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『グエムル 漢江の怪物』

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『グエムル 漢江の怪物』

(2006年、韓国、120分)

監督:ポン・ジュノ
出演:ソン・ガンホ、ペ・ドゥナ、ピョン・ヒボン、パク・ヘイル、コ・アソン

在韓アメリカ軍の研究所から漢江に流された科学廃液。その影響で突然変異をとげた怪物=グエムルが、ある日とつぜんソウル中心部を流れる漢江の河川敷に上陸し、人間を襲いはじめ、地上は大パニックに。その騒動のさなか、河川敷で売店を営む一家の孫娘がグエムルに連れ去られてしまう。彼女を救わんと家族は一致団結し、圧倒的不利な状況下、グエムルに戦いを挑んでゆく。

『ほえる犬は噛まない』『殺人の追憶』の俊英、ポン・ジュノ監督による、韓国では珍しいモンスター・ムービー。なにしろ曲者ポン・ジュノ監督の手によるものですから、ふつうに予測しうる、いわゆる〈韓流映画〉〈怪獣映画〉の範疇に収まらないものになっていて、 そのため、ある種の予定調和な娯楽を期待して観た観客層には、強い不満を与えるのではないでしょうか。

暗い闇のなかや底知れぬ水のなかから、前フリに前フリを重ね、時間をかけて“溜め”をつくって人目に全貌をさらすのが常套といえる怪獣映画のフォーマットに則らず、開巻早々、説明もソコソコに、真っ昼間の漢江に怪物=グムエルを登場させ、ドッタンバッタン縦横無尽に暴れさせる。この身も蓋もない突然の登場ぶりと、具体的な暴力に徹した蹂躙ぷりは、様式美に則った抽象的な存在であり、サスペンスを現出させる装置としての従来の〈モンスター〉とは異なり、徹底して即物的な暴力装置として機能しています(黒沢清『地獄の警備員』ほかを連想)。

さらに、悲惨な境遇の一家を提示して、一気に観客に感情移入させるべきシーンで、ドロップキックやジャージのギャグをまじえることで、ノろうとする観客を困惑させる。しかし、人生、シリアスな場面でも冗談めかして生きていたり、バカやりながらも深刻だったりするものだという“リアリズム”にたいする思想を、近年大ブレイクの宮藤官九郎脚本作で日本のわれわれはさんざん示されてきたのではなかったか。

画面に現れるのは、概念や政治的メッセージでなく、即物的な暴力としての〈怪物〉。そして悲劇と喜劇の恒常的な混在。〈リアリズムの作家〉としてのポン・ジュノ監督の作家性は、一見突飛なこんな企画でも、終始一貫している、と思います。

『グエムル』が、従来の怪獣映画の規範からはずれていると思われる、さらなる大きな特徴は、(これも、徹底したリアリズム志向からくるといえなくもないのですが、)
①研究者や専門家が主人公たちの周辺にいて、解説を兼ねつつ行動を共にし、撃退案を提示したりする
②軍隊や警察といった国の機関が怪獣/怪物と相対し、戦闘を繰り広げる
というような、怪獣/怪物の“強さ”を定量化して明晰にし、攻防のサスペンス/緊張感を高めるのに必須な要素を排除し、ある庶民の一家からみた怪物、という視点に固執する、とともに、従来味方であるはずの①②が、一般市民に敵対する不可視かつ不気味な存在として描かれている点だとおもう(スピルバーグ『宇宙戦争』を連想)。

終盤、家族のひとりがグムエルに対峙し、絶体絶命の危機に陥っている緊迫した場面が途切れて、国の機関に捕らわれているもう一人の家族に危機が及ぶ場面にうつる。この映画では〈国家〉や〈権力〉というものもまた、別種の不気味な“怪物”として、同列に描かれる。いや、生理的触覚的に捉えられ描かれる〈グエムル〉のほうがまだ若干の愛らしさを有していて、〈国家〉〈権力〉においては顔も感情もないボンヤリとしたとらえがたい怪物性だけが浮遊し、不協和音的な不快感として知覚される。

〈国家〉〈権力〉と〈怪物〉の狭間で、孤立無援の露天商一家は、雨に濡れそぼり、泥にまみれて戦う。手のひらに鉄パイプの痕がくっきりと残るように、徹底した土着的身体的リアリズムの積み重ねで戦いが構築される。粘着質に、カテゴライズへの反発が映画を纏っていて、最終的に黒澤明的なヒューマニズムにも回収されていかないので、どうにも居心地の悪い思いを観客に抱かせ、なんか、妙な映画だね、という言葉を誘発する。メンドクサイ監督だ、とおもう。

(個人的に好きなシーンは、ラストのラスト、スプーンでご飯食べるところです。ご飯が熱くて、ヤケドしそう。)

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theme : 韓国映画
genre : 映画

神田

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昨日、ある用事があって神田にゆく。
神田駅で降りるのは初めてかも。あっという間に迷子になる。学校もあるのに学生臭のしない無機質な街という印象。オフィスビルばかりが並ぶ一角。古びた建物。モダンな建築物。ポストモダンなビル。さまざまな建物があるのに全体としては戦後復興期みたいな黴臭さが漂う。空は暗いし、いろいろあるしで、陰々滅々とした気持ちに支配された。帰り道、慎重に歩いたつもりがまた道に迷ってなかなか神田駅にたどりつけなかった。

theme : 日記
genre : 日記

日日雑記

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○激しい雨を利用して、泥だらけだった高円寺店のベランダ(?)をデッキブラシで掃除した。夏の休憩時間は、ここに段ボール敷いて寝ていたがもう寒くて無理だ‥。

○あの丹波哲郎が死んだ‥‥‥。もうずいぶん老いて老いていたから仕方ないのかも、とおもう。大御所も大御所なのに、すごくいい加減で、画面に明るさのみをもたらすという、老年期の俳優には有り得ないようなひとだった。。なにしろ地球連邦大統領が亡くなられたのだから、何か不吉な恐ろしいことが起こるんじゃないかと戦々恐々‥‥

○とおもっていると、試合を間近にひかえている桜庭和志が練習中に吐き気と不調を訴えて倒れ、緊急入院したというニュースが。。生命の危機に晒されたと論議を呼んだスミルノヴァス戦の悪夢はまだ終わっていなかったのか‥‥?これでどうにかなっちゃったら人生最悪の選択肢を選んだことになるから、どうにか無事であってほしいとおもう。

○60歳のパートのオバサン・Tさんが、息子の誕生日だという話をする。何かお祝い的なことをするんですか、ときくと“ものみの塔”信者だから(人間ごときの)誕生を祝いはしない方針なのだという。ふーん。(いまはその息子はすでに大人だからいいものの、)子供時代、悲しくなかったのかな‥?

○さいきん、TBSの昼ドラにハマりつつあります。
で、古くから筋がね入りの昼ドラマニアである朋友・Eさんにすすめてもらった、矢口真里主演の『銭湯の娘!?』を仕事の休憩時間にDVDでみはじめる。コレや『ギャルサー』、「やぐちひとり」などで矢口真里をみていると、少しまえまで〈本業・歌手〉だったことがなにかの冗談だったかのように思えてくる。

○『水声通信(no.12)』10月号、今どき宮川淳特集とは…。となると当然登場、の清水徹には、大学時代、投げやりな授業を受け、幻滅した記憶があります。しかし、M大生だった当時、受けたなかで一番授業(する)態度が悪かったのは、当時『戦争論』を上梓してしばらく経ったころの西谷修。なんだか業界的には人格者みたいにみられているようですが、学生には、大学生ゴトキ‥と小馬鹿にしきった態度で、腑が煮えくり返った。それ以来、西谷修の書くものは一切読まないしこれからも読まない。

○『小説トリッパー』秋号、小特集〈中原昌也の現在〉。柳下毅一郎による、中原昌也『点滅……』芥川賞落選当日のドキュメントがオカシクも切ない。〈もしもこの世に正義があるなら、天は我らに勝利を授けてくれるはず、中原昌也に芥川賞を与えてくれるはずである。他の候補作など読んでいない(読む気もない)が、それが天の意志だというくらいはぼくにもわかる。〉という乱暴かつ大袈裟な文章にグットくる。中原昌也は、筒井康隆以来の〈文学賞落選芸〉がキマる、落選株を上げる希有な器だから、開き直って落選を芸の域に高めるのもいいんじゃないか‥と無責任におもう。

○録画しておいた2時間SPドラマ『電車男DX』をみる。原典からまるで無関係なアサッテのほうへ行ってしまった連ドラ『電車男』の続編は、連ドラ版の世界観をもぶち壊す、更なるアサッテへ。バカバカしい。伊東美咲はなんだかタケノコ族みたいでババくさく、北村一輝の珍妙な演技はビデオスルーのアメリカンコメディの日本語吹き替え版みたい。結局、相変わらず白石美帆だけ輝いていた。白石美帆、どちらかというとあまりすきじゃなかったけど、『電車男』をみて襟を正したという経緯が。

○『黒沢清の映画術』、やっと購入!これから読もう。『文學界』10月号(黒沢清大特集)はまだ。『LOFT』が未見なのでなるべく情報をシャットアウトするため、まだ買えない。。 しかし『文學界』がこんな雑誌になろうとは‥。

theme : 雑記
genre : 日記

井口奈己著『犬猫』

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井口奈己『犬猫 36歳・女性・映画監督が出来るまで』
(フリースタイル、2004年刊行)

邦画ファンには先刻承知かと思われますが、一部で傑作と名高い井口奈己監督『犬猫』という映画があります。この映画では、ふたりの女の子の、〈友情〉とか〈憎悪〉とか、ハッキリとした言葉の定義に回収され得ない、空気みたいに微妙な関係とその感情のゆきちがい、そしてあるようなないような物語が、細やかな筆致で描き出されます。セリフも環境音も光線も、驚くほどの自然さで、ある季節の、ある時間、ある感情を提示する、エリック・ロメールみたいな映画で、2004年暮れに劇場公開(渋谷シネ・アミューズ他)されました。

少し変わっているのは、この35ミリの劇場用映画が作られるまでの経緯です。
ふとした、〈いわばおもいつきのようなもので〉、8ミリを用いた自主制作映画『犬猫』が1997年に作り始められ、ようやく2001年に完成、PFFアワード2001入選、企画賞を受賞し、2002年には中野武蔵野ホールでレイトショー公開される。
ここで作品としての『犬猫』はワンサイクル終わったのですが、〈ようやく終わったと思った二〇〇三年〉、井口奈己監督にオファーがあり、〈35ミリの一般映画として『犬猫』をもう一度撮ることにな〉る。

これまで、石井聰互の『高校大パニック』(35ミリ版は澤田幸弘と共同監督)とか、塚本『鉄男』→『鉄男Ⅱ』、清水『呪怨』→『呪怨 劇場版』など、自主制作→劇場版リメイク、という流れはなくもなかったものの、いずれも、キャッチーと言いうる特異な作品世界をもつ映画であるうえ、どれもインディー的にカルトな人気を集めたエキセントリックな作品ばかりでした。
『犬猫』のばあい、別にカルト化しているわけでもないし、何の変哲もないような地味な物語内容しか有していない、という、リメイクとは無縁そうな映画が、8ミリ公開直後に35ミリ版リメイクとして始動した。のは、一にも二にも、井口奈己監督の演出力を“本物”かもしれない、と思った人間が幾人もいたから、ということに他なりません。

本書は、よくあるっちゃよくある、映画公開に合わせたサブテキスト的な小型の書物で、井口奈己による、制作に至る経緯を語ったものおよび制作日誌ふうのエッセイが綴られ、他に8ミリ版を賞賛した山田宏一の論文(!)、35ミリ完成後の井口奈己×山田宏一対談が掲載。合間に、冬の短い晴れ間の弱くまぶしい光線を浴びた、『犬猫』世界のスチールが挿入されています。

ビッグネーム・山田宏一の参加によって、かろうじて商品価値が出た感もあるこの本ですが、一見なんの変哲もない『犬猫』という地味な映画が、なぜ素晴らしかったのか、という謎の核心を突く言葉は、井口監督の次のような文章にあらわれています。
自主制作の8ミリ版『犬猫』が、友人知人の協力を得て撮影開始された。しかし、一向に納得のいくカットが撮れず、クランクインして7日経っても、なんとワンカットも撮れないという異常事態に陥る。

