スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『映画芸術』424号

20080805232330
さて、たんなる一読者には事情は計り知れませんが、長年映芸を支えていた武田俊彦が1年半のあいだ務めていた編集長の座を前号で辞し、映芸編集部を去った。連載も軒並み終了で、どのような形でのリニューアルになるのか、そもそもちゃんと出るのか、気に病みながら日々を送っていましたが、どっちにしても遅れるもんだとばかり思っていた『映画芸術』424号が発売予定日にキチンと出た。

まず、表紙のというか持ったときの触感に違和があった。前号までの、コーティングはしてあるが何度もいじっていればすぐ劣化してくる性質の紙ではなくて、保護に優れたツヤ消しの紙。ハッキリ言って生理的に嫌いな触感だ。
印刷された出版物、紙媒体へのフェティッシュは、時間とともに劣化し磨耗する“紙”にこそ宿るとおもう。文庫本のカバーでいえば、新潮文庫やちくま文庫にあって集英社文庫に欠けているのが、紙媒体としてのその種の優位性。ゲームでいったら、ファミコンやスーファミ時代のすぐボロボロになる紙製の箱を想起すれば、その儚さと所有欲が密接に結びついていたことが容易に思い出せないでしょうか?PS2やらXboxやらのプラスチックで上手に保護梱包されたゲームは、比較すると単にデータの入った入れ物でしかないように感じられ、クリアしたら痛みもなく売りに出せる、交換可能なものであって、ダウンロード式のゲームとの差異がどんどん縮まっているという実感がある。レコードとCD(そしてコピー、ダウンロードへ)の関係にしろ、磨耗するソフトウェアとしての、物質的な余剰が、所有欲を誘発するフェティッシュ的価値であると思えます。少なくとも、そういう一面も否定し難くあるのは否めないでしょう。
最近、紙媒体じしんによる、ネットではなく紙媒体として存在するということの優位性を探るというような特集をチラホラ見かけますし、先走って言うと今号の『映画芸術』でもその類の特集がありますが、正直クダラナイ意見ばかりでウンザリする。物質であることや、商品として流通・消費のシステムにのるには快楽原則に則ることといった根本的な前提が抜け落ちているからこの種の特集は読むに耐えないんだとおもう。そういうくらいの認識だから、この紙質のデザインでゴーサインが出るのでしょう。

で、肝心の内容物はというと、ざっと見たところの印象は、洗練度も熱量も低いサブカル風味のミニコミ誌。前号のことを以前、〈相対的に良質な映画雑誌、というだけ〉とクサしましたが、今号については残念ながら、“相対的に良質な”という修飾すらはずさなければならないと感じられます。

