『サバイブ』
(2006年、日本、86分)
◎第1エピソード『Hunger』
監督:元木隆史
主演:のはら歩
◎第2エピソード『潜伏 Hidden』
監督:本田隆一
主演:miko
〈フルモーションレーベル〉でお馴染みの、〈フルメディア〉から出たこの中編が2本立てでパッケージされている
『サバイブ』は、快作
『脱皮ワイフ』の監督・主演コンビ、傑作
『ピーカン夫婦』の監督・主演コンビによる2本の競作ということで、〈フルモーション〉からスピンオフした外伝的作品、という観点からいくと、やはりフルモーションを代表する堂々と誇れるものとして、『脱皮ワイフ』と『ピーカン夫婦』が認知されている証ともとれます。
しかし実際、元々の企画の出発点は、プロデューサー(
永森裕二?)が女優さんの〈イメージビデオ〉を撮りたいと言い出したことが始まりだったようです。ただふつうに作っても面白くないから、ドラマ性のあるものにしようとか、結果どんどん膨らんでいき現行のかたちになった模様。
メインの女優が一人でほぼ出ずっぱりで、なおかつ台詞が殆どない、という作劇は、企画初期の〈イメージビデオ〉の形式の名残でしょうか。
二人の監督、二人の女優によって競作された2つの中編から抽出される共通点は、どこまでが企画よりくる“縛り”なのか今一つ分からないところもありますが、大きくみて以下の通り。
〜簡圈一人の主演女優が出ずっぱりで、他に登場する女優はいない(もうひとり女性の役がある場合はそれも主演女優が演じる)。
⊆膠藹優にはなるべく喋らせない。
J語のストーリーラインは、〈極限状態に陥り追い込まれた女が、その状況を切り抜けるべく奮闘する〉というもの。
ど舛べき共通テーマは〈エロス〉。
ゼ膠藹優を魅力的に撮ることを第一の主眼とする。
‥ということで、じっさいの本編ですが、比較すると同じ大阪芸大出身ながら
本田隆一『潜伏 Hidden』のほうはいかにも大阪芸大的かつ本田隆一的で、カラーが存分に出ているぶん、競作の規制には居心地が悪そうで、どちらかというと饒舌な作風で引き算より足し算なところもある関西人的資質の本田監督には、殊に“女優になるべく喋らせない”という縛りはキツいようで、喋らせない不自然が所々表面化し空回りの気味がなくもない。
それに対し、画面/場面に流れる空気と間合いを大切に作り上げるのが作風だと思われる
元木隆史監督の
『Hunger』の場合、プロットを極限まで単純化し、物語で引き込み引っ張るのに力を注ぐのは最低限にとどめ、女優さん(のはら歩)のすべてを隅々までうつしとることに尽力しています。

肌寒い季節の森林に、白いコートにピンクのマフラー、黒いスカート姿の
のはら歩を、自殺する場所を求めてさまよわせる。(彼氏との関係が破綻し絶望したよう。)偶然迷い込んだ用具置き場のような小さな山小屋で自殺を試みた彼女は、ちょっとした手違いから右手首を縄の結び目に絡めとられてしまう。爪先立ちで立ったままの体勢で自由を奪われた彼女を、そして彼女の脱出への努力を、執拗に見つめ続けることになります。
清楚で透明感のある面立ちののはら歩が、苦悶したり濡れたりするさまをまじまじと観つづけることになるのは、成程企画当初にあったイメージビデオ的な狙いに限りなく近い成りゆきで、観る者は様々な光線のもと、のはら歩の肢体を堪能することになる。拘束されることとなるトラブルの直前にストーブで湯を沸かし始めたことから、のはら歩の肌にびっしりと玉の汗が浮かび上がり、コートの下に着ていた白いブラウスや髪の毛が濡れた肌に張りつく。刻一刻と過ぎてゆく時間の推移につれて、夕陽が、月明かりが、暗闇が、早朝の光線が、彼女の白い肌をさまざまな色合いに輝かせる。元木監督の演出は、とにかくのはら歩をじっくり舐めるように撮影し、女優さんの美しさをフィルムに少しでも多く刻印しようという、女優を撮るということの原初に立ち返ろうとしています。
脱出のために色々な道具を足の指で手繰り寄せ、使用しようとするさまを、動く足指をフェチ的にアップでひたすら追う。暑さと狂乱で、順序を経て一枚一枚身につけたものを脱いでゆく様子も、逐一ナメるように撮影される。
一般的なイメージビデオによくある、とってつけたようなシチュエーションに観るひとがしらけつづけて退屈してしまうことを回避するための様々な工夫がなされていて、例えば脱出のために延々苦闘し、ハアハアと荒く息をつくその息づかいが、布と肌とがこすれる音が性的に強調されていますが、唐突な見せ場(聴かせ場?)として浮かないようにという配慮からなのかは分かりませんが、冒頭から枯れ葉や小枝を踏みしめる音、梢を風がはしり、山鳥がさえずる、さまざまな音が静寂のなか響きわたり、不自然な突出を封じる。夜半に降り出す雨がトタンをたたく音やストーブ上のヤカンがシュンシュンたてる音とともに、いつしかすべての〈音〉そのものがエロティックな鼓動として『Hunger』全編を覆う。