〈一週間続いてOKなし。(略)/毎日帰る道すがら泣いて帰りました。良いと思わないけどOK出しちゃおうかなと気弱に思った瞬間、となりにいるカメラマンの鈴木(昭彦)さんを見る。反対には記録をやってもらっている佐野(久仁子)さん。このひとたちは、いまOKじゃなかったのにって思うよ、絶対に。だって、わたしが録音部のスタッフだったときはいつも思っていたから。マイク持ちながら芝居が良くないのにOKが出ると、えっ?いまOKなの?といつもカメラのほうを振り返っていた。そのうしろあたりに録音の鈴木さんがいて、わたしと目が合うとニヤリとしていたものだ。超ツマンナイ!と思っていた。もっとやれよー、と思っていた。OKじゃないのにOKを出すと、次の日にはほかのスタッフもOKじゃなかったとわかるし役者もわかるだろう。(略)/ワンカットもOKじゃない七日目の朝、早朝ロケセットにひとりで向かっていました。ものすごく良い天気で、キラキラの光のなかを歩く。ロケセットへ行くこの道は開発途上地区でひとっこひとりいない。不意に、こんなに幸せでいま死んでも後悔しない自信があると思った。OKが一発も来ないけど、すっごく幸せだ。OKじゃないときにOKと言わないと堅く心に誓う。〉

井口監督が希求する〈OK〉なカットとは、〈ほんとう〉を細部に宿すカットのことだ。たとえば画面上の、あるひとりの発した言葉や仕草が、もうひとりの人間の感情を動かし、そね感情がまた言葉や仕草をうみ、そうやって、会話や関係が生じ、時間の流れとともに育まれる、という、当たり前だが厳密な〈ほんとう〉を端折らない作業が怠られていないときにだけ〈OK〉カットが生まれる、という強い信念が、なんでもないがささやかに魂の宿ったカットの連なりとして、やがて一本の映画を構築してゆく。

ダンドリ芝居的なもの、の対極にある演出法は、必然的に、役者の演技にのみ向けられるのではなく、犬や猫の表情やしぐさ、雲の流れ日光の翳り、自転車の走行音やカレーライスの皿に触れるスプーンの音にまで向けられ、演出として魂を吹き込む。〈ほんとうに才能があるかどうか確かめるならもう一回作らせてみればわかるのでは〉と呟いた映画批評家の言葉から生まれたリメイク版の『犬猫』は、その懸念を吹き飛ばす達成を見せた。と思います。


(井口監督井口監督というと、同時期ブレイクの井口昇監督と混同しそうでややこしいんですが、このダブル井口監督、イメージフォーラム付属映画学校の同級生だったということです。なお、ながらく観ることが困難だった8ミリ版『犬猫』のDVDが、発売延期を経て、ついに9月30日に発売!!)



theme : 専門書
genre : 本・雑誌

夏ドラ総括②結婚、ダンドリ、サプリ、タイヨウ

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(夏ドラ総括①からつづく)

◎『結婚できない男』、
が、やはり、一番面白かったです。
むかえた最終回も、相変わらずのテンポでトツトツと進んでゆくのがサスガ。これまで桑野(阿部)、沢崎(高島礼子)、早坂(夏川結衣)の三人の間に交わされた微妙な関係と空気と会話は、近年ない、物凄く洗練されたオトナな恋愛劇を創出させていました。同じく交差点という場がひとつのポイントとなる『サプリ』の子供っぽさ(会話、世界観)とは雲泥の差。ラスト、アップの切り返しを多用、阿部=夏川の関係性を突き詰め→クレーンショットという流れは、ふつうに“クライマックス”していて、少し残念‥。しかし、桑野さんの常套句(「どうしてもと言うなら‥」)を逆に言わせるのは心憎い演出。
持田さんの何を言っているのかさっぱりわからない主題歌も素敵でしたが、毎回のオープニング、冒頭の挿話が語られたあとの、主題歌に切り替わるタイミングがいつも絶妙だった。同じく毎話の終わり方、(え?それで終わり?)と思わせる、プツンと途切れるような素っ気ない終わり方も良かった。
(裏設定的に、付き合っていることをうっすら匂わせていたコンビニ店員とレンタルビデオ屋店員が、最終回には共にお揃っぽい指輪。そんなふうに確定させるんでなく、なんとな~くそうかな~?くらいに留めておいて欲しかったです、好みとしては。。)

◎『ダンドリ。~Dance☆Drill~』、
なかなか話が進まないのにイライラした。たとえば部活やるハードルとしてある“親の反対”なんてエピソード、ひとり分でじゅうぶんだろうに複数人ぶんあって、しかも後半にさしかかってもまだウダウダいってたりしてなかなか物語にエンジンがかからない。かと思えば、主人公が何かしらお節介を焼いて話が停滞する。ストーリーやダンスのカタルシスを求めずに、淡々とした日々の人情劇として楽しむべきだったのかも。
このドラマ、売りと思われたダンスシーンは殆どなく、見せ場といったら榮倉奈々の眩しいばかりの健康的な笑顔が、その最大のもの。その爽やかな微笑みの浄化作用はたいへん魅力ですが、なによりそのがっしりとした背の高さの頼もしさが印象にのこる。周囲の誰に言っても賛同してくれませんが、榮倉奈々、顔がどうしても長井秀和にみえる。気になってしょうがないです。
あまりピンとこないけど、どうやらブレイク中らしい加藤ローサというひとは、顔立ちも表情の演技もなんかオバサンぽくて、微妙に不潔な印象。そういえば吉田豪がホメて(?)たなあとおもい、『ローサの気持ち』(ソニー・マガジンズ)を読んでみました。汚ギャル、とかいうんじゃなく、田舎の泥まみれの薄汚い小僧、みたいなエピソードが満載で、お腹いっぱい。お風呂嫌いなら、しょうがないね。太いニンゲンだ。
森田クラブの森田彩華は、これまでみたドラマでは“上戸彩の元気な理解者”→元気がとりえ、というイメージしかなかったが、今回はジメジメと暗くて、こっちまで元気を奪われた。お母さん役の戸田恵子、じつに苦手な役者さんだ。

◎『サプリ』、
前に触れたことに、あまり付け加えることない。主人公ふたりの話より、佐藤浩市/志田未来/白石美帆のパートのほうがずっと良かった。オープニングのKAT-TUNの歌、アイドルのアルバムの真ん中へんの曲によくこんなのあったなー。最終回は時間を延長したスペシャル版、という風潮のなか、『サプリ』の最終回は通常通りの時間。逆風つづきのドラマより、スマスマのほうがよっぽど視聴率がとれるという判断か。。

◎『タイヨウのうた』、
沢尻エリカって、なんかしらないけど、どうもカンに障る。彼女にイライラして平常心でみられない。山田孝之くんはヒイキだが、今作ではなんかムッチリ太っていて、そのせいか切ない“青春感”が不足してみえました。

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theme : テレビドラマ
genre : テレビ・ラジオ

今日から公開の映画(9.23)

観たいな~と思っているものを全部制覇し観きることなく、また次から次へと新作映画が公開されます。今週末から公開の映画も数多いのに、時間も金も限りがあるのが、つらいところです。。

先週末、16日公開作品のうち、注目していた冨永昌敬監督『パビリオン山椒魚』の評判が軒並み悪い。どのメディアにおいても、酷評に近い意見が大勢を占め、アングラだった冨永昌敬をこれまで応援していた人たちまでもが厳しい意見を述べているのも殊に痛い。そこへきての、『ぴあ』での満足感ランキング1位を獲得にはホッとした。いつもあまりアテにならないランキングですが、自腹でちゃんと観たひとがある程度の満足を示しているのなら、慰めにはなる、とおもった。
(同じ16日公開の『出口のない海』、多くは言いませんが、佐々部清監督が引っ張りダコの理由がまったくわからない‥。)

『フラガール』、常磐ハワイアンセンター誕生秘話の感動作だそう。音楽と、踊りと、笑顔。考えただけで泣けてくるほどツボ。

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『フラガール』

近年とどまることなくノリにノリつづけている充実期の園子温。そのなかでも『紀子の食卓』は、大傑作の予感がビンビン、どころかギャンギャンしてます。楽しみのため情報はシャットアウト中!

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『紀子の食卓』

『ストロベリーショートケイクス』。矢崎仁司はおかしな作家。イメージ戦略もうまいし、ある種の方向の才能も確かにある。のにいつまでもあのポジション。個人的には『風たちの午後』(80)も『三月のライオン』(92)も『花を摘む少女と虫を殺す少女』(00)も、どうも今ひとつ‥‥とモゴモゴしてしまう良くない観客でしかありませんが、なんか、自分の嫌いなところを肉親に見るように、気になって仕方ないです。

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『ストロベリーショートケイクス』

ユーロスペースのレイトショウ、サトウトシキ『愛妻日記』、緒方明『饗宴』の2本立て。サトウトシキ、こういうのは悪くなさそう。いかにもサトウトシキっぽい物語だし。『西瓜』。ツァイ・ミンリャン。実は苦手なツァイ・ミンリャン。なんか面白さや狙いが浅い気がしてしょうがない。

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『愛妻日記』

『もしも昨日が選べたら』、ドラえもんみたいな話にアダム・サンドラー!フランク・コラチ監督は、大大大好きな『ウェディング・シンガー』を手掛けたお方。これにもやっぱりアダム・サンドラー出てましたね。今回はドリューは出てませんが、それでも安定した面白さは保証されそうな感じはします。

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『もしも昨日が選べたら』

theme : 気になる映画
genre : 映画

『ハチミツとクローバー』⑩

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最終巻。4話収録。

最初の一話を片手間に読んでたら、悲しくなってこみ上げてきた。そこでやめた。

翌日の早朝会議、早めに着いてひとりゆっくり読む。読みおえた。涙が出た。落ち着くまでそのへんのビルの陰でじっとしてた。

“思い”に、かたちにならないし、かたちに残らない“思い”に、価値はあるのか。おおきな、かなしいテーマだ。

theme : マンガ
genre : アニメ・コミック

『噂の眞相』復活?

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○先日、書店で文芸誌コーナーをみていたら、記憶の底を刺激する、黄色い表紙が目に飛びこんできました!まさか、『噂の眞相』復刊!?とおもったら、噂の眞相そっくりな装丁の岡留安則『噂の眞相 闘論外伝』なるムックでした。『サイゾー』で連載してたインタビューをまとめたやつ。よく考えたら、今の時代に『噂の眞相』が復活する理由などなにもなかった。。だからこそプチ・タイムスリップしたみたいに驚いた。雑誌コーナーにおかれてたから余計紛らわしかったです。

○『週刊文春』に長期連載のコラム、世評高い『ホリイのずんずん調査』(堀井憲一郎)。じつはいつも人がいうほど面白がれてないのですが、今週号の記事、映画『ゲド戦記』(シナリオの)解析には感嘆。本編中において、多用される「止めて!」等の制止ゼリフが、結果ほとんど制止に効力がないことから、言葉が力を持たない、ルーティンから雰囲気でそれらが発されているだけだという空虚さを暴く。アニメ・映画畑からでない新鮮な提示。

○『ドラマ』10月号。『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』のシナリオと大森美香のインタビュー。インタビューで7話以降はたいへんサッサと書けたという旨の発言あり。そりゃあセリフが練られていないわけだよ!と深く納得。

theme : 雑誌(既刊~新創刊)
genre : 本・雑誌

『あさってDANCE3 浮気と本気のエッチ篇』

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『あさってDANCE 浮気と本気のエッチ篇』

(2005年、日本、72分)

監督:本田隆一
原作:山本直樹
出演:黒沢愛、川村亜紀、松田洋昌、鈴木Q太郎、のはら歩、山本早織、千太郎、大堀こういち、緋田康人

本田=黒沢愛版の『あさってDANCE』も佳境の第3弾。
前作で勃発した、黒沢愛×のはら歩のスエキチを巡る戦いに、先手をうつのはのはら歩。偶然のトラブルから、ふたりきりで狭い押し入れに閉じ込められたのを機に、キスして体をまさぐりあうという進展を得る。その後、彼女の家で初性交、関係を重ねてゆくのだが、のはら歩のぎこちないたどたどしさが、秘めやかな淫靡さを発散する。シリーズ中、最もほんとうな気分の付随するカラミシーンをリードし創りあげた。深川さん/のはら歩は順調にスエキチ/松田洋昌を骨抜きにし、婚姻届を提出し、結婚式にまでこぎつける。