巻頭の〈ボーダレス・クリティック/境界線なき発言者たち/わたしたちは自由に「映画」を観ることができているのか?〉という大仰なタイトルの特集がまず、圧倒的にクダラナイ。〈「場」がないならば、自分で作る!インディペンデント映画誌座談会〉という『Spotted701』の直井卓俊、『DVU』の中山洋孝、『TRASH-UP!!』の屑山屑男、『映画時代』の膳場岳人による座談会。それと〈誰にだって言いたい衝動がある。/インターネット映画評ブログ発信者対談〉と題された、モルモット吉田&古谷利裕への、対談とは名ばかりのインタビュー記事。どちらも退屈な発言ばかりで死ぬほど低調なのは、ここでは司会者というかインタビュアーにビジョンがないせいだと言うことにしておきます。
〈いまある映画雑誌や映画批評に対する反発はありますか?〉とか〈今後映画と雑誌、もしくは映画と私たちはどのような関係を結んでいくべきだと思いますか?〉とか〈紙媒体とブログ、現在の批評の本質に近いものはどちらといえるのか、考えを巡らせますか?〉とかいった質問群は、これから新たな『映画芸術』を構築していかなければならない新編集部/新編集長にとってのとりあえずの興味で発されているに過ぎない感があって、まず自分たちがこの雑誌をどうしていったらいいか右往左往している故の質問を、独自のメディアを構築しているように映る先達に対してぶつけることによって教えを乞うている。そのように見えるし、そうしてまたその“先達”たちも、後輩に手を差し伸べるようにして応えているからか全般低調な発言に終始していると感じられます。結局のところ、この巻頭特集はメディア論を装った“雑誌の作り方教室~教えて!センパイ”に過ぎない内輪を向いた特集であって、〈映画・芸術〉という文化圏への、またその文化圏を越えた領域へと言説を組織してゆく野心など望むべくもない域にとどまっているとおもう。
そのミニコミ感こそ、〈好きなもの擁護〉でしかないタコツボ化に通じる閉じた回路への無自覚な道程のしるしに感じられる。ある立場を選択し、モノを言う、そこに同種類の感性の人間が集まり小メディアを形成する、といった凡庸な状況に、聞き手はどうやら危機的ものを感じていないらしい。ゲストのなかには幾分でも雑誌というメディアのアドバンテージとして「誤配」性を念頭に置いているひともいなくはないようなのに、そこは見事に掬えていないのでした。
(本特集の主なパーツのひとつである〈作品を語る言葉に望むこと。/監督・脚本家16人の回答〉という企画では上記と同じような“メディア論を装った教えて!センパイ”が試みられていますが(アンケート①現在の映画批評が担っている役割とは?②作品づくりにおいて、過去に影響を受けた評論家や評論はあるか。③現在注目している、または信頼している書き手及び論じ手はいるか。④今後、作品と評論及び批評はどのような関係を結んでいくべきか。)、誘導や検閲がないぶん、各自固有の言葉が編集部の狙いとは無縁の方向に伸びて、興味深い文章も散見されます。個人的ベストは沖島勲氏の回答。)

さて、特集ではない個々の記事は監督インタビュー、新作映画評、ブックレビュー等といった変わり映えしない誌面構成。個人的にいうと荒井映芸の書き手としては福間健二、谷岡雅樹、高橋洋あたりの書き手が好みで、その不在が物足りなくもありますが、柄本かのこの健在は嬉しくもあり、中原昌也の算入が希望でもある。

新体制ならでは、と思うのは足立正生による新藤兼人インタビュー、というメチャクチャな組み合わせ。フツーのセンスじゃないなと不意をつかれたし、対談自体もなかなか面白い。あとは白井佳夫ロングインタビュー(〈新企画『映画人、かく語りき』〉)なんて飛びっきりダセエ企画にもビビった。ところでこの『映画人、かく語りき』の題字部分を担当したデザイナー氏、これが映画のフィルムのつもりならクビではないでしょうか。マルタクロス知らないのかしら?

相変わらず寺脇研との対談に〈大人しく囲い込まれて〉いるウルサいオジサンであるところの荒井晴彦は、この20代の女性編集長に統御されている誌面をどう感じているのだろうか?映芸といえば、最大のウリは荒井晴彦の編集後記、と相場がきまっていますが今回はなんと無し。大嶋新編集長によると〈発行人の後記は次回から連載記事として、文字量も密度もボリュームアップしますので。今回からの開始予定でしたが、だって「暗くなるから書きたくない」っていうんだもん。いつだって暗いくせに。〉だそう。というかスタッフと荒井氏はどんな力関係なんだろうか?過去の積み重ねた人生の歴史に精神の柔軟を失った初老の男の誇りある城を、常識もよく分からんような男女が我が物顔で占拠する様の奇妙な関係性は、なんだかヴィスコンティの『家族の肖像』を思わせます。

