限定で実現可能なこだわりのジンクスが〈よい1日を送るためのあたしのジンクス〉だということは、ジンクスにより〈よい1日を送る〉ことが出来るのは金曜日だけなのか?ジンクスとか金曜日とか3番目とか要らなくない?

出番も少なく見せ場もない長谷部優は、ピンク系というか紫系統のギャルもしくは水ふうコーデ、下卑た安いムードを漂わせています。この方面はもちろん長谷部優の持ちキャラのひとつですが、なんだか安さに磨きがかかっている気が‥。

この『音女(オトメ)』なるドラマはそもそも、今年の夏に発売予定の〈avex創立20周年記念コンピレーションCD『20年200曲(仮)』との連動企画〉だそうで、メディアミックスを履き違えているエイベックスらしい下らない企画ですが、プロデューサーに鈴木浩介がいることによってか、安藤尋や井口昇といった要チェックな演出家もセレクトされているので、見逃せないといえなくもない。放映から1週間経過したものは公式サイト経由で動画がチェック出来るので、気になるものだけまとめてチェックするのが良いでしょう。自分の場合は、misonoの顔は見たくないのでmisono主演モノと、薗田賢次&堀江慶の演出回は素通りしました。

どっちにしても、深夜のテレビ通販で売ってそうなありがちなコンピアルバムに、社の威信を懸けているのか何なのか知りませんが、結構な労力と時間と金をかけてこんなミニドラマ使ってのプロモーションが一体何の役に立つのか理解に苦しみます。それ(=映像事業オンチ)が、エイベックスらしいといえばエイベックスらしいとも思いますが‥。

〈『音女(オトメ)』放映リスト(5月18日現在)〉
(話数/監督/歌/主演/OA)
1.黙阿弥のオトメ/薗田賢次/相川七瀬/鈴木亜美/4/7
2.口ごもるオトメ/鈴木浩介/Every Little Thing/鈴木亜美/4/8
3.豹変するオトメ/鈴木浩介/hitomi/鈴木亜美/4/9
4.陽性のオトメ/薗田賢次/BoA/鈴木亜美/4/10
5.自給自足のオトメ/河野良武/相川七瀬/misono/4/14
6.夢見るオトメ/薗田賢次/Do As Infinity/misono/4/15
7.広がっているオトメ/堀江慶/m-flo/misono/4/16
8.とまらないオトメ/薗田賢次/元気ロケッツ/misono/4/17
9.ススるオトメ/安藤尋/安藤裕子/YU-KI/4/21
10.のたうつオトメ/安藤尋/浜崎あゆみ/YU-KI/4/22
11.貯まったオトメ/安藤尋/島谷ひとみ/YU-KI/4/23
12.吹っ切るオトメ/安藤尋/Janne Da Arc/YU-KI/4/24
13.食べつくすオトメ/久保茂昭/大塚愛/宇野実彩子/4/28
14.カラ回るオトメ/久保茂昭/MOON CHILD/宇野実彩子/4/29
15.篭城するオトメ/久保茂昭/m.c.A.T/宇野実彩子/4/30
16.岐路に立つオトメ/鈴木浩介/MAX/宇野実彩子/5/1
17.強がるオトメ/井口昇/speena/鈴木亜美/5/5
18.消化するオトメ/堀江慶/hitomi/岩佐真悠子/5/6
19.出ないオトメ/河野良武/安良城紅/鈴木亜美/5/7
20.男性不信のオトメ/井口昇/ARIA/岩佐真悠子/5/8
21.闘うオトメ/井口昇/島谷ひとみ/近野成美/5/12
22.綴るオトメ/井村光明/Every Little Thing/鈴木亜美/5/13
23.運が付いたオトメ/井口昇/相川七瀬/近野成美/5/14
24.疑うオトメ/井村光明/m.o.v.e/鈴木亜美/5/15


動画配信:『音女(オトメ)』公式サイト

theme : テレビドラマ 2008年春(4月~6月)
genre : テレビ・ラジオ

爆音映画祭開幕

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『CLEAN』


本日(5月16日)、前夜祭レイトショーの『CLEAN』上映より、爆音映画祭2008が開幕します(5月23日まで)。何度も言ってしつこいようですが、東京近郊在住だが普段爆音上映になかなか接するチャンスがないというかたも是非参加して損はないイベントだと思います。個人的には、5月12日の『クリスタル・ボイジャー』爆音試写会に応募したが落選したせいでテンションがガックリ落ちてしまい、映画祭自体に行くか行かないか、今更あやうい気持ちになっていますが‥。