また、物語るうえで必要だが見せ場ではない普通のシーン、例えば男に何度も電話をかけ続けそのたびに不通だというシーンを、角度や大きさをさまざまに変えたカットを丁寧に重ねていき退屈なものとしない作業を怠らず、段階を踏んでゆくいことによって、見せ場だけのとってつけた感じでなく必然的なドラマ性のなかでエロスを描く。西陽がさすなか、届かないところにあるケータイを引き寄せる道具とするためにブラジャーを使用し、そのために美しい乳房が露わになる展開だけはさすがに少し強引に感じましたが、のはら歩の魅力をみせるということに集中しつつ、イメージビデオ的退屈さと空虚な空転感に対して、単純な物語を語ることを疎かにしないことによって退屈ぎりぎりのところで空転させずにおくことに、健闘していると思います。

一方、『潜伏 Hidden』は志向がガラッと変わって、本田隆一が規制と中編という枠組みに自分の作風や物語をムリヤリ押し込んだ感じ。
ファーコートを身にまとったバブリーかつゴージャスないでたちのサキ(
miko)がホテルにはいってゆく。今夜はこの間の306号室で9時に、というトシカズのメールに導かれて、早めにやって来たmikoは、部屋に落ち着き、仕事が早めに終わったから先に来ている旨、彼にメールする。シャワーを浴びていると何者かが呼び鈴を鳴らす。バスローブを羽織り恐る恐る扉を開けてみるが、視界が悪い、訪問者は別の部屋にはいってゆくのがぼやけてみえる、コンタクトを落としたよう。廊下に転がっていたコンタクトを拾おうとして306号室の扉が閉じ、オートロックのためあられもない姿で締め出されてしまう。作戦を練るmiko、丁度305号室の部屋の人間が出てゆき、ドアが閉まる直前にすべり込む。まずはまともな格好をするべくその部屋にあったジャケットを羽織るとポケットから携帯が出てくる。みると先程自分がトシカズに送ったメールが表示され、しかも調べてみるとエリなる知らない女からの〈あの女と9時からならその前にあえるじゃん〉というメールがあり、それへの返事として、じゃあ7時半に305号室で、あの女からは金巻き上げてポイだから
、というふう。狂乱状態に陥ったあと、トシカズを慌てさせるさまを妄想し、ウトウトしてしまう。はねおきて、事態を打開せんとフロントに電話しているとトシカズとエリ(miko)が帰ってきた。あわてて隠れるサキ‥。
‥‥という、前半だけでもこれだけある物語は、短い時間で語りきるには慌ただしく、規制の結果一人二役で分裂することになったmikoの熱演も、物語と心理を語るのに忙しく、mikoのより多角的な魅力をみせることになったとは言い難い、と思う。押し黙った状態でいることにも何か無理があり、ついでに輝きまで押し鎮めてしまっていて、ほんとうはもっと魅力的なんだろうに、と思わせる。
ボタンの掛け違いからくる騒動を描くのに、主人公の台詞がないというのは苦しげで、どうしてもゲーム感覚で捉えられてしまい、生身の人間が生きている感が薄く、“芝居”にしか感じられないのは、第二の女を演じるmikoの金髪のヅラを本気にみれないのと同列。脇の男優陣のコミカルさに救われていますが、煩雑な物語はいかにもオムニバスの一編を観る鬱陶しさを与えます。
浮き世離れした透明感をもつのはら歩の裸体は、どれだけ濡れそぼり露わになってもどこか聖なるものを感じさせるのに対し、同じように形の整った美乳をもつmikoの肢体は現実的で、即物的な生々しさが匂いたち、いわば下世話なエロス度はのはら歩より上で、分かりやすい整った顔立ちとも相まって、ストレートな劣情へと直結させる。
万人にとっての美人というのとは少し違う種類の美しさをもつのはら歩は、それだけにそれを美しいと感じさせたときには強く、肌にはりつくような性的触感を刺激する。
夢幻的な透明感も伴っていた『脱皮ワイフ』の序盤のmikoですが、結局、お互いの好みの体位のせめぎ合いという、下世話な夫婦の権力闘争劇を演じることによって、最終的には現実的肉体に留まったのでした。本田隆一×mikoという組み合わせは、常に地に足がついた女性を生むようです。反対に、元木隆史×のはら歩による『ピーカン夫婦』の絡みを思い出してみると、性交したまま屋内から徐々に高度を上げつつ空のみえる屋上に至るさまが示されたり、ラスト、どこともしれぬ緑あふれる夢幻的な場所での性交が描かれていたりして、どこか地上のものでない、重力的な磁場から離れ、浮遊する感覚が似合うヒロイン像の創造が、ふたりのクリエイターとしての化学反応の結果なのか、『Hunger』で新たにみせる女性の姿も、常に重力に逆らう方向にロープをとばし、吊られることによって重力からの解放を希求しているようにもみえる。
逆のベクトルにmikoとのはら歩は配置され、それぞれの監督/女優の資質の差異を、体現している。短いぶん、エロスとしとも映画としても少し物足りないけれども、4人の表現者の資質がみえて興味深かった。
theme : 日本映画
genre : 映画