一方、ヒビノアヤ/黒沢愛は、脱力した台詞まわしが台詞内容と合致せず空転し、カラミシーンは途端にAV演技ぽくなってしまう。そんなふうに演技が危ういなか、深川さんしか眼中になくなっているスエキチからは邪険にされまくるが、演劇公演の打ち上げ場面でのスエキチとヒビノとの諍いの“親しさ”にたいして、川村亜紀とのはら歩が複雑な表情を浮かべるのと同様に、その様子を観る者はほんとうに絆があるのはスエキチとヒビノなのだという定型的確信を深めることになる。

深川さんが去り、ひと騒動は終わる。結局、何だかんだと言ってもヒビノがいないと寂しいと気づいているスエキチとの夜道、黒沢愛の脱力な台詞まわしがけなげな明るさと相まって、ヒビノのキャラクターに切ない輝きをあたえた。「スエキチくんは幸せでしょ?あたしみたいないい女に好かれて。」「うん。」「え?‥スエキチくんは、あたしのこと好き?」「今さら何言ってんだよ。」のやりとりを交わすが、酒のせいかスエキチは朝になるとそんな会話は忘れていた。ラブ・コメな締め。

今作から登場のグラビアアイドル山本早織は、雑誌でいうと『Cream』系のルックスだが、少ない出番のうえ、キツめの性格をストレートに演じて女性的アピール度は低い。スエキチの親戚という役柄だが、なぜかスエキチの妹役だと思い込んでいたらしく、撮影はとっくに終わって公開が始まってからようやく誤りに気づいたそう。

鈴木Q太郎と〈ハイキングウォーキング〉なるコンビを組んでいる松田洋昌が、主演として四六時中いちゃついている役を担っているなか、鈴木Q太郎は地味に脇役に徹していたが、甲斐あって(?)第3話にして初カラミ。獣欲的薄汚さは、このシリーズでは後背位で示される。

(ところで、一般的な知名度はまだまだ低いと思われるハイキングウォーキング(松田洋昌、鈴木Q太郎)ですが、フジテレビ深夜『闘龍門』枠内『インパクト!』でインパクト芸人として数回の出場、鈴木Q太郎のコーラ一気飲み→ゲップ我慢芸(?)で知名度をあげた。先頃行われたトーナメントは準決勝まで進むも敗退。当『あさってDANCE』主演の松田洋昌は、大活躍している鈴木Q太郎のかたわらでいかにも“イケメン担当”然としてやる事なく立ち尽くしているのに、妙に自信ありげな表情をたたえていて、個人的にはイケスカナイ印象をもちました。)

(→第4話、『あさってDANCE4 愛と青春の旅だち篇』はコチラ

theme : 日本映画
genre : 映画

また訃報  曽我部和恭

ケンドー・カシンの本名みたいな名前の友人・Iくんから、また、訃報メールが届きました。

〈 また訃報です
  今度はワッケイン司令が…‥。
  ビショットもですね
  声優って寿命短いんですかね 〉

曽我部和恭。

なんかJ9の香りのする声優が次々にいなくなっている気が。。

theme : 声優
genre : アニメ・コミック

夏ドラ総括①マイボス、下北、ママ愛す

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 『下北サンデーズ』


さて、あらかた夏ドラが最終回を迎えましたので、すでに前触れたものの補足や、触れそびれたドラマについて感想を言いたいと思います。

◎『誰よりもママを愛す』、
お兄ちゃんの玉山鉄二が阿部サダヲ演じるゲイのピン子さんと怪しい雰囲気になるも、やおいを匂わせてソフトに終わらせるかと思いきや、堂々とゲイカップルに!!というストレートな展開には驚くとともに感心しました。そこまでさせなくていいのに、キスまでさせる本気っぷり。それにしても、髪も短いままだしゲイ/オカマ役に際して過剰な扮装もせず過剰な役作りもなくて、しっかりゲイにみえる阿部サダヲはすごいなあ。。


◎『下北サンデーズ』、
牛乳オジサン役の藤井フミヤが、仲がおかしくなったバンドの元メンバーたちと和解するサイドストーリー、フミヤと高杢の件を考えると悪趣味なギャグにみえる。。フミヤは承知で笑いとばしているのでしょうか?「サンキュー、トーキョー!」といってとるポーズの、まあフミヤに似合わないことといったら!それに、フミヤの年老いた顔面にびっくり‥。

脇を固める“個性的な”人々が思ったよりキャラがたたず、愛着を生まなくて、結果群像劇としての盛り上がりに全く欠けた。とかいいつつ、なんだかんだ毎回ウルッときてましたが‥。

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牛乳オジサン、藤井フミヤ


◎『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』、
最終回スペシャルをみておもったのは以下のようなこと。
ヤクザであることがバレるのがもう一話前だったら、最終話の流れや構成がスムーズにいったのに。。ここまで隠してタメてきた秘密の開示がバタバタに紛れてしまった気がします。
退学になってしまった榊真喜男は当然、クライマックスにおいてどこかで独自に泣かせる卒業式を祝われるのだろうと思わせるし、事実そのように事態は進行してゆくのですが、個人的にはこんなシチュエーションには弱くて、まず間違いなく泣くかなと予想していたのに結局涙が出なかったのは、いちいち吟味されてないテキトーなセリフがポンポン出てきていちいち水をさされるから。不良の星野くんが榊真喜男に言う、榊学校行くぞ!お前は俺の舎弟だろ!にはグッときましたが。
ところで、星野くん役のひとって『野ブタ。をプロデュース』でコタニさん(堀北真希)を好きになって水族館デートしてたひとといっしょ?
あと、キモロンゲは、コレといい映画『空中庭園』の弟役といい、あの髪型は仕事のためのキャラづけなのか、魂からあの髪型なのか判断がつかない。。

さて、不良の星野くんの腰巾着のひとり、ひょろひょろした頼りないかんじの茶髪の男子は、前の店、新宿店のS山くんにソックリで、ウチでは彼が画面に出てくるたびにS山くんS山くんと呼んでヒイキにしていました。あまり見せ場のなかったS山くんでしたが、最終回ではなんとクライマックス近くで桜ナントカand星野サンとトリオで榊を大捜索という栄誉を得た!またその走りかたの頼りなさが微笑みをよびました。

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梅村さん、新垣結衣

長瀬智也扮する榊真喜男と恋仲に陥りつつも、住む世界の違いをつくづく感じた榊が断腸の思いで恋情を断った相手であった梅梅梅梅村さん、その話で後景にさがり、以後群像のひとりとしてクライマックスを迎えてゆく、という段階をふみそうな演出だったのですが、予想以上に反響や人気があったのか、結局最終回でまた榊にデートを申し込むという切ない成り行きに(出番もたくさん)。自分はラブコメが好きだからいいけども、作品のコンセプトからして、結局ずっとラブコメを引っ張るのはヤクザな設定が空回りすることに。。事実、最終的に長瀬くんはちっともヤクザにみえなくなってしまいました。
『ドラゴン桜』で事務所(レプロ)の同じ長谷川京子の抱き合わせとして画面に登場し、話題と人気を呼んだ新垣結衣は、すでに長谷川京子より視聴率を確実にもっているんじゃないでしょうか。それに比べて、『おいしいプロポーズ』で同じくハセキョーの抱き合わせで出演した石田未来(寮で新垣結衣と共同生活中)はウンともスンともなくて、映画『猫目小僧』に出たってブレイクする気配はない‥。長いキャリアをもつ石田未来がブレイクする日はいつか来るのでしょうか‥?

(‥長くなってしまったので他のドラマは別項で。。)

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  石田未来

theme : ドラマ
genre : テレビ・ラジオ

新創刊『KING』

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とにかく、大量も大量の広告をうって、ものものしく創刊/発売された雑誌、〈日本男子再生!マガジン〉だという月刊『KING』(講談社)。
“キング”といったら、幼少のころチャンピオンよりも微妙な少年漫画誌を指し示す言葉としてその響きに親しんだ身からしたら、初っぱなからマイナスイメージを纏うタイトルにおもえる。何の雑誌かも知らないまま、見かけたのでパラパラ立ち読みしてみました。
(情報量の少ない表紙に王さんのどアップじゃ、ミズテン即買いっていうのはありえないんじゃ‥とまず疑問。大したインパクトでもなし‥)

まず、〈なにか革新的なものがキタ〉とでも言いたげな、左開きでページがはじまり横書きのレイアウト、というデザインは、セオリーの逆を無用に行っていて、読みにくいことはなはだしくイライラする。パソコン雑誌系に似せることで新世紀感でもだしてるつもりなのでしょうか?しかし、この重たい雑誌をパラパラと適当にめくると次第に『monoマガジン』にみえてくる。。雑然とした誌面構成ゆえでしょうか‥?

目玉らしきKIDのインタビューから数多いコラムまで、全体的に低調。辛酸なめ子やギンティ小林さえも大人しく、西川美和のコラムは内容・文章力ともどもガッカリ。(次号から本格登場だという掟ポルシェならあるいは‥という淡い期待。。)ぜんたい、記事群は、やわらかい装いのもとにあるが、教条的かつ啓蒙的な、上から目線のオッサンの説教じみたトーンで統一されていて、不甲斐ナイ若者ヨ良イ男ニシテヤルカラ黙ッテアドバイス二従エといったふう。こんなものに若い読者層が唯々諾々と従うとしたら、ますます日本の御発展はありえないとおもわせる、薄っぺらい提言やウンチクの洪水。
中身のあるほんとうのイイオトコになりたい。いわば21世紀の『Hot-Dog PRESS』か『POPEYE』といった趣で、魅力なき情けない男性というターゲットを搾取しにかかる。そういう意味ではかつての『MEN'S NON-NO』から『Leon』までのオカマくさいムーブメントと大した違いがないような、男のさもしさを狙いに定めた雑誌のひとつでしかない、のか。

theme : 雑誌(既刊~新創刊)
genre : 本・雑誌

『kamipro SP 2006AUTUMN』

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『kamipro Special 2006AUTUMN 9.11PRIDE無差別級GP決勝戦緊急速報号』

前回の速報号に引き続き、試合経過の詳細な記事はないのが紙プロ流。それじゃあ速報号じゃないじゃないかという話だが、周辺記事が充実しているのでそれも良しで、一見目玉のマイク・タイソン独占インタビューもともかく、注目はアメリカショービズ界の超大物、エド・フィッシュマンのインタビュー。PRIDEアメリカ攻略のキーとなるこの人物(超高級住宅地に居を構えるフィッシュマン氏宅の隣はバーブラ・ストライザンドの家!)のインタビューに紙プロが成功するのも、ひとえに“DSEの機関誌”と揶揄されるような現体制ゆえのヒットでしょう。

他記事で驚いたのは、大刀光がグッドリッジ戦でタップした理由‥。対小川直也戦でのガファリの敗戦理由(コンタクトレンズがズレたから)に匹敵、イヤある意味凌駕する底抜けな敗因に、癒されました。

theme : 雑誌(既刊~新創刊)
genre : 本・雑誌

『ホテルサンライズ』とオフィスクレッシェンド

『ホテルサンライズ』

(05年3月31日、テレビ東京、21時~)

森博嗣は好きな作家です。先ごろ、ついにその森博嗣の小説が初テレビドラマ化されました。13日放映の『カクレカラクリ』。コカ・コーラ120周年を記念して、web-mixi、小説、雑誌、テレビドラマSPと、多くの媒体を縦断するかなり大掛かりなクロスメディア企画としてある『カクレカラクリ』、〈森博嗣〉〈mixi〉というタームから類推できるように、コカ・コーラのこの企画によせるイメージの、新世紀感、最先端感、がうかがえます。
そのドラマ版『カクレカラクリ』の制作、プロデュース、脚本、演出を担当したのはオフィスクレッシェンド。では、クレッシェンドとはどのような会社か。