〈上映作品〉

『3ー4x 10月』北野武
『CLEAN』オリヴィエ・アサイヤス(日本劇場初公開)
『RIZE』デヴィット・ラシャペル
『パリ、テキサス』ヴェンダース
『ヴァンダの部屋』ペドロ・コスタ
『バンド・オン・ザ・ラン』ハニー・ホッジ(日本劇場初公開)
『花様年華』カーウァイ
『emerger』佐藤有記
『granite(グラニテ)』大野敦子
『爆撃機の眼』八坂俊行
『狂気の海』高橋洋
『月へ行く』植岡喜晴
『霊感のない刑事(長尺版)』篠崎誠
『ココロ、オドル。(リミックス・ヴァージョン)』黒沢清
〈牧野貴映像作品集〉(『Tranquil』『EVE』ほか計6本)
『ロスト・ハイウェイ』リンチ
『A Bao A Qu』加藤直輝
『逃れがたし』近藤明範
『NOBNOBLUES』冨永圭佑
『喜劇 とんかつ一代』川島雄三
『ティム・バートンのコープスブライド』
『白い花びら』カウリスマキ
『Harmonie』元宮正吾
『夜よ、こんにちは』ベロッキオ
『ヌーヴェルヴァーグ』(日本最終上映)ゴダール
『風の又三郎』黒沢清
『プライベート・ライアン』スピルバーグ
『ワイルド・バンチ』ペキンパー
『台風クラブ』相米慎二
and more

前売り券が売り切れて当日券がわずか、という作品もあるらしいので、行く時間には早めのほうがいいみたいです(整理券は当日の朝10:30より配布)。オープニング作品に選ばれ、今回の映画祭の象徴的映画でもある『CLEAN』は、日本劇場初公開とはいえ、東京日仏学院主催の2005年の第10回カイエ・デュ・シネマ週間で『カイエ・デュ・シネマ』編集代表のジャン=ミシェル・フロドンがセレクトした14本のうちの1本として上映済み。そのさい、爆音上映の発案者であり主催者である、カイエ残党の樋口泰人と、『CLEAN』を監督したアサイヤスとの対談もおこなわれていました。『デーモンラヴァー』はとっくに公開されたのに、なぜかいつまで経っても公開されなかった『CLEAN』が、今回このような形でオープニングを飾るというのは、爆音上映を牽引する樋口泰人氏にとっても感慨深く喜ばしいことでしょう。

『爆撃機の眼』公開最終日のトークで、もう人前でかかる機会はどうせ二度とないだろうと自虐的に呟いていた八坂俊行監督。ひいきの『爆撃機の眼』が、このような比較的注目される場で無事また上映されるのはうれしいことです。『爆撃機の眼』についての自分の過去記事をみかえしたら偶然(?)爆音爆音って言ってたんでおかしかったです。今回のラインナップでの個人的な注目作は加藤直輝監督の『A Bao A Qu』。作品的にも興味深いんですが、河井青葉出演作とあっては無視出来ません。


追記:20日、@吉祥寺バウスシアター。23日のシークレット上映作品は『スクール・オブ・ロック』に決まったとのこと。当日までシークレットじゃなかったのか‥?『ヒミコさん』観て以来、はじめて武川さんを現地で見かけましたが、一般人だから当たり前だけどやっぱりオーラなかったですね‥。


爆音映画祭HP:www.bakuon-bb.net

theme : 映画関連ネタ
genre : 映画

ブレイクするチャンス

ひとみ「
『瞳』

先日、TBSの昼ドラ(制作は中部日本放送)、『みこん六姉妹2』が終わりました。
三女の三笑役が広澤草から太田有美に変わったほかは全キャストが一作目からの続投で、お父さんの大和田伸也が全員未婚の娘たちに結婚しろとシツコクせっつくという他愛ないホームコメディの世界観を生暖かく守っていて、優しい心持ちになる。6人の娘にそれなりに均等にエピソード配分がなされていた前作に比べて、今回は主人公・二葉(はしのえみ)のエピソードの比重がかなり大きかった。で、前作で結婚寸前までいった大藪保(綱島郷太郎)と二葉(ごとき)を争う新キャラとして登場した和菓子職人=クリキンを、青木伸輔が演じていました。