スポンサーサイト

theme : 雑誌(既刊~新創刊)
genre : 本・雑誌

月刊『創』7月号【 映画界の徹底研究--日本映画の活況は本物か】

少々古い話題ですが、たびたび映画についての特集のある『創(The Tsukuru)』の7月号の特集は、〈映画界の徹底研究〉でした。作品論や作家論ではなく、日本映画界の興行や製作の現状についての分析がメイン。でも監督の普通のインタビューとかも中途半端にある。結果、かんじとしては日経エンタメといけないインビテーションじゃなくてInvitationを足して割り、商業誌的洗練を排して代わりに機関誌的センスを移植した感じの印象に。
表面上好調で活況を呈しているかのようにみえる日本の映画界をめぐる現状だが、はたしてそれが“本物の活況”なのかどうか、という特集。ここでは主に、シネコンの隆盛による環境の変化、製作委員会やテレビ局主導映画の席巻の是非がその中心的議題としてとりあげられています。

大店法(大規模小売店舗法)改正の翌年にあたる1993年にシネコン〈ワーナー・マイカル・シネマズ海老名〉が開業する。以来、主として外資系のシネコンが、全国各地に出店されてゆきます。
そしてその後、廃止された大店法に代わって施行された大店立地法(大規模小売店舗立地法)、土地の利用規制を緩和・促進した都市計画法、中心市街地の空洞化を食い止め、活性化活動を支援する中心市街地活性化法(→「まちづくり三法」)により、00年以降、〈郊外に(略)大規模ショッピングセンターが誕生し、シネコンはそこに併設されるかたちでさらに増加していった。〉しかし郊外の開発化に成功する反面、中心市街地の活性化に失敗し空洞化現象を引き起こす。そこでこれらを修正すべく施行された07年の改正「まちづくり三法」により、〈郊外への大型小売店の出店が再度規制され〉、〈郊外のシネコンの増加は、09年~10年あたりで収まることが予想される〉。また、入場者数は横ばいなのにシネコンやスクリーン数が増え続けた結果過当競争となり、閉館するシネコンも出始めた。PSA(パー・スクリーン・アベレージ、1スクリーンあたりの興行収入)は年々下がり続け、07年には約6161万円にまで下がってしまう。
そうした流れの中、増加の停滞した郊外型シネコンにかわって、六本木や新宿などの新たな都心型シネコンの出店が注目を集め、シネコンをめぐる状況自体、環境そのものが変わりつつある。

このような変転を経て形成されたシネコンによる映画業界の席巻は、現在スクリーン数でシェア全体の76%を占めるというかたちで如実にあらわれ、〈もはや映画界におけるシネコンの位置はゆるぎないと言えそうだ。俗に「日本映画の活況」ともいわれる状況を牽引しているのも、明らかにシネコン型映画館での映画興行である。興収10億円を超える日本映画はアニメやファミリー向けあるいは恋愛映画で、それらはシネコンでの集客によって支えられている。〉と論じられる。

その状況に対して各映画会社やプロデューサーやクリエーターたちがどのように対応対処してゆくのか、というのが各論となっています。
たとえば松竹は、これまでの映画配給部を営業部と宣伝部に分け、きめの細かい対応がとれるシネコン時代に合わせた組織編成/機構改革を行う。〈「シネコンは、公開一週目の動員が悪い作品はすぐに上映回数を減らします。いまは2週目になると、興収が一週目の7割以下になる作品が多いですよね。(略)営業は単にブッキングするだけでなく、公開2週目以降も期間や回数などゆ細かく交渉していく必要があります。(略)」〉(松竹映像本部編成部長秋元一孝)

これまでの直営館チェーン時代はとうに終わり、シネコン時代が訪れると、初速が悪ければシネコンで即切られてしまう。昔のように初動は思わしくなくてもジワジワと尻上がりでヒットする、という形式のヒットが有り得なくなってしまった現在に各社各クリエーターは知恵を絞り、状況に対応し乗りきろうとする。
〈いまは『ピンポン』のように、順次拡大してロングランというのは、かなり難しい。初動が悪ければ、すぐに上映回数を減らされますから。インディーズはメジャーと違って新しい価値を提出しないと生き残れないんですが、(略)いまのマーケットが求めているのは、最初から100万人が観るような映画です(略)この状況に対応するには、戦略を根本的に変えていかないといけない(略)中規模、小規模の作品だけでなく、テレビ局と組んだ大ヒットを狙う作品も製作していきます。そうした生き残り策を講じておかないと、次の新しい展開につなげられないんです」〉(アスミック・エース・チーフプロデューサー小川真司)