オフィスクレッシェンドは、いわば映像クリエーター集団で、数多くのドラマやMTVの制作を請け負っています。ドラマ『トリック』『池袋ウエストゲートパーク』『Stand Up!』『セカチュー』『H2』『anego』『白夜行』『下北サンデーズ』などを手がけており、人気演出家の堤幸彦を筆頭に、狂騒的で比較的ポップな作風が特徴的。いわゆるCMディレクターあがりのよくある作風とはまた少し異なる、MTVを経由したポストモダンな映像表現を得意とする。その適度な〈最先端感〉〈新世紀感〉(=新世代感?)イメージがコカ・コーラのオメガネに叶ったのでしょうか。

『カクレカラクリ』についてはとりあえずおいといて、前ふりが長くなりましたが、そのクレッシェンドがテレビ東京と共同で制作を担当し、2005年3月31日、テレビ東京で21時から2時間スペシャルのオムニバス・ドラマとして放映された『ホテルサンライズ』は、テレビ東京とは思えぬ豪華なキャストを揃えた(野際陽子、北村総一郎、ユースケ・サンタマリア、蒼井優、松尾スズキ、大杉漣、加藤夏希、平山あや、今田耕司、杏さゆり)、力のはいったもの。DVD発売してペイすることを見込んでのものでもありましょうが(のち、DVD化された)、と同時に、クレッシェンドのプロモーション映像集としての機能を担うこともをねらわれているのだろうと思います。『ホテルサンライズ』において、クレッシェンドを代表するディレクター(堤幸彦、二階健、薗田賢次、大根仁)が監督・脚本を担当し、それぞれの技量が披露される。

『ホテルサンライズ』、内容は老舗ホテルの最後の1日を舞台に、どこかファンタスティックな物語が繰り広げられる4編のオムニバス・ドラマ。〈日本版『フォー・ルームス』〉って謳い文句は(仕掛けと見かけは面白そうだけど、つまらない)と連想させて逆効果なのではないか‥。まあ、正直、遠からずといったところですが‥。

以下、各編、放映順にざっと触れますと、

①『555 LOSTMAN 』
(監督:薗田賢次、出演:今田耕司、麻生祐未、杏さゆり)
記憶を失ったと訴える客が今田耕司。記憶を取り戻す手伝いをする従業員に麻生祐未、忽然と現れたり消えたりする不思議なメイドに、杏さゆり。この場合はタイムトラベルネタですが、オムニバスにありがちな、こみいった設定を慌ただしく語るのに忙しくゆえ、面白くしようとするのも余裕なく寒いコメディに。監督の薗田賢次はMTVを多数手がけ、映画では『凶気の桜』(02)『鳶がクルリと』(05)など、狂騒的な慌ただしいムリヤリな〈ハレ〉を表象して空転しまくり、舌足らずで何も語りきれないという作歴の持ち主で、ここでも一見面白そうな表面のしたにはゲッソリさせる空虚がポッカリ。。実は麻生と今田の子だったというオチの杏さゆりのフシギ系メイドっぷりのと「ちゃんとセックスしてね!」というセリフのサービスのみが救い。

②『666 TRIPLE SIX』
(監督:二階健、出演:平山あや、加藤夏希)
某イギリスのバンドが泊まったという666号室にようやく泊まることが出来た熱狂的ファンの平山あや。そこに同じく熱狂的なファンと称する加藤夏希が押し掛けてくる。
『カクレカラクリ』も手掛けた二階健は、『TRIPLE SIX』と前後して同じくテレ東の深夜連ドラ『GO!GO!HEAVEN!』で加藤夏希とタッグを組み(古い表現)、GOTHなテイストで衣装・美術・映像を審美的に作り込む。映画では『下弦の月~ラスト・クォーター』(04)『Soundtrack』(02)などを手がけ、若い層にアピール可能な作風を誇る。ただこれらの作品、だからといってちっとも面白くないという欠点をもつ。ビジュアルの努力が話の動力と連動していなくて常に単なる意匠に留まってしまう。この『TRIPLE SIX』でもふたりのアイドルも部屋も衣装も水の表現も妖しく美しいが、話はとってつけたようにケムに巻いて逃げにはいる。

③『777 伝説の男』
(監督:大根仁、出演:松尾スズキ、ユースケ・サンタマリア、蒼井優)
20年間ずっと宿泊し続けている伝説の映画監督・松尾スズキを訪ねてきた、今や飛ぶ鳥おとす勢いの世界的映画監督、ユースケ・サンタマリア。その部屋にはゴミに埋もれたかつての名監督と、20年前の名作に抜擢された当時16歳の少女(蒼井優)があのときと全く変わらぬ姿で棲息していた。。
映画ファン的には4人中もっとも無名と思われる監督・大根仁はドラマを多数演出しており、『サイコメトラーEIJI2』『っポイ!』ドラマ版『アキハバラ@DEEP』などを演出、それに特筆すべきは近年話題の『劇団演技者。』で多くの戯曲を映像化しています。その演劇つながりをおもうと、松尾スズキの起用や小劇場演劇くさいガジェットの多用が興味深く、しかしそれだけでなく映像作品としてビデオ、映画やテレビ画面といった様々なメディアの画像を交錯させる表現の野心は上記2作品よりはるかに立派。しかし面白いかというと‥。松尾スズキの過剰な演技が、シャッフル的映像の疾走感に古臭いクドさを与えてしまった。セーラー服姿の蒼井優はかなり可愛い。

④『888 妻の本音』
(監督:堤幸彦、出演:北村総一郎、野際陽子)
長年連れ添った老夫婦。豪華な一室に落ち着き、とつぜん離婚を言い出す妻、自分勝手だった夫への不満をぶちまけ始める。必死で抗う夫だが、離婚を逃れるにはたったひとつの方法しかなかった。。
説明不要、堤幸彦演出のオーラスは、シンプルにベテラン俳優の掛け合いの面白さのみで乗りきる。その手腕をみると、堤幸彦のアドバンテージはその特色とされる独自の映像表現や小ギャグなどではなく、その抜群のバランス感覚にあると思い知らされます。結果、順当に、4編中唯一ふつうに観れる作品になっています。

さて、全体を通してみてみると、もの凄い面白さはないものの、現代的(風な)スタイリッシュさには長け、俳優/タレント陣の持ち味や魅力が比較的引き出せている点が見てとれます。クレッシェンドの傾向を認知する用途に、ひいきのタレントの鑑賞に適した一本に、まんまと成りおおせていると言えると思います。

theme : ドラマ
genre : テレビ・ラジオ

山根貞男『現代映画への旅』

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山根貞男『現代映画への旅』
(講談社)

膨大な数の日本映画ととことん付き合い、明晰な文体で誠実に論じつづけた、日本を代表する映画批評家としての山根貞男を、個人的にずっと敬愛しその背中を見ながら日本映画を観続けてきました。
たとえば、“映画”をたんなる“文化”としてしか捉えることが出来ない佐藤忠男などと違って、山根貞男は映画を映画としてだけ扱い、映画を〈映画語〉以外の言語で語ることは不可能なのだということを、威勢のいいスローガンとしてでなく、映画に・正面から・誠実に・向き合うというただただ謙虚な聡明さによって提示する。

そうやって真摯に過去/現在/未来の日本映画に対して向かい続けていた山根氏が、〈もともとわたしは日本映画について書くことから出発し、そこに固執してきたが、あるときからそんな自己限定に不満も感じるようにな〉ったとそれまでのやり方に居心地の悪さを感じだし、蓮實重彦との往復書簡(『本』連載、『誰が映画を畏れているか』として単行本化)を皮切りに、積極的に外国映画について語るようになります。

そのような意識をもって94年から始まった『群像』での連載、その初期分をまとめたこの『現代映画への旅』においては、何よりもまず山根貞男がリアルタイムで接する同時代の外国映画にたいしてどのような言葉を発してゆくのかに、興味が集中することになります。

では、山根貞男が批評家として外国映画についての言説に、何かをもたらし得たのか。
残念ながら、いち早い発見や先見性といった面で、映画批評の磁場に新たなものをもたらしたとは言い難い、と思う。エドワード・ヤン、イーストウッド、シュミット、キアロスタミ、ソクーロフ、ジャームッシュ、カサヴェテス、オリヴェイラ、アルモドバルといった取りあげられている面々は、なにも山根貞男が評価せずとも、すでに幾人ものマトモな批評家にとっくに発見され賛辞と批評を受けている、多少の映画好きなら当然観ているような作品/作家ばかり。比較的マイナーなタル・ベーラ『サタンタンゴ』でさえ、山根貞男がとりあげたころにはソッチ方面では既に名高い作品でした。そういう意味では、これらの文章群はたんに趣味のよいシネフィルの観賞記にすぎないのではないかという懐疑が。。
『ピアノ・レッスン』『L.A.コンフィデンシャル』あたりを易々と絶賛してしまうあたりは、無防備すぎるんじゃないかと不安を感じますし、『エドワード・ヤンの恋愛時代』を『ショート・カッツ』『パルプ・フィクション』と同列的にならべて賛辞を送るのは乱暴じゃないのかとか、疑問もありますが、おおむねいつもながらの分析が外国映画にむけても行われる。『スケッチ・オブ・Peking』や『リトル・ブッダ』、『アイズ ワイズ シャット』などが、いつもの調子で論じられるのが、なにか清々しいものを感じさせて、うれしい。山根貞男氏にとって、良かったんじゃないか、という、映画視線でなく、山根ファンとしての感慨。

しかし、本書で読みでがあるのはやはり外国映画についての批評ではなく、ポルトガル、ロカルノ(スイス)、山形、ロシア、スペイン、ロッテルダム(オランダ)など、映画を求めて、あるいは映画をかかえて駆けずり回る、映画巡礼紀行の熱気。未知の場所で、未知の人々が、新たに映画を(再)発見するルポルタージュとして、ワクワクさせられます。簡潔な撮影現場ルポも、山根氏の十八番で安定した読み物としてたのしみました。

(あと、連載時にはなぜか見落としていましたが、単行本で一読するさいに、僕のお気に入り『ラブホテルの夜2』(北川篤也監督)が取り上げられていたのを読んでビックリした。観たらゲッソリさせられそうなやる気のない題名に反して、ハッピーな気持ちになれるすがすがしい映画です。)

theme : 専門書
genre : 本・雑誌

お客さんから

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店に食べにきてたお客さん(オバサン、知らない人)から、いっぱいあるからあげる、とマヨネーズを(無理矢理)9本ももらいました。意味がよくわからない‥。バイトの人達に2本ずつ分けたがまだ残ってる。。

theme : 写真日記
genre : 日記

『結婚できない男』

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『結婚できない男』


(フジ系、火曜日22時~
出演:阿部寛、夏川結衣、高島礼子、国仲涼子、塚本高史、尾美としのり、さくら、三浦理恵子、高知東生、草笛光子、立花彩野)

もうすぐ大体が終わってしまいますが、今回の夏ドラマで、どれが一番好きかといったら、ダントツで『結婚できない男』です。可笑しく、面白く、もの悲しい。言ってみれば、洋ゲー的な身も蓋もなさで連打される、朴訥なテンポのリアリズムから生じるユーモアと、そしてそこからなんとも知れん温かみある哀しみがじんわりと滲んでくる作劇。その描写力のレベルは一般的なドラマの水準ではなく、ある水準の映画の域に達している、傑作だと思います。

第1話をみたときにまず感嘆したのは、まるで長い間続いている番組を途中からみた(たとえば、第23話から、とか)ような、手ぶらな、何気ないタッチ。
第1話といったら、視聴者を掴むために大仰にカマしたり(ふつう第1話には比較的大きな予算があるし、カマシどき)、物語となる舞台や人物関係、主人公が苦境や珍なる状況に追いやられる経緯などの説明に大半の時間を浪費したり、といった、いわば〈連続〉ドラマを始動させ、視聴者をスムーズに乗せてゆくための仕掛けにテンテコマイになるもの。1、2話あたりの展開に多少無理があり、その後スムーズになる、というのが、大部分の連ドラの構造的欠陥でもあります。