クリキン/青木伸輔と同じく和菓子屋『寿や』の従業員である俊くん役はDーBOYSの柳下大(同じくDーBOYSで、仲良しだという『キバ』の瀬戸康史と同系統の中性的な男子)で、こちらは新進のアイドル的俳優として、これからの躍進が約束された安泰な未来がみえるのに対し、かつていくらでもチャンスがあったように見えたのにブレイクし損ね、いたずらに年輪を重ねて三十代に突入している青木伸輔の、恋愛話での最重要キャラとしての登用は、昼ドラとはいえ最期の大きなチャンスと傍目には見えました。(柳下大の役名が“青木”俊だということからみて、青木伸輔のキャスティングは当初から予定されていたわけではないと思われます‥と三田佳子みたいなことを言ってみる)

前に『STILL I'M IN LOVE WITH YOU』の項で、青木伸輔についてそれほどの証拠もなく言ったのは、性格に問題があるから疎まれてブレイクしなかったんじゃないかという推測でしたが、それが本当かどうかはともかくとして、今回、その乱暴で憎々しげな側面のキャラを前景に、芯は男気とシャイネスという、ある種の類型的な男の魅力を提示。ある程度は視聴者のハートを掴めたんじゃないでしょうか。『2』はようするに『はいからさんが通る』で、生還する元婚約者の大藪保が少尉(伊集院忍)のポジション、一歩引いて愛する、青木伸輔演じるクリキンが編集長(青江冬星)ということになるとすると、最終的に大藪保が二葉/はしのえみとゴールイン、というのが定石かと思われますが、最終回、逆転のすえにクリキンが二葉と結ばれたのは、視聴者の声がクリキン/青木伸輔を後押ししたのではないでしょうか。そうだとすれば、今後この鉱脈というか方向性で勝負すべきか?そこまでの需要があるかどうかというのもありますが‥。



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『瞳』

現在放送中のNHK朝ドラ『瞳』には、主人公の瞳/榮倉奈々がダンサーを夢見るということもあって、そっち方面のファンには嬉しいキャストが名を連ねています。
AAAの宇野実彩子、元Folder5の満島ひかり、元BOYSTYLEの田野アサミ、EXILEのマキダイと、同系統のダンスボーカルユニットの面々が並ぶ。ここにdreamのメンバーがいないのが不自然なくらいのメンツですが、現在のエイベックスの意向からすると納得がいく気もする。ブレイクという点からはEXILE以外順風満帆とは言い難い他キャストにとっては、顔を売る大きなチャンス。しかし、宇野実彩子もてっきりダンスするもんだと思っていたら本筋の〈里親制度〉のほうでの役柄でした‥‥だったら彼女である必然性は何もない気が‥。いつか瞳/榮倉奈々と合流してダンス的に結ばれるかもと淡い期待をしていましたが、どうにもそんな展開にはまったくなりそうもない。しかし、これまでの出演作中、最も魂を感じられる役だし、出番は多くないながらもダンススクールのメンバーより強い印象を残すもうけ役ともいえます。

榮倉奈々、田野アサミ、といった『ダンドリ。』同志とダンスチームを組むダンサーの卵、といった役どころの満島ひかりは、アイドル女優として地味ながら地道にキャリアを重ねていて、現状は正直パッとしないかもしれませんが、このような路線で我慢して継続していればひょんなきっかけで間違いのようにブレイクすることがままあるということは過去の幾つかの例が示しています。運が良ければ‥というか幸福な作品的な出会いがあればという話ですが。幸い、プロモーション能力の殆どないエイベックス系の事務所ではなく、バーニング系列の事務所に所属しているためか(Folder5はレーベルはavexながら沖縄アクターズスクール繋がりで所属はヴィジョンファクトリー、解散後は傘下のぱれっとへ)、出演作品選定にそれほどのミスはなく、金子修介監督の大ヒット作『デスノート』二部作(06)で名を売った翌年、映画初主演作(『僕の彼女とその彼氏(ゆうれい)Drop in Ghost』、※1)に園子温監督作(『エクステ』)を経て、今年は園子温作品(『愛のむきだし』!!期待大)と金子修介作品(『プライド』‥期待薄)にふたたび登場、と「わかってる」売り出しかた。観ている感じでは『瞳』で大ブレイクってことはなさそうですが、ライト層にはあまりイメージのない「ダンスが達者」という部分を全国的にアピール出来ただけでも収穫だと思われます。