こうして、大向こうを狙うような作品を提供しなければならなくなった映画業界が流れたリスクヘッジの方法論が、製作委員会方式であったりテレビ局主導の映画製作であったりもするということになる。最大公約数的な分かり易いヒット要因をもつ映画を製作しなければならないという条件が、製作委員会方式の選択やテレビ局の映画製作というかたちになってあらわれる。

複数のメディア企業が出資し、製作費をシェアする製作委員会方式は、近年ほぼ定着しており、この方式は〈テレビ局を中心に、出版や新聞社、広告代理店、芸能プロダクションなど、出資各社による多メディア露出によってヒットを導いてきた。また、予算はもちろんのこと、監督や脚本、キャストなどを出資各社がそれぞれ吟味・判断(略)それまでの映画界ではおざなりにされていた部分に対し、有効なチェック機能となった〉というプラス要因もある。〈しかし、一方では合議制ゆえの欠点もある。各出資者の合意を取り付けるために、斬新な企画が通りにくくなる。〉

そうして、こういった現状が、巷で作り手側からよく言われる、原作モノでなければ企画が通らない、冒険的なキャスティングが出来ないなどのボヤキの発症のもとともなっていています。
そして、そのようにして製作され消費されてゆく映画が、果たして豊かで面白いのか?というのが、必ずしもシネコン的でない種類の映画ファンの心配ではありましょう。シネコン的興行のありかたが日本映画の利益と数量を支えたとしても、そこで産み出されるものがしょーもないものでしかないのだとすれば、そんな産業は滅びても一向に構わないと思う。

この特集では特に触れられていませんが、ネットの普及や録画再生方式の変換等様々な要因による、テレビCM枠の広告的な価値の下落によって広告収入が激減し経営が左前になってきていると伝えられるテレビ局にとって、放送外収入源としての映画事業がかつてなく更に重要なものとしてクローズアップされてきたことを考えると、〈「邦画全体を盛り上げよう」という共闘意識が高まってきた(略)テレビ局から「邦画市場を盛り上げよう」という責任感・義務感が生じてくるのは当たり前のことだろう。(略)邦画のアイデンティティを確立するのはテレビ局であろうし、それはそのまま日本人のアイデンティティにも直結するはずだ。その国の文化と国民性を切り離すことは絶対に不可能だからだ。〉という「いまや最大の映画製作会社テレビ局に課せられた責務」という記事のまとめ部分はあんまりにも脳天気で安易なんじゃないかとおもう。最大のメディア露出を担うというテレビ局のアドバンテージをアテにして〈視聴率=認知率と考えれば、連続ドラマを映画化した方が宣伝効率もいい〉という考えかたのもとで量産される、必然性もないテレビドラマの映画化やメディアミックス商法の、どこが〈観客は自国の映画に誇りを持って〉いたかつての〈邦画のアイデンティティ〉の再確立という話と繋がるのでしょうか。
エイベックスが音楽事業に行き詰まり、映画事業に活路を見出そうとしているのと同じ構造がテレビ局の映画事業にも見られるのであって、結局、〈日本映画の活況〉として伝えられる、ここ近年の日本の映画業界をめぐる好況は、流動する日本の経済的環境や政治的(法的)状況がたまたまもたらしたに過ぎず、“映画外”の要因によってもたらされたにわか景気だということが浮き彫りになります。
先鋭的なセンスをもつとされる山本又一朗が『僕の彼女はサイボーグ』の綾瀬はるか&小出恵介、『クローズZERO』の小栗旬の起用を〈いつも僕らは先物買いしてるんですよ〉と誇らしげに語り、御大角川春樹が『男たちの大和』時の松山ケンイチ&蒼井優、『神様のパズル』の市原隼人&谷村美月の起用を〈新鮮すぎ〉と自慢する程度の、なんともノンビリした“先見性”が業界の最前線であるのなら、やはり好況は映画業界内には要因はなく、単に映画外の状況が今たまたま良い巡り合わせになっているだけだと悲観的に思わずにはいられない。状況が次なる展開を示せば、たちまちまた邦画は暗黒時代を迎えても一向におかしくないと感じられます。有能なプロデューサーには違いない久保田修氏のインタビューでの発言にしても、この状況を“映画として”勝ち抜く決定的な方法論は示せていない。
是枝裕和は言う。
〈(邦画は)本当に活況を呈しているんでしょうか。僕はテレビをやってきた人間だから余計思うんですけど、今の状況は、映画にとってもテレビにとっても不幸なことだと思うんですよ。(略)テレビで連ドラが当たって、そのテレビ局が大宣伝して劇場でかけたものにお客が来るということの繰り返しをしているわけでしょ。そのテレビと映画との癒着の仕方というのは、やはり健康的ではないですよね。電波を持っている局自体が、(略)もう少し“公共”的なものであるという意識を持って、その役割を考えなければいけないと思います。単純な私企業ではないわなけですから。今の状態は完全に一私企業が自分の商品を売るために電波を使っている状態ですよね。そのテレビのありように関しては非常に問題が大きいなと思っています。
ただそのテレビの力を借りないと、映画が成り立たなくなっている。とくにメジャー(作品)はね。代理店と放送局を入れないと成立していないでしょ。シネカノンの『フラガール』なんかは、そうでない成功例ではあります。興行的にも作品のクオリティ的にもそういう成功例が10本も20本も出てきているのであれば、活況を呈していると思いますけれど、そういうものが出にくい状況になっている。そのことを監督の立場からは活況とは呼びたくないですよね。〉