それが『結婚できない男』では、最初から説明やドラマチックな展開、力点をなにか片方におく描写による強調などは、徹底して排除されています。設計士のクワノ(阿部寛)が、人前でまったく空気を読まずにスパゲッティー二の定義や『ブレードランナー』の蘊蓄を好き勝手に語り周りを引かせるのは、一見、初回ということでその性格を明確しめすために見えなくもない。しかし以後、それと全く同じように、クワノ氏が花火やらお好み焼きやらハトバスツアーやらで延々と好き勝手に語るさまを視聴者はみることになります。つまり、この場面はいつもながらの彼の常態であって、なんら何かを強調するでもない挿話なのだ。ひと(クワノ/阿部寛)はここまでずっと長いこと生きてきたし、これからも均等にダラダラ続いてゆく時間を生きてゆく。そこにとりたてて劇的なことなどないから、ドラマチックな分かり易い瞬間のポイントをピックアップして、総集編・傑作選的にドラマを描き出すことが何かを生むとは、作り手は思っていない。橋の欄干をトントンたたいて渡るのは、クワノの何らかの〈性格の傾向〉をしめすために与えられた仕草であるだけなら、1、2回画面に
登場させればじゅうぶんなのに毎回毎回、とおるたびに欄干に手イタズラしながら歩く場面が挿入される。クワノというひとがまずいて、彼はしょっちゅう橋を渡ることになる場所に住んでいるし、彼はそういうとき手イタズラするひとだから、通るたびにそうしているシーンがうつる。同じように物語の進行を遮っても毎日コンビニで買い物するししょっ中レンタルビデオ屋に寄るから、幾度となくコンビニやレンタルビデオ屋が出てくる。描写が唯物論的なんだとおもう。(たとえば『男はつらいよ』の寅さんは“ああいうひと”であって、テキ屋だの童貞だの頭が弱めだとかいった属性は属性でしかなくて、〈テキ屋〉〈童貞〉等といった要素から抽象的にあみだされた人格なのではないのだ。)

〈結婚できない〉“要素”をコラージュしてクワノ氏が出来上がったというよりは、クワノ氏はたんにクワノ氏であって、その結果たまたま彼が〈結婚できない男〉であるに過ぎない、という余剰のある造形の豊かさ。だからたとえばミチル(国仲涼子)という人物の雑な薄っぺらさも、たまたまキャラクターがそういうふうになった。というおおらかさが、このドラマの人物形成にある。

ハヤサカ先生(夏川結衣)という女医が、偏屈に凝り固まったクワノ氏のまえに、物語の構造的には“結婚できない男の結婚相手となるかもしれない独身女性”として登場する。しかしこの登場も一筋縄ではいかない。腹痛を訴えたクワノさんが病院に運ばれ、そこで担当する医者としてハヤサカ先生が登場するに過ぎないのだ。腸に問題があり、先生が裸尻の検査を行おうとすると拒絶して言うことをきかない。と、べつに劇的でもない、反・ロマンチックな日常の延長としての出会いは、お互いをゲッソリさせたにとどまり、恋愛的な激情は予感も漂わせない。かえって、偶然マンションで隣室に住むことで出会い、痛みに倒れたクワノを病院へ運ぶ手助けをすることになるスチャラカOL・ミチル=国仲涼子との関わりのほうがずっと恋愛的ドラマティックに近いし、長年仕事仲間としてクワノ氏のそばでフォローしその人とナリを理解・許容しつづけている沢崎さん(高島礼子)との関係も恋愛の形として適当だ。しかし話数がかなり進むまで彼女らは傍系の人物にとどまりつづけ、同年代かつ価値観のぶつかり合う女性としてのハヤサカ先生とのドラマが主軸となる。

第1話、次々に画面に登場する女性たちを視聴者は目にしつつも、誰がヒロインなのか、なかなか分かり易く(劇的に)特定してくれない演出に宙吊りにされながら、ひょうひょうとドラマの時間は流れてゆく。ここでは、出会い方や登場人物の配置関係は、〈人格がある程度形成されきった人物〉が〈他人〉を気になったり好きになったりして異物としての他者を受け入れることとは、関係がない、という確固とした思想に基づいた独自のドラマツルギーが発動されている。かんたんに、阿部寛の演技やキャラクターの面白さがこのドラマの醍醐味だとか言ってしまっては、この地味で風変わりな面白さは捉えきれないでしょう。

しつこく淡々と話数を重ねて、相も変わらず口の端をひん曲げて他者をいたわらない言動をつづけ、既に形成された自己を変質させないでいたクワノ氏、他者との影響関係から隔たってマイペースに生きていたつもりのクワノ氏も、いつの間にか、自分のささいな言動や行動によって他人の人生が確かに変動してゆくし、他人との関わりのなか、ひとりで考えひとりで生きてきたつもりでも自分がいかに他者の許容や理解のうえに成り立って物事を成しているかに気づくことになる。

医者と患者という形式を隠れ蓑に、ハヤサカ先生の診察室をしょっちゅう訪れては憎まれ口をたたきつつもしっかりその存在に甘えていることも、ペットなんかと思っていた彼が隣人ミチルの飼い犬・ケンちゃんを預かることによって素朴な愛情を通わせることの喜びをしることも、都合のいい仕事のパートナーと思っていた沢崎さんとの関係もじつは沢崎さんが人生の他の可能性を捨ててクワノというひとりの人との関係を尊んでの選択であったのだし、クワノ氏自身も作業円滑装置としてのコマだというのでなくてただひとりの特定の人物としての沢崎さんを全身で必要としていたのだった。
そうしたことに、ハヤサカ先生の度重なる非難にウンザリしながらも、クワノさんはだんだん気づかされていくことになる。

当たり前におもっていたことが、当たり前じゃなかった。
特殊な例外だとおもっていたことが、絶対的に不可欠なものだった。
人生の途中でそれに気づかされることより劇的なことがあるだろうか。

ドラマチックでないこのドラマが、時空が歪むように、クワノさんの意識の変化とともに大きな揺らぎをみせてとりわけ感動的なのは、日常の小さな点景でしかないものが愛しく思えてくるところだ。

いつも行きつけのビデオ屋が休業していた寂漠感。
「ポイントカードありますか?」「ありません」「スプーンはおつけしますか?」「いりません」のやりとりをクワノ氏と毎回繰り返してきたコンビニの店員(立花彩野、そういえばむかし鎗田彩野って名前だったな)が、ついにポイントカードもないしスプーンもいりませんよねとクワノの存在をマニュアルの向こう側にあるモノでなくひととして認識した場面のあたたかさから一転、いつもの店員はいなくてオッサンの店員に一からカードの有無やスプーンの要不要を訊かれるシーンの空虚感。しかし翌日、立花彩野の店員は無事いて、ちゃんとクワノの嗜好を覚えていることの小さな至福。

いまいましいグータラでバブリーな建築士だと小馬鹿にしているつもりだった金田のホームページの更新を毎回毎回一番楽しみにしているのはクワノさんなのだし、いつの間にかエンジン音だけで金田の車が近辺を駆け抜けたことがわかるようになり、仏頂面が基本のクワノさんは、遠ざかる車をみて、笑顔を浮かべ、「がんばれ、金田」と呟く。

それらの、車が通り過ぎる、前日いなかったコンビニのバイトが今日いた、等々といったささやかな事が心に響くのは、それまで、毎回毎回レンタルビデオ屋により、毎回毎回コンビニでポイントカードはないしスプーンはいらないとやりとりを続け、金田が更新するたびに記事をチェックしバーに行く度にオンナ連れの金田と出くわすさまが、単調な日常のように延々と反復して描写されつづけてきたからだ。これまで洋ゲー的ユーモアとして楽しまれた細部がさかのぼって主題を照らし輝かす。映画『ゴーストワールド』(01)で、クライマックス、ある登場人物が“バスに乗る”という何の変哲もない行為が、観るひとの心を揺さぶるように、大がかりな大事件を用意しなくとも、みるものの感情を動揺させる秀でたドラマが産み出せることを『結婚できない男』の作り手は証明してみせた。しかも堤幸彦等の演出のように、フザケてハシャぐ笑いどころはとことんアッパーに、シリアスに感動させるところはぐっとスタンダードに、というふうに演出のテイストを変えることなく、オカシイシーンもカナシイ場面も同じように淡々訥々としたトーンで描かれてゆくのが素晴らしい。
(ある意味、アキ・カウリスマキみたいなものでしょうか。)

初回からまるで中盤のように始まった『結婚できない男』、この大詰めの第11話にきても“花柄が嫌いで悪いか”なんて悠長な話がテーマだったりして、フテブテシイことこのうえない。それでいて、最終回にむけてちゃっかり(?)夏川結衣の気持ちにスイッチを入れるための装置を作動させる着地のニクさ。ずっと終わらないでいいという僕の気持ちとは関係なく、着実に終幕へむかっています。。

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theme : 結婚できない男
genre : テレビ・ラジオ

ミルコ優勝

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『PRIDE無差別級GP』がミルコ・クロコップの優勝で幕を閉じました。戦前にはジョシュ・バーネットかシウバが優勝するのが面白いなーとおもっていたけれど、ミルコが優勝してみるとそれはそれで素直にヨカッタネと思える。G1で天山が初優勝したときみたいなハッピーエンド。

で、『東スポ』をみるとその天山/新日本関連の記事(中西がらみ)は、大日本の記事よりずっとずっと小さい扱い。それが時の隆盛か。。

‥と思っていたら『週刊ファイト』が休刊とのニュースが‥。紙の活字媒体もプロレスももはやアングラでしかないのか‥。

theme : 格闘技
genre : スポーツ

『24』シーズンⅤ①

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ずっとレンタル中だったがやっと借りてみました!
『24』のシーズンⅤの1巻!

ひとつはフジ制作の〈PRIDE〉地上波番組。もうひとつが海外ドラマの『24ーTWENTY FOUR-』。この二つが近年の映像メディアで最も面白いソフトだと個人的には思っていて、フジのPRIDE放映が消滅した今、最強の映像コンテンツであると考える『24』の、シーズンⅤのレンタル開始は待ちに待ちに待ちに待ったものですが、これまでレンタルショップに行ってもなかなかレンタル中で借りれなかったのでした。

一切の事前情報をシャットアウトして、純潔な状態でのぞんだ甲斐があって、冒頭からバカな!!!!そうくるか!!!!と驚愕しっぱなしで、夢中になってみた、引き込まれた。そのサプライズのタイミングがまた上手いんだなー、セオリーと違うタイミングと画面で惨劇が起きる全盛期のたけし映画みたいにヤラレる。どこをどうやってみても面白くできる、というスタッフ全体の自信が画面に満ち満ちていると感じます。みてない方には、ネタばらしになってしまうので何も言えないのがもどかしい‥。
宣伝的には「シーズンⅤからでもノー問題で楽しめる!」とか「関根さんとかの出てるガイドビデオみとけばオッケー!」とかいうことになっているみたいですが、1~4をずっとみていたという蓄積があるからこそ5の第1話の衝撃はガツンとくるんで、5からみたんじゃモッタイナサすぎる!みるならやっぱりシーズン1からみないと!

theme : 24 -Twentyfour-
genre : 映画

今日から公開(9.9)

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8月に公開された映画は正直、食指の動かないものが多かったんですが、9月に入って注目作が続々公開されてきています。

◎『グエムル 漢江の怪物』
先週2日公開作には、いつも“グムエル”だか“グエムル”だかわかんなくなるが『グエムル 漢江の怪物』ありました!韓国映画には片っ端から首をかしげている自分ですが、ポン・ジュノだけは例外。第1作の食犬サスペンス・コメディ『ほえる犬は噛まない』(00)もなかなか面白く、第2作の実録犯罪モノ『殺人の追憶』(03)は驚異的な野心作。そして今度はなんとモンスター・ムービー!いまのところ未見ですが、ジャンルわけを超越するような力技をみせてくれるんじゃないかと期待がつのります。

(なお、同じ2日公開組には、石田衣良原作×源孝志監督というサイアクな組み合わせの『アキハバラ@DEEP』もありましたが、ぴあ満足度ランキングで9作中9位で最下位、しかも64.8点と滅多に見られないほどの低得点。満足だ。)