ダンススクールの先生役の香子というひとは良く知らず、調べてみるとどうやらEXILEの事務所(LDH)のかたのようで、経歴をみると2004年の舞台『BEAT POPS“FIGHTING GIRLS(たたかう女のコ)”』(以下『FG』)に出演していたらしい。この『FG』は、松本莉緒主演ということになっていますが実質的にはdream主演といってもいいミュージカルで、同年のEXILEの舞台『HEART of GOLD~STREET FUTURE OPERA BEAT POPS~』(以下『HoG』)とは姉妹編であって、補完しあう対になった関係にある作品(正確には『HoG』が本編で、『FG』がイントロダクションという位置付け)、dream『FG』×EXILE『HoG』というコラボの記憶の古層から浮上してきたようにして、『瞳』世界のダンス的頂点に、EXILEのMAKIDAIとともに、『FG』に出演していたというLDH所属の香子が鎮座する。こうしてみえてくるのは不自然なまでのdreamメンバーの不在(dream/DRMはEXILEの妹分という位置付けもあった)。その旧dream/現DRMは現在フィットワンからの契約解除→移籍という不穏な噂がひろまっていて、LDHに拾われないかなという希望的観測が浸透していますが果たしてどうでしょうか。

抹消対象とはいえ、アミューズ系のBOYSTYLEというか田野アサミが出演するというのなら、曲がりなりにも(制作協力の)avex系であるDRMの誰かが出演するほうが自然じゃないのかと憤らなくもないけれども、噂通り普通にDRM高本彩がオーディションで落ちただけだというなら仕方ない気もする。現状の田野&満島のキャラ設定をみると、DRMメンでは西田静香さんならフィットしたかも‥と思うが時既に遅し。

文章の成りゆき上ないがしろ(ぎみ)にしてしまいましたが、元BOYSTYLE田野アサミは、ブレイクを逃し続ける非運な流転を経て、運命のように『瞳』に辿り着いたようにみえます。キャレス出身(大阪のボーカル&ダンススクール、前述西田静香もキャレス出身)に大成する者無し、と言われるキャレスの出でありながら、例外的にブレイクした村川絵梨もかつてはBOYSTYLEメンバーで、彼女がNHK朝ドラ『風のハルカ』(05)のヒロインに抜擢され、ブレイクしたことにBOYSTYLE解散の原因のひとつがあったとされ、そうだとするなら解散後女優に転身することになった田野アサミにとって、NHK朝ドラのレギュラー出演を勝ち得たことは、運命的であるように、感慨ぶかいものだったんじゃないでしょうか。
役柄的には、それ程の印象を残せなかった『ダンドリ。』時と同系統の役で、残念ながらこちらもこれひとつでブレイクに繋がるとは思えませんが、『ダンドリ。』よりは余程注目度の高いNHK朝ドラというメディアで、どこまで鮮明な像を結べるか。“アイドル”女優というエクスキューズ抜きにはブレイクは難しそうな満島ひかりとちがって、たんにひとりのアクターとして勝負出来そうな瞳と存在感をもつ田野アサミですが、それだけにかえってブレイクの困難がありそうな気もします。

‥というような話をダラダラしてきましたが、しかし、『瞳』にはどうやらそろそろ大後寿々花が登場してくるそうなので、どっちにしろ、大後寿々花にすべて(榮倉奈々ともども全員)持ってかれてしまう可能性が大ですね‥。


※1‥『 僕の彼女とその彼氏(ゆうれい)Drop in Ghost』
( 2007年、日本、45分/ 監督・脚本 : 森敦司 出演 : 満島ひかり 、 柴木丈瑠 、 森本智大 、 藤岡香里 、 深澤大河 、 田村円 、 豊田一也 、 長井貴人 、 速水けんたろう 、 小野ヤスシ)この映画での満島ひかりは、『猟奇的な彼女』以上の過激なS女っぷりを披露!悪態ついて男をぶっ飛ばすことは勿論、幽霊の頭をひっつかみ、子供には馬乗りになってマウントパンチを浴びせる。のびのび演じていてなかなか悪くないのですが、で、そんな満島ひかりが魅力的かどうかというと、大いに疑問が‥。映画自体がつまらなすぎて(キレイな映像は撮れても、物語を展開してエモーションを持続させるという能力が作り手に欠けていて、結果この映画は、単なる長くて退屈なイメージビデオに留まっている)、キャラクターを作ったところで作業が終わっているので、残念ながら魅力が結晶していないと思う。