◎『LOFT』
今日9日の公開作ではまず待望の黒沢清最新作『LOFT』。どうせ一般的な評判はいつもどおり微妙なんでしょうが、問答無用の必見作。奇怪な作風ばかりが取り沙汰されがちな黒沢監督ですがテクニックも物凄いものがあると思います。1000年前のミイラがどうのなんて話だから、寓話的に振り切りすぎて『カリスマ』みたいになってしまわないか、少し心配。。

◎『バックダンサーズ!』
テレビでも番宣まっさかりの『バックダンサーズ!』、すごく好みの題材でみる前からシビれてる。だれもが思うんだろうけど、SPEEDの記念すべき銀幕デビュー作が三池崇史『アンドロメディア』(パンフレットがデカすぎて引っ越しのたびに難儀する)などでなくて、こういう映画だったらどんなに良かっただろうと思う。そういえばその三池崇史の新作『太陽の傷』は、黒沢清の『復讐 運命の訪問者』や『蛇の道』みたいな話だが、だったら黒沢清のほうが100倍良いに決まってる、とおもう。

◎『ファイナル・デッドコースター』
『ファイナル・デスティネーション』、『デッドコースター』につづく、シリーズ第3作。マイナス思考がすべて現実になるかのような、世界中が殺人凶器と化す、ごひいきシリーズ、大々的な宣伝で無事スクリーンに登場。よかった。ただ、こういう類いの映画は、一緒にいくひとを探すのに苦労したりします。。

◎《冨永昌敬特集上映》
16日公開の『パビリオン山椒魚』で、オダギリジョー・香椎由宇・菊池成孔という援軍をえて、ついに全国的にその姿をあらわす時がきた、異才・冨永昌敬!!〈新世紀の戦後現代詩〉とでも名付けたいその作風が、新しい世代の観客にどうとらえられるのか注目ですが、その冨永昌敬の旧作『亀虫』(02/03)『京マチ子の夜』(05)『テトラポッド・レポート』(03)+αが、『パビリオン山椒魚』公開記念特集として、今日から一週間、テアトル新宿にてレイトショー上映。(本日9日限定で上映前に監督の冨永昌敬、全作出演の杉山彦々、作家の中原昌也によるトークショー有り!)そうそう観れないのでこの機会に観ておきたいものです。

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『パビリオン山椒魚』

theme : 撮影中、公開前の映画
genre : 映画

『アイノシルシ』フルモーション⑨

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『アイノシルシ  LOVE MARK』
フルモーション⑨

(2006年、日本、75分)

製作・脚本・原作:永森裕二
監督:広田幹夫
出演:亜紗美、中野裕斗、宝月ひかる、羽村英

言いたいことを言わない関係の一家に育ったしおりは、セックスした翌朝、必ず鼻の頭が赤くなるという特異体質の持ち主。父はしばらくシルシの現れぬしおりに不安を感じ、見合いをさせることにした。結果、雪男という男が婿にくる。
しおりには腐れ縁の元恋人・俊二がいたが、さいわい雪男は妻のシルシに気付かない。しかし、シルシの症状がクローズアップされる報道が流れ、しおりの秘密に危機が訪れる‥。


今回、主演をつとめるのは人気AV女優の亜紗美。映画ファンには先ごろの井口昇監督『おいら女蛮』におけるバンカラ口調の女蛮子(すけ・ばんじ)役や、フルモーションレーベルと同社(フルメディア/AMGエンタテインメント)から出ている別シリーズの一編、『くりいむレモン 亜美の日記』の主演が記憶に新しいかと。今回は性交をした翌朝には鼻の頭がぽっちり赤くなる、奇妙な体質の娘に扮します。

監督は『エコエコアザラク』のテレビシリーズや、ジャンクなビデオ作品で活躍の広田(廣田)幹夫。『夜光蟲』(99)や『呪女/NOROIME』(00)などの監督作品がある。主として手掛けるジャンル傾向はオタク寄りのエロ・ファンタジー/ホラーといったところで、もう中堅の部類にはいると思われます。積極的に新人起用の多かった当シリーズでの起用は意外な感じがあり、プロデューサーの意図が計りかねますが、今作、物語要素が男女間のストレートな関係性(〈夫と妻〉)に閉じない、〈家族〉〈親と子〉というテーマをも包括するおおきさをもったものだから、ベテランの確実な演出を必要としたということなのか。

製作と脚本をいつもながら兼ねる永森裕二の抱えるテーマが、〈夫婦〉から〈家族〉に移行したのか。それが本作に接しての最も根源的にうけた印象/感想。

序盤、うわべは仲睦まじく笑顔で対話する真野一家のようすが柔らかく淡々と描かれる。色フィルター撮影はされているものの、どこか鈍くさいタッチで、これまでのフルモーションのスタイリッシュなスタイルとは好対照。松竹映画をふと想起した。小津安二郎みたいな話(娘をそろそろ嫁にやらにゃ、見合い、本音を言わない会話‥)だが、シネスコみたいな横長の画面でちっとも構図が決まらずだらしないのはむしろ山田洋次を思わせます。

お見合いを父にお膳立てされるが、うわべの笑顔で本音を言い合えない空気のある真野家では、どんな人なの?と訊くのも一大事。両親は前日性交の〈シルシ〉である鼻の赤ぽっちの症状が娘にしばらく表れていないことから、AV男優をやっているというオゾマシイ彼氏とは別れたと思っていたが、男優は最近プライベートではインポ真っ只中だっただけで二人はズルズル続いていたのだ。

そんななかで、生真面目そうな雪男という見合い相手と結婚するしおり。新婚旅行から帰ってきた亜紗美の鼻ポッチを確認して両親は安心する。
しかしAV男とはまだ続いていたうえ、彼のインポが治る。さらに実は雪男にも長い付き合いの女(宝月ひかる)がいた。劇中、母娘で観にいく邦画『タイタニックⅡ』の主演男優が亜紗美と同じ病気で破局したという報道がおおっぴらに流れる。ダンナの雪男はラブホテルで宝月ひかるとならんで、さっきAV男とシタばかりのしおり/亜紗美は両親とならんで、TVにみいっていた。このままでは、確実に浮気がバレる。。

浮気が判明することによって相手を傷つけるのか、不誠実に隠すことによって傷つけず裏切るのか、円満に過ごすために知っているのに知らないふりをするのか。このさきのW不倫2組の男女の闘争は、純粋機械として論理的に展開されていくのだが、その闘争とは〈本当のことを言わない優しさ/冷たさ〉と〈本当のことを言う優しさ/冷たさ〉の陣地の奪い合いということになる。抽象的な概念が映画全体を闘争運動体として動かすなか、登場人物たちは徐々に論理を補完する抽象的な部品と化す。そのため、なつかしや『クエスチョン』みたいな音楽の鳴り響くダンナと宝月ひかるのロングショットの追っかけシーンにしても、人物は概念を代表するモノとして作動しているだけな感があり、ふたりの気持ちが感情として迫ってこない。宝月が「何でも言いあえる人と結婚する」と宣言する台詞も、理が露出しすぎていて肉体をもつ人物としての宝月ひかるの哀しみも、空虚に聞こえた。

〈本音を言い合う〉困難と〈本音を言い合わない〉円滑は、たしかに男女の大テーマであるが、もうひとつのテーマつねに〈親と子〉〈家族〉という共同体を維持するための〈本音/非本音〉という理念とどこかかみ合っていなくて、ひとつのドラマとして盛り上がっていかない。道具だては『脱皮ワイフ』の焼き直しなのだが、〈家族〉のテーマが前面に出て感情の結晶作用が停滞した。

これらのことは、この〈夫婦の性に特化した〉フルモーションというシリーズの終焉の予兆と言えるのではないか‥。誰も切なく輝かないなか、物語的決着をみたあとの終盤、〈家族〉の主題を余韻のように語る場面はしみじみと良い。父母が夜中、暗いなかで酒をのみつつ「なんのお祝い?」「そうだなあ、しおりと話せた、お祝いかな」と交わす会話のよさ。ラストシーン、しおり、雪男、しおりの両親と揃う、朝の団欒の場面で母親によって示されたあるサプライズは、映画全体を幸福な色に染め上げた。

前作から引き続いての登場となる宝月ひかるは出番も多く、演技も達者なのですが、前作のキャラと何の関わりもない役柄で、チェーン方式(前作のキャラクターが次作に再登場する)をウリのひとつにしているこのシリーズに対する、作り手による破壊ではないのか‥。


さて、記念すべき10作目となる次作『ロトセックス』は、同じく広田幹夫監督で、主演はなんと超大物AV女優の南波杏!!(発売は11月24日予定)

→フルモーション⑩『ロトセックス』につづく。コチラ

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『孕み-HARAMI- 白い恐怖』

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『孕み-HARAMI- 白い恐怖』

(2005年、日本、76分)

監督・編集:田尻裕司
脚本:佐藤有記
出演:前田亜季、絵沢萠子、矢口壹琅、高瀬アラタ、中山玲、磯貝誠、はやしだみき、川瀬陽太、今井悠貴

大雪降りしきる、とあるペンション。出産を控えた17歳の娘・ユイは、両親とともにやって来た叔父夫婦の営むこのペンションで出産を迎えるはずだった。しかし妊娠にも出産にも実感がなく他人ごとのように振る舞うユイに、両親は戸惑いを隠せない。近くの山小屋にすむ盲目の男・サカタを周りのものは気味悪がるなか、ユイは強い興味を抱くが‥。

第2作『OLの愛汁 ラブジュース』(99)の、繊細かつ丁寧な、必然性のある性描写で一躍名をあげた〈ピンク七福神〉のひとり(だった)、田尻裕司監督も、若手だと思っていたのに気づけばもう10年選手。。(それなりの秀作とされている『ノーパン痴漢電車 見えちゃった!!』(00)や『姉妹OL 抱きしめたい』(01)は個人的にはどうも今一つ肯定しづらいものの、)近年の『不倫する人妻 眩暈』(02)、『淫らな唇 痙攣』(04)という、いわゆる(?)〈佐々木ユメカ二部作〉においては、身体の物質性と女性の感情の揺らぎを独自の話法で描いて確かな達成を示し、作家としての充実度を増してきている感がある田尻監督。
獅子プロでは、瀬々敬久、佐藤寿保、今岡信治といったアクの強いアヴァンギャルドな作家に囲まれる環境のなか、聡明な田尻裕司は戦略として、カット割りの多い、性を感情にそって丹念に紡ぐ、丁寧な職人監督の道をとらざるを得なかった。その結果〈印象的なカラミイコール田尻印〉というふうに作風が確立したと認知されてゆく。しかしその作風は、ピンク映画界内から外へ波及し一般にブレイクするにはあまりに地味だし、ピンクを離れた一般の場で機能するものなのか、どうか‥。

四天王以後の世代では、今岡信治(=いまおかしんじ)や女池充がピンク映画の改題の一般公開でブレイクしてゆくなか(女池充の『ビタースイート』『花井さちこの華麗な生涯』が一般公開されたのは『孕み』公開とほぼ同時期ですが‥)、何故か低予算ホラーで遂に一般デビューを果たすことなったのは、器用貧乏的なところを買われてのものか。『孕み』なるホラー映画の監督に田尻裕司が、ときいたとき、テクニシャンだけにいざ一般映画を撮ると平凡な印象しか残せないサトウトシキの悪夢(『アタシはジュース』から『ちゃんこ』まで‥)ふたたびか、と不安がよぎった。

『孕み-HARAMI- 白い恐怖』を観たひとがまず感じるのは居心地の悪さではないでしょうか。
徹底して説明が省略されているために、設定も狙いも登場人物の感情もみえてこないまま、観客は何にノっていいか分からずに映画が進んでゆく。冒頭からの畳みかけるような不安定なカメラワークとカット割りで車で雪国に入り込んでゆく家族らがとらえられるが、乗っている人物たちの関係も前田亜季の妊娠の経緯も今一つ明らかでないままに杖をついた盲目の大男が車内に侵入してきて黒く視界を覆ってしまい、感情的背景もみえぬままに前触れもなく窓の隙間から携帯を捨てさる前田亜季、直後、突然の悲鳴が車内をつんざく。後追いで意味が了解される事柄もあれば、観客の理解を放置したまま進行される事柄もあるが、どちらにしても、ノるノらないに関係なく映画はどんどん移ろい過ぎてゆく。

ホラー映画を観る側として定めてもらいたい、(恐怖を感じる)“主体”もあやふやなまま宙吊りにされる。普通に考えればヒロインのユイ=前田亜季に感情移入(主体化)して、理解困難な襲撃者・サカタを恐怖の対象として相対する図式となりノってゆくことになるはずなのですが、そもそもその前田亜季が、両親に「‥‥怖いのよ‥」「ユイがか?」「時々、バケモノみたいにみえる‥」と会話されるほど、冷淡な表情で現世的な感情から遊離していて、不気味に観客の感情移入を拒絶している。終盤、前田亜季とともに逃げることになる子供ですら、大男に雪玉をぶつけ、凶悪にわらい「バケモノ」と罵る、感情移入できぬ不知の領域に生きる、これもまた一種の「バケモノ」だ。勿論、前田亜季も。。

仮タイトルが『バケモノ』であったというこの映画、脚本は『ユダ』『肌の隙間』で非・説明的に性と犯罪を描き、瀬々映画に非=知的で原初的な輝きをもたらすことに貢献した佐藤有記。ここで描かれる〈怪物性〉も、ある原因や背景から説得的に生じるのではなく、すべての人間のなかにあらかじめ在る非=知の領域から噴出するものとして描出される。

それに対して田尻裕司監督が充分応え得たのか、どうか。まずひとつの戦略として色彩設計があった。ほぼ盲目の大男・サカタは、ボンヤリと平板な視界に現れる外界の反射としての色彩に反応して、凶暴化したり優しさが噴出する。前田亜季はそれをなぞるように屋根上で目を閉じ、一面白いボンヤリした視覚に浮かぶ青色(青は、妊娠した胎児をあらわす色として頻繁に青いショットが挿入される)を目指して死に身をさらしてみせる。黄色は保護を促す色として機能し、赤は殺意=怪物性の噴出を指向する。

しかし、じっさいの画面は、そんな設計もぶち壊す壊滅的な出来映えをさらけ出す。照明も足りずにピントも甘く、特殊効果もチープで観るにたえない代物。DV撮影ということもありましょうし、ピンク映画に劣らずタイトな現場だったという要因もあるにせよ、 田尻監督本人があるインタビューで、〈作り手の思いを汲んで映画を観るなんて、そんなの僕はまるで信用していないですよ。出来たものだけ観ればいい。ちゃちいものはちゃちいって、ちゃんと言おうよと。〉と言っているので遠慮なしで。ちゃちい、と。
銃撃の音も閃光も間抜け、雪崩で道が塞がれたビジュアルもヒドくてシラケる。人々が消えてゆく数々の場面の描写が不鮮明、亜季パパが建物の外に怪物を追ってゆくアクションも間が悪い、 クライマックスの対決も音楽もなくモタモタしているので緊迫感なく、怪物の弱点が子供の叫び声って‥‥。

このような、不出来で不鮮明な描写の集積では、志高い制作の狙いや意図などといったものは、むなしい虚言でしかない。田尻監督のブレイクは、やはり性表現を伴った映画によって成されるのを待つしかないのでしょうか。。


theme : 日本映画
genre : 映画

パトリック・マシアス『オタク・イン・USA』

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パトリック・マシアス著/町山智浩編・訳
『オタク・イン・USA 愛と誤解のAnime輸入史』
(太田出版)

海の向こうで、日本製のアニメやマンガといったいわゆるオタク文化にどっぷりハマり、日本に憧れを抱く層が存在していることは、ある程度知られていることですが、じっさいその具体的な様相までは伝わってきていないきらいがありました。

この本では、オタク文化がアメリカにおいて、多分に歪曲された形であれ受容されてきた経緯を、ウエイン町山氏のアメリカでの弟子筋にあたる(?)パトリック・マシアスが広範なオタク知識と経験をもって、コラム形式で詳細に活写しています(『フィギュア王』及び『映画秘宝』の連載を加筆訂正したもの)。

たとえば『ガンダムW』こそが、日本アニメ/マンガにハマるアメリカン・オタク世界における、〈やおい〉=〈ボーイズラブ〉のビッグバンであった歴史が語られる(「『ガンダムW』こそが始まりだったのよ」。当時(2000年、『ガンダムW』全米放送の年)、アメリカでは唯一のメジャー・アニメ雑誌だった『アニメリカ』の元編集長(略)は回想する。「(略)十代の女の子からあんなに手紙が来たのは『ガンダムW』が初めて。『ネットで探してたら見つけたの。ヒイロとデュオが愛し合ってるのよ!』って。その子は日本のファンが作ったやおいサイトを見つけて熱狂してるわけ。(略)ネットの力でアメリカのやおいブームは拡大していったのよ」)とともに、別記事では『ガンダムW』だけが大ヒットし、ファーストガンダムを筆頭に、『W』以外の“ガンダム”がアメリカ上陸に失敗したプロセスが明らかにされます。

あるいはまた、映画『ワイルド・スピードX2』(03)『シン・シティ』(05)に出演したデヴォン青木のハリウッドでの成功をみて、多くのひとが単にオリエンタルなアクターがまたひとりハリウッドの椅子を占めたというふうにしか感じていないものが、本書を読むと、日本のオタク文化から多大な影響をこうむったアメリカン・オタクのクリエイターを通じてこその、デヴォン青木のブレイクだったのだ、という背景がみえてくる。日本からの視点ではみえてこない、現代映画史を新たな視点で見つめなおすことが出来るさまざまな逸話に、ふーんと関心する。

具体例として何人か取り上げられている実在のアメリカン・オタクたちのキャラも強烈(第5章)。『エヴァンゲリオン』のまねをして親友の××××××××××××したネット中毒のオタクを筆頭に、この本に登場する幾人もの濃厚な素晴らしいキャラクターの肖像は、データや概念だけでは触覚しえないものです。

すでに読んでいた記事も多かったものの、楽しく、あっという間に読みおえました。唯一気になるのは、文体もネタの構成も町山智浩氏と酷似している記事が散見されること。。編集と翻訳の担当者とはいえ、あまりにも自分のテイストに染めすぎなんではないかと‥。

theme : 書籍紹介
genre : 本・雑誌

『映像のカリスマ』がまた‥

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こないだ本屋さんに寄ったら、映画監督・黒沢清の〈初の著作〉『映像のカリスマ 黒沢清映画史』が、10数年もたって『映像のカリスマ【増補改訂版】』として復刊していました。(フィルムアート社からではなく、エクスナレッジから。)

映画の本って、何かというと増補されて新版が出る。そりゃあ、品切れ絶版になりやすく、新たにふたたび世に出ることになったら、完璧ということのないジャンルのものだから、新版増補版が出るのももっともですが‥。山田宏一の主な著作(『友よ映画よ わがヌーヴェル・ヴァーグ誌』『映画的なあまりに映画的な 美女と犯罪』『トリュフォー ある映画的人生』‥)なんて、いったいどこのタイミングで買ったら決定版なのか、わからないのばっかりですよ!

しかも『映像のカリスマ』のばあい、新たに収録されたもののなかでウリが『アカルイミライ』や『大いなる幻影』などのシノプシスだったりして、90年代初頭に出たこの本に収録する必然性は何もないのに‥。
それでもボーナストラックが追加となれば、最終的には買わざるを得なくなる、追っかけのつらいところです。。

theme : 本に関すること
genre : 本・雑誌

PRIDEの夢

夢をみた。

大晦日、今年も〈PRIDE男祭り〉が開催されていた。なぜか何事もなかったかのようにフジテレビの地上波放送が行われている。オープニングセレモニーは、吉祥寺駅ビル・ロンロン一階の、広場みたいなスペースを〈新星堂吉祥寺店ホール〉と称して新星堂の従業員有志による室内管弦楽、というスケールの小さいものが中継されているのをテレビでみる。UFCで今秋実現のはずのチャック・リデル対ヴァンダレイ・シウバがなぜか男祭りでやってる。1Rは壮絶な殴り合いだがシウバ優勢のよう。なんか用事に立ち、戻ってくるともう別の試合に移っていて、勝敗が分からず、モヤモヤする。この大会、ミルコ・クロコップ対リッチ・フランクリンとか、狙いのみえない微妙なカードが多くてなにかがおかしい‥‥

‥そんな地味な夢をみたのは昨夜、録画したK-1MAXをみたからか。。宍戸大樹の敗北にもショックが大きかったのでしたが、なにより、選りすぐりの日本人選手たちが強豪外国人たちに次々に敗れていく光景が、PRIDE的だったからでしょうか。強いわけでもないのにコマがないから毎回ホイホイ出ては負ける、根性も練習もスタミナも足りない日本人選手がゾロゾロいたK-1ジャパンとはぜんぜん違う、厳しくヒリヒリした空気が張りつめる世界観が、きのうの大会には現出していたのでした。強い外国人を集めすぎて、最強を決めるのは外国人同士、日本人が輝けるのは日本人対決だけ、という道をK-1MAXも歩むのかな?

theme : 格闘技
genre : スポーツ

阿波踊りずき

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高円寺純情商店街にある電器屋にいくと、このまえ撮られたとおぼしき阿波踊りの映像が流されていた。電器屋のまえには地元民がいっぱい集まっていて、みんな、食い入るように映像に見入っていました。高円寺の人びとは、そんなにまで阿波踊りが好きなのでしょうか?

theme : 雑記
genre : 日記

『大停電の夜に』

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『大停電の夜に』

(2005年、日本、132分)

監督:源孝志
脚本:源孝志、相沢友子
音楽:菊池成孔
撮影:永田鉄男
録音:深田晃
出演:豊川悦司、田口トモロヲ、原田知世、吉川晃司、寺島しのぶ、井川遥、阿部力、本郷奏多、香椎由宇、田畑智子、淡島千景、宇津井健

クリスマス・イブ。雪がちらつくなか、東京を未曽有の大停電が襲う。心にそれぞれ鬱屈を秘めた人々が、偶然に交わりあい、いつしか過去、そして未来と向き合えるようになってゆく。。

ハートのない小説家・石田衣良のハートのない小説群のなかでも、ズバ抜けてハートの感じられない劣悪な小説の映画化、『アキハバラ@DEEP』が公開された。その監督をつとめる源孝志はもともとTV畑のひとで、『東京タワー』(04)『大停電の夜に』(05)と、〈ふつうのトレンディー・ドラマを映画館で上映する〉方式の、なんちゃって映画監督のひとり。仕事が途絶えない理由はその〈オシャレな空気感〉という、プロデューサー受けしそうな作風にあるのでしょうか。この『大停電の夜に』でも、門外漢が想像する“映画的”なムードで攻めた、テレビ的な手腕で勝負しています。

主要登場人物は12人。『ショート・カッツ』『パルプ・フィクション』方式に人間関係がモザイク状に薄く交錯する作劇。段取りと説明的カット、次に話される台詞が順次予測できるシナリオ。登場人物が多人数で観る側が混乱しそうに思われるが、ありきたりで何度となく観たようなエピソード群がさしたる工夫もなく加工されていて、皆おなじみの演技で連打されるため、混乱をきたすことなく既視感に安心して弛緩した気持ちで〈何となく〉観続けることになります。

この〈何となく〉というのがこの映画のキモで、〈大停電の夜、愛に灯がともる〉という漠然とした〈オシャレでステキでハートがあたたまる〉ような“イメージ”に、いかに映画の“イメージ”を近づけ重ねるかというのがこの映画の勝負どころになっています。具体的な画面の連鎖で命を紡ぐ〈映画〉というメディアの原理に反し、観客が望み、予想する範囲内のイメージにおさまれば満足が与えられ、外れればガッカリされる。じつに非・クリエイティブな使命を追った映画で、その意味で、これは監督/演出家の映画ではなくて、徹頭徹尾プロデューサー的な映画だと思います。

企画自体は、源監督じしんがジュンパ・ラハリという女流作家の短編『停電の夜に』のようなものをやりたい、という発端があり、また、NHKで撮ったドキュメンタリー番組(『N.Y.大停電の夜に』、2003年に起こったニューヨーク大停電の後日談をインタビューで構成したもの)を下敷きに、そのセンで小さな話をやりたいと希望したという経緯があった。そのモチーフにこだわりがあったのでしょう。しかし、興行にあたいする商品として作り上げられ、出来上がった結果は、〈クリスマス・イブ。停電。ロウソクの灯。過去。〉といったキーワードから連想されるような、無難でありがちな薄いものになってしまっていた。今さら知るオレの子ワタシの子、とか、願掛けと奇跡とか、あまりにもな展開しか待ってはいない。。