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genre : アイドル・芸能

『映画芸術』423号ほか

さて最新の『映画芸術』423号(2008年春号)。
編集長が武田俊彦にチェンジして、荒井晴彦カラーが徐々に薄れてきた『映画芸術』の行く末を危惧している‥というのがこれまでの映芸ばなしの流れでしたが、今号になるともはや荒井カラーが薄い薄くないのレベルではなく、まったくの別物‥。荒井晴彦の人格は“ネチネチ芸”もしくは“ボヤキ芸”として寺脇研との対談コーナー&編集後記に大人しく囲い込まれて、誌面全体の統御には何ら関与しない。
で、一読、ほぼ何も感じない。比較的クオリティの高い文章が集まった『キネ旬』、というか相対的に良質な映画雑誌、というだけ。切っても血が流れていない。そんな雑誌。これならまだ『シナリオ』のほうが切ったら血が出ると感じられます。

だいたいこの、大判の頃の『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』みたいな表紙は何なんだろう。べつにいいけど。西島秀俊が表紙なのはともかく、この目ぢからのない写真は果たして西島ファンに喜ばれるものなんだろうか?下世話だけど、売ろうとしたら旬な話題の『靖国 YASUKUNI』あたりの題名を表紙に主要記事としてアピールすべきなんじゃないか?と色々心配。
予告編があまりに寒くて、本編観ずにクサした(そして、今後も観る気のしない)『パーク アンド ラブホテル』の熊坂出監督インタビュー。村上春樹好きとのことで、ナルホドね、というか、さもありなん、とおもう。

ところで、今号で『2000年にアングラ芝居をさがして』『目と耳のモンタージュ』『バニシング・ピンク』『ピンボケとパンフォーカス』『映画館通信』『独立単館戦線』といったお馴染みの連載群が軒並み終了とのこと。‥もしかして休刊?と編集後記をみると、〈今号をもちまして、ウェブサイト、マンスリーも含め「映画芸術」の活動から身を引くこととなりました。(略)次号より本誌の活動を支えてくれる新スタッフの頑張りに、どうぞご期待ください。そして、いままで同様のご支援をいただけましたならありがたく存じます (T)〉とありました。Tは武田俊彦でしょうから、ゴッソリ連載も終わったうえに編集長もかわるということで、相当なリニューアルになる模様。いい方に転べばいいけど‥って、「いい方」ってなんだろう‥。

『論座』前号の特集は〈ゼロ年代の言論〉。“ゼロ年代”という単語をつかうと部数がのびるのでしょうか、最近特集としてよくみかける気がする。しかしこの特集の内容はようするに「紙媒体かネットか」みたいな非常に卑近な話で、ゼロ年代と風呂敷広げてソレか‥とバカバカしくなった。(ミニコミ誌を相次いで創刊する新鋭(?)気鋭(?)の論客が、ノー天気に紙媒体の可能性を語るのと対照的に、業界の古老が語る現状分析のほうが聡明で冴えているというのは、皮肉な話‥)

映芸や『論座』だけの話ではなくて、最近、なにを読んでも心に響かない、何も感じない。ウンともスンとも思わない。病んでるんだろうか‥。『真夜中』、『monkey business』等々、新しいコンセプトの新雑誌が続々登場しているのに、読んだら読んだでいちおう、〈興味深い〉と括弧付きでおもう、そして〈‥んだろうなあ〉と他人事な言葉が続く。ようするにどうでもいいとしか感じられない。ゼロ年代的な論壇誌(?)を目指して創刊されたのかも知れない『m9』も、何も考えていないし何も提示していないし、何も感じさせない。ある立場を選択し、モノを言う、それに対して同じ感覚の仲間(読者)が集まる。それが戦略として有効だった主義の時代が終わって趣味の時代となり、言葉が外部に届かなくなった。ミニコミ誌的戦略のもつ力は、明らかに弱まって感じられます。

10年なり20年スパンで読んでいた『本の雑誌』や『映画秘宝』の購読をヤメたとき、しばらくは何だかんだ言いつつ気になっていたのでしたが、最近は気にもならなくなってきた。同じ感性の仲間にむけて、身内の言葉でコミュニケーションを楽しくとっていればそれはそれでいいんでしょう、という傍観する気分。(『本屋大賞』の今年の結果をみて、『本の雑誌』的な“知的スタンス”はとうとう形骸化して“知”が抜け落ち、怠惰な消費者の裾野がだらしなく広がっただけに終わったんだと思った。椎名誠らが「敢えて」近視眼的に言論を組織してきた〈戦略〉の果てには、近視眼的消費のみが残った。)

ミニコミのかたがたが、ペイしてるかしてないかという程度の少ない部数でも、そのパッケージで言葉を発信することに素朴に意義を感じている一方で、『映画芸術』『シナリオ』界隈の空気には(こんな小さなメディアで何を言ったって、何も変わらないし何も届かないよ)という絶望的な気分が漂う。その気分のほうが(『論座』に登場したミニコミの方々の認識より)リアルだと感じる。 届けるべきところに届かないで、同じ感性の内輪のみに届いて平和に循環しているのが現状。ってなんか暗い話になってしまいました。ただ、たとえば論壇誌の言論は内輪の共同体から外へ波及することが全く無いのに対して、映画は、音楽のように、世界言語になりうるもので、ささやかなところから信じられない程の〈外〉へと波及し、痕跡を残す可能性をいつでももつもの。その属性としての希望が、絶望的な気分にあるはずのある種の映画雑誌にも、どこか乾いた明るさを齎していると感じます。
『映画館通信』最終回、ラピュタ阿佐ヶ谷支配人・石井紫氏の文章は以下のように終わっています。〈物語もクライマックスに差しかかったその時、スクリーンの光を受けて、客席の様子がパッと眼に飛び込んできました。食い入るように画面をみつめる皆様の表情……。なんという、光景。なんという、奇跡。このイメージを糧にして、私は明日も明後日も、チャリンコを駆って、ここへ来ることが出来るのです。そして、こんな日々が長く続くことを、願って。〉


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genre : 本・雑誌

映画『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』その1

20080505225345
『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』


『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』
(2008年、日本、100分)
監督:佐藤太
脚本:金子二郎
音楽:MOKU
出演:長谷部優、長澤奈央、嘉陽愛子、斎藤未知、星井七瀬、紗綾、小木茂光、秋本奈緒美


歌手を夢見る優亜(長谷部優)は、東京で開催されたオーディションに挑み、合格する。胸を弾ませて上京してみると事務所はもぬけの殻、優亜が受けたのは金目当ての偽オーディションだったと判明する。無一文で居場所もなく、途方に暮れる優亜は、そのオーディションで一緒だったナオミ(長澤奈央)と偶然再会する。“あたしたちの場所”に来るか?ナオミに導かれて訪れた場所は、〈Girl's Box〉という名の夢の吹き溜まりだった‥。


1.Girl's Boxとは

そもそも、“Girls’BOX”とは何でしょうか。パンフレットによれば、〈avexよりリリースされる女性アーティストたちのコンピレーションアルバムとそれに連動して実施されるライブイベントとテレビ番組を含めた『総合エンタテインメント』〉(ヘンな文章‥)であると定義されています。2005年、〈「アイドル不在」と言われている昨今、シーン自体を盛り上げるべく立ち上げられた〉プロジェクトが、“Girls’BOX”(以下、ガルボ)だということになるのだそう(昨今、アイドル不在と言われているかはともかく)。

総合エンタテインメント、と言いつつも、現実には、ガルボ周辺のファンにとっては〈Girl's Box〉とはライブイベントに他ならず、他の要素はオマケに過ぎません。その性質は、同じように複数のアーティストが集うエイベックス系のライブイベント〈a-nation〉が不特定多数の〈外〉へ向けて開いたものだとすれば、(そんなに売れていない)女性アーティスト(≒アイドル)オンリーのイベント〈Girls’BOX〉は見事に〈内〉を向いた、ヲタしか寄りつかない“閉じた”イベント/企画だと言えるでしょう。この映画の主演者である長谷部優が所属していたグループであったdream(現・DRM)も、アピールすべき活動の場が〈a-nation〉から〈Girls’BOX〉に移行するのと時を同じくして表舞台から消えていった。そのように囲われた場所で、パイの小さいある種のアイドルイベントが回されているだけ、という印象がありますが、他の標準的なアイドル系イベント/ライブとの違いはといえば、かつてはdreamが、現在はSHOWーYAがそのシーンを牽引していることからも象徴的なように、アイドル性やルックスよりも、
歌唱やダンス等のパフォーマンスのクオリティが重視される傾向があることだと思われます。
アイドルヲタが集うアイドルイベントでありながら、いくら可愛くてもパフォーマンス力の弱い者を淘汰しようとする力が働く。観客も異性として魅力があるだけの女子には冷淡な反応を示す。そのような、比較的本格派志向の傾向が、〈Girl's Box〉送り手・受け手共にある。そのような指向/嗜好はしかし、その存在条件が「優れていること・秀でていること」では決してなくて、「愛されること」のみがその市場価値である〈アイドル〉産業の構造とは乖離しており、必然、環境は自閉してゆき、明らかな先細り状態を2006年には迎えます。