居心地悪いのは、『東京タワー』のように演出上の目立つミスがてんこ盛り、という映画であれば引っかかりもあるのに、無難に淡白に流れてゆくので印象がよわい。いわゆる括弧付きの〈美しい映像〉に過剰にロウソクが灯りまくり、雪が淡く降りまくる。オシャレな雑貨屋で照明器具でも選んでいるときに流れてくるラジオのDJの、キザで低声、無内容な喋りのような映画で、映像も音楽もおさえた演技も、すべて〈何となく〉〈オシャレでステキでハートがあたたまる〉〈イメージ〉という“商品”を補完することだけに奉仕する。

〈作品〉でなく〈商品〉。でなければ、タイアップで原田知世がAGFのブレンディを淹れて飲むなどという世界観ブチ壊しのシーンを挿入できるわけがない、とおもう。


theme : 日本映画
genre : 映画

『大好き!五つ子GOGO!!』

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『大好き!五つ子GOGO!!』

(TBS系、月~金、13時~13時30分
出演:森尾由美、新井康弘、柳澤貴彦、笹岡莉紗、山内秀一、永岡真実、鈴木藤丸、パトリック・ハーラン)

きのう、TBSの昼ドラ、『大好き!五つ子GOGO!!』が最終回をむかえました。

恋愛や将来の進路について悩み多き高校2年生の五つ子と、その両親の奮闘を描く、時代がとぶにあたって子供のキャストが一新されての、新シリーズ第2弾。実験作『我輩は主婦である』のあとをついでの今作は、安定している定番シリーズで、今までは、飛び飛びに何となくみてなくもなかった、という状態だったので、ちゃんとみるにあたり、TBS昼ドラマニアから時々いろいろとレクチャーを受けての鑑賞となりました。

思春期真っ盛りの子どもたちが、恋愛沙汰、アルバイト、悪友との付き合い、合コン‥と親の手の届かないところであれやこれやプチ騒動を巻き起こし、心配する桃子(森尾由美)に報告もなく皆自分たちの意志で決断を下しては、ママ/オフクロはウザい、頼みもしないのに心配するな!と子供たちにとっては不安のなかでの自立の、森尾由美にとっては子離れの苦しみと孤独の巻、というかんじの今シーズン。

子沢山モノにつきものの、各子供のエピソード配分が不均等かつ不自然だったりすることなく、自然に過不足なく各キャラクターに転機が訪れる。おなじみの登場人物全員に染み渡る、作り手や長年の視聴者の愛情が、誰をもないがしろにもしないしヤッツケなエピソードを与えもさせない。と性善説的に考えるのは、このドラマを象徴/代表する、誰にもイヤな感じを与えない森尾由美というひとの性善説的なあたたかさが『大好き!五つ子』の中心にあるからだとおもう。

序盤。いっしょに食事の挨拶をする習わしの桜井家だったのが、家族揃って挨拶どころか、揃って仲良く食べることも毎日ままならない。周囲からは子供の出来も夫婦の仲睦まじさも羨まれる桃子だが、悩みや熱中ごとにいっぱいいっぱいの子供たちは桃子を疎むばかりで、置いてきぼりの疎外感を感じている。

ミホ(笹岡莉紗)は年下のバスケ部の男子に熱をあげたあげく、友達(←すごいブス)にまんまと彼をもっていかれてしまい、彼女に逆ギレまでされてしまい険悪になったりしている。
サッカーバカで能天気な熱血漢・シンゴ(山内秀一)は、ストーカー的につきまとって練習をいつも見学している後輩の娘を疎ましがりながらも気になりだし、気づくとハマっていて振り回されるはめに。
医学部をめざす秀才のタクヤは、家の事情で行きたい夏期講習にもいけないうえ、周囲からはツマンナイ奴扱いされて茶髪野郎に変身!
意志が弱くて何事も完遂できないツヨシ(鈴木藤丸)は、悪友につられてバイク欲しいとガススタでバイトをはじめるも、その悪友の事情が変わるとバイトも辞めてしまい今度はやっぱ大学行きたい!!と言い出してヒンシュクをかったと思いきや、次はオヤジサーファーの生き方に感動してどうやら本気でサーフィンに熱中しだす。
ママの家事の手伝いを文句言わずに毎日しているノンちゃん(永岡真実)は、常日頃からアメリカ留学の夢を抱いていたが、ママの友達のニュースキャスター高木エイコさんの留学話や、遠距離恋愛中のロスにいる彼との関係の雲行きのあやしさから、どうしてもロスに留学したいという熱情が止まらなくなり、ママとも衝突してしまう。

相談されない、してくれない、訊いてもウザがられる桃子さんのまえに、良介さんの母親の再婚(未遂)や自身の母親の振り込め詐欺被害、良介さんの不倫疑惑(シロ)などの騒動まで降りかかる。

さまざまな騒動つづく展開ながら、たとえば井上真央らが卒業し新たなシリーズとなっている『新キッズ・ウォー』(ヒネコビた大人やハネッカエった子供がギスギスしあう話)なんかと比べて明るくホカホカしているのは、問題を起こす子供たちも親族たちも心根のまっすぐな良いひとばかりだからで、セチガライ世間の暮らしのなか、癒し効果もあった。反面、現実に即していないとか言う向きもありましょうが、現実に即することが主婦の娯楽として存在するものとして、いいとも言えないでしょう。

最終回、ようやく、みんなそろって桜井家のお決まりの食事の挨拶がバチッと決まる。アタマとラストでビシッとしめられて、思わずグッときた。

桃子さんが取り越し苦労なほどあれやこれや思い悩んでいる一方で、ダンナの良介さん(新井康弘)は相談されても「そうだなあ~」「きもちはわかるけどなあ~」「ママのゆうことももっともだしなあ~」と何の意見もなく、分が悪くなると「スマン」「スマン」とりあえず謝るだけで、何にも考えていない。奥さんが家でしっかりしているとダンナは甘えて考えるフリや反省するフリでやり過ごして、外の仕事で力を発揮する。そういうテキトーな善人のリアリティが、良介さんにはありました。


theme : ドラマ
genre : テレビ・ラジオ

ドラマ『サプリ』

『サプリ』

(フジ系、月曜日21時~
伊東美咲、亀梨和也、佐藤浩市、瑛太、りょう、白石美帆、志田未来、浅見れいな)

『サプリ』の視聴率、苦戦しているらしいとききます。フジの月9、伊東美咲と亀梨和也の組み合わせで視聴率がとれないのだから、どこかに計算違いがあったのでしょうか。しかし、よく考えたら、近年の月9は、木村拓哉のもの以外、だいたい苦戦しているのがお決まりになっている気もします。

かつて〈トレンディードラマ〉の代名詞であり、ドラマといえば何よりも月9、という時代は遙か昔。ドラマ→月9→話題、という画一的なドラマ観賞の文化は崩壊し、拡散し、集団でみるものから、好きなひとが出ているものはみる、面白いものを題材やキャストによらずみる、という個々人でみるものへと徐々に変わっていった、と感じます。じつに地味な題材・キャストの『結婚できない男』(傑作!)の視聴率が健闘しているというのは、面白くなければ月9であってもみない、面白ければそうでなくてもみる、という単に健常な状況になっただけとも言えると思います。

では、やはり、『サプリ』はつまらないのか?

そこがどうも微妙なところで、なんとも言えない面白さを有してなくもない、気がする、という茫漠とした淡い魅力が漂っている、と思います。

よく知らないけど、不評の最たる理由は伊東美咲の予想外なほどの魅力のなさではないのでしょうか。これまで女優としては非現実的な、ふわふわと浮き世離れしたようなとらえ所のない魅力と色香を発散してきた伊東美咲は、主体/客体の関係としていえば徹底して客体側、つまり(みる側から)主観的に〈みられる者〉としての魅力を認知されてきました。浮気かつ純真な娘(『タイガー&ドラゴン』)や、徹底して男性に都合のいい物分かりのいい女性像(『電車男』)といった、リアリティのないキャラクターを、伊東美咲に演じさせると、みる側からの何らかの照射される好都合な想い(こんな女性がいたらいいとか、こんな女性になりたいとか)を受け止めて肉体化するということが具現化する。
〈ウソ〉のリアリティを宿して、自身に常に〈幻想の余白〉を残す。のが、女優・伊東美咲の魅力維持の秘訣であったなら、少女漫画系列の原作をもち、〈主観的〉人物としてモノローグを多用するしかない『サプリ』の伊東美咲が輝かないのは自明の理で、たとえハギワラ(瑛太)やイシダユウヤ(亀梨和也)が、フジイさん(伊東美咲)に〈幻想の余白 〉をみて恋愛感情を抱くことになろうと、伊東美咲の感情の動きは逐一視聴者に開示/共有されるため、〈幻想〉を感じることができないまま、どこか魅力のない女としてフジイさんを見続けることになった。(その意味では、次回作『めぞん一刻』の響子さん役は、適材適所、いいキャスティングだと思います。)

さて、そのようにクスんだ伊東美咲にかわって、凄まじい可愛さを発揮しいるのがもうひとりの主役、亀梨和也。生まれる時代を間違えたらブサイク扱いされることも十分あり得る、微妙なアクのあるルックス、くせのあるロン毛。それが時代に出会った。せこせと思いやりをみせたかとおもうと、急に他人無視で勝手に突っ走ったりする落ち着きのなさに、じぶんのありもしない母性本能をくすぐられ、男性にたいしてそういう興味はないのに、それでも可愛いと思わされてしまう。番宣で伊東美咲と亀梨和也がダブルで出演した、とんねるずの食わず嫌い王でも、緊張する亀梨和也のオドオドしたかんじが伊東美咲を可愛さで圧倒して、トークも自然亀梨和也中心になっていったのでした。伊東美咲とキスをするシーンでも、潤んだ瞳の黒目部分が大きくなって、目を閉じ、こころもち顎を上向けて相手の唇を迎える。〈女性の〉かわいらしさを表現する〈女優〉だ。

さて、この、華やかな広告業界を舞台に、オフィス内での密やかな恋愛模様が繰り広げられるという題材。不倫、片思い、略奪愛、憧れ‥。どこをとっても典型的な、遅れてきたトレンディー・ドラマだと思われる。トレンディー・ドラマの再放送をみたことのあるひとなら分かるように、“旬”であることに求心したドラマは、後日みても観るに耐えないものに変貌していることがほとんどで、賞味期限がごく短いという特徴をもちます。(みなおしても、せいぜい、「(この頃はまだ)若~い!!」みたいな感想くらいしか感じなかったりする。)『サプリ』もその危険性は多分に備えているし、じっさい一話一話放映していくはしから劣化していってる気がしないでもない‥。しかし、それだけに終わらずに、『サプリ』を一風なにか新鮮なものに感じさせるのは、伊東美咲から幻想力を奪ったモノローグにあるのではないでしょうか。

全編に横溢している伊東美咲のモノローグは、通常のドラマのシナリオの文脈によったナレーション/モノローグではなく、少女漫画伝統のモノローグだ。ポエムとアフォリズムの中間のような、チカッチカッと点滅的な言葉群が、実写の人間たちの動きにあわせてかぶさってゆくと、そのなんともしれん、独特で硬質な手触りが、声という物質として爽やかな風をドラマに吹きこむ。同じく、涼しい点滅感をもつサントラの働きも手伝って、何かみるひとの気分を高揚させる。

脇の役者陣が、軒並みあまり魅力を発散しづらい役割を担い、やや窮屈にみえるなか、佐藤浩市の娘役の志田未来だけは、その魅力が活きるような設定や見せ場が丁重に与えられています。原作から大きくはずれることにより成立した、志田未来や亀梨和也の(フィットする役柄)と違って、他の俳優/主要人物たちは、書き割り的な人物像を無難にアテてゆくという薄い位置を担わされていたのでした。

theme : サプリ
genre : テレビ・ラジオ

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