2.メディアとアイドル

そんななか、明けて2007年の1月7日、品川ステラボールで『Girls’BOX PREMIUM01 Re-Born』という〈Girls’BOX〉シリーズのライブイベントが開催されました。
“リボーン”というサブタイトルが示すように、これを起点にして、これまでの方式や方向性にとらわれずに様々なジャンルやメディアにガルボを展開してゆく決意表明がなされました。このイベント中、映画版『Girls’BOX』の制作発表が、MCをつとめた星井七瀬の口から発表されましたが(また、この日の星井七瀬の発言から発展し、長谷部優&長澤奈央&嘉陽愛子のユニット「金魚」が結成され、これもまた映画の一要素として合流する)、そのニュースは観客から薄い反応しか引き出すことが出来なかったし、以降、ガルボ周辺のファンの話題としてこの映画の話がのぼることも特にないかんじがありました。映画版『Girls’BOX』は、コア層にさえ始まりからゼンゼン期待されていない不幸な企画だったのでした。ガルボ周辺のファンにとっては、映画が制作されることとガルボのライブに期待することとは、あまりリンクしない事柄だった。

そして、映画側からみても、期待感のなさではガルボ周辺ヲタの反応のそれと大差ありません。企画の出発段階から〈Girls’BOX〉という言葉を映画の題名に持つことがあらかじめ決められていて、主要な出演者は〈Girls’BOX〉の常連メンバーであるエイベックス系アーティストたちだ、と。そこから逆算されるようにして導き出されたらしき物語の概要は、ベタで安直な物語のようにしか見えず、マトモな出来映えの映画になるとは、ちょっと想像できないかんじがありました。〈映画〉側にとっては、ガルボの面々がパフォーマンススキルに秀でているか否かに関わりなく、単に安易な企画のアイドル映画が一本その系譜に名を連ねたとしか見えないし、事実、メディアの現実に徹底して無自覚な凡庸な企画といえるでしょう。

『Girl's Box TV』でおなじみのプロデューサー・都田和志は、ガルボの面々を虚像としてのアイドルではなく進化形のアイドルなのだと説く。〈完全に進化している人。何でも器用に出来る人。(略)彼女たちは可愛いし、ダンスも出来るし、演技も出来るし、歌も歌える。しかも喋ったら面白い。(略)それで今までのGirl's Boxに出てくれたメンバーの中心がこの子たち〉で、彼女たちはこの映画を通過して、〈今のアイドルといわれている子たちを引き離したかなと。〉と豪語する。しかし、そのようなプロデューサーの自負を担うだけのものが、この映画内でのパフォーマンスに存分に発揮されているかどうかは、単純に演者のスキルの有無に還元されえるものでもないだろうし、そもそも、なんでもそれなりに器用に出来るアイドル、など掃いて捨てるほどいる気もしないでもない。

だいたい、この映画にガルボから参加したキャストである、長谷部優・長澤奈央・嘉陽愛子・紗綾・斉藤未知・星井七瀬のうち、「歌える」と誇示出来るクラスにあるのは長谷部優しかいないし、「演技も出来る」子はキャリア的には確かに皆さん場数もふんでいてあるレベルには達しているかもしれませんが、誇りうるほどの“女優”と呼べるのは星井七瀬くらいで、アイドル性や女性的魅力はともかく、紗綾や斉藤未知の各種スキルなどは正直かなり危うい気もします。そして、出来上がり商品としての映画は、あくまでも〈アイドル青春映画〉そのものとして消費される。彼女たちのパフォーマンス力がいかに優れたものであろうとも、「優れていること」はパッケージのなかでの物語や見せ場の説得力を上げることに奉仕するに過ぎなくて、〈アイドル青春映画〉という枠を突き破り世間に届くような事態は起こりえない。ある程度よい演技があり、ある程度今ひとつな演技がある。ある程度よいパフォーマンスや、ある程度低調なパフォーマンスが散在する。プロデューサーの自負やら野心にも関わらず、この映画はそういったアイドル映画一般に埋没し、開かれた〈外〉への突破
力とは宿命的に成りえないとおもう。

都田和志は彼女たちを〈進化したアイドル〉とよびますが、“歌”に本籍を置き、演技その他のジャンルもこなす、というアイドルのありようが、まず相当に旧態依然とした時代錯誤なものでしょう。アイドル=愛されるもの、という定義の根本にある、その存在の“無根拠さ”は、必然的に時代と共にあることから逃れられないことを示し、その消費は〈宿命的にメディアという距離を通した対象への愛〉という構造に依るのだから、〈メディア更新の進行形としての現在性〉、というべき回路をその存在に内包しなければ“外”への突破など有り得ないのだ。メディア性に無自覚な、素朴な「努力」や「クオリティ」や「実力」などでは状況は変わらない。ガルボ周辺のクリエイター/プロデューサー達に欠けているのはそのような当然の認識であり、そしてその状況を打開するための戦略を構築し得るスキル。〈Girl's Box〉に参加したことのあるアーティスト/アイドルで(あるにもかかわらず)例外的にPerfumeがブレイクしたのは、素朴なクオリティ信奉ゆえにではなく、島宇宙として自閉するアイドルというサブカルチャーを、他のサブカルチャー/島宇宙と接続
する親和性を提示し得たからで、その際に楽曲やパフォーマンスのクオリティがモノを言ったのは副次的なことに過ぎません。


3.映画版という企画

ガルボ周辺の企画群は根本的に現状認識が甘く、その活動の多くは残念ながら時代とすれ違っています。映画版制作もそこから距離をとれているわけではなく、その行く末は淡く消費されて忘却されるだけの負け戦でしかないでしょう。

しかし、それも悪くはない、とおもいます。

現在、ある程度の数量制作され流通している他の多くのアイドル映画群が、それなりに聡明な戦略によって時代のなかでくすまずにその場所を獲ているのに対して、素朴な現状認識のガルボ系イベントには埃っぽい愚直さ、非・先端/非・先鋭な雰囲気があり、どこか恥ずかしく、懐かしい。
アイドル文化がサブカルチャーの一形態としてライトに容認される現在に、鈍重な重みをもったダサさとして必敗の宿命を担った〈Girl's Box〉の“切なさ”は、アイドル文化のある種の〈儚さ〉を体現する。

思えば、自分は〈Girl's Box〉周辺の存在や活動の、その報われなさ、敗北する宿命の切なさ、才能が世間知にやぶれゆくさまに、愛着をもち、切ない思いを抱いていたのでした。それ(非ブレイク)を、散々言われてきたようにスタッフの無能さやら不手際やらを要因として挙げることは簡単ですが、そのおかげで獲得できたこの“切なさ”を、肯定的に自分はとらえています。その輝きが、一瞬の限られたものであるからこそ貴いのであるなら、輝く瞬間さえ見失った〈Girl's Box〉の切なさはより一層、痛く、きらめく、過ぎ去った青春のように。(知名度はゼンゼンないけど地下アイドルでもないという救いようのなさからも、切なさは漂う‥。)

以上のような状況下で制作~公開された『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』への興味は、以下のようなもの。“たんなる”〈アイドル青春映画〉にしか成り得ない『~ラバーズ☆ハイ』ですが、それでもなお、状況を外へと突破する力を持つのか?愛され、時代のなか浮上するためとは無縁なクオリティ信奉が、映画に何をもたらすのか?そして、そもそも映画としてどうなのか。と同時に、映画としての正否とは別に、〈アイドル青春映画〉としての価値はどうなのか?そしてこの映画を通過した〈Girl's Box〉は何を得たのか‥。
ようするに、『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』を観る楽しみとは、「映画として」「アイドル青春映画として」「ガルボ系イベントの一環として」の三つの層での価値を並行してみてゆく作業ともなりましょう。

(→『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』その2、につづく)

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