自分の感じる感覚で言うと、映画を観ることが“経験”ではなく単なる“消費”となっている、それが郊外型シネコン文化のもたらしたものなんじゃないかと。家の近所で比較的安価なレジャーとして消費される“映画”は、人生を変えたりする力をもつ“経験”であることを望まれていない。
シネコンの隆盛と時を同じくして外国映画のシェアが減少していったのは、見知った俳優やキャラクターが演じる安心して観ることの出来る勝手知ったる世界や文化圏での映像を怠惰に“消費”したいという、新たな観客層のニーズに邦画が比較的親和性を持っていたからにすぎないのだろうとおもう。この新たな観客層は、聞き慣れない言語、見知らぬ世界の未知の出来事を、過剰な説明ぬきで観賞したいと欲するようなレベルの民度には到底たっしていない。それこそ気楽にテレビを観るようにして、かすかにテレビに〈イベントという付加価値〉を追加した娯楽として消費しているのでしょう。この“活況”は、日本映画業界の活況ではなくて、“テレビを観る”という行為の一変種、一形態としての活況であるのだと思います。

(その他)
特集とはあんまりというかぜんぜん関係ありませんが、一番印象に残ったのは廣木隆一監督(『きみの友だち』)の以下の発言。〈小学生の頃、母が地元の東宝系の劇場で働いていたので、放課後そこに寄って随分たくさん映画を観ました。本当に三橋達也から加山雄三、黒沢年男とか何でも観ています。だから、僕の映画、東宝っぽいでしょう(笑)〉
冗談めかしての発言ですが、なんかなるほど~と思いました。あと、『実録・連合赤軍事件』が文化庁から助成金をもらえなかったことについて若松孝二が〈何で「連合赤軍」がダメで「靖国」がいいんだよって言いたいですよ(笑)〉と言っているのが、健康的でおかしかったですね。

theme : 雑誌(既刊~新創刊)
genre : 本・雑誌

『映画芸術』423号ほか

さて最新の『映画芸術』423号(2008年春号)。
編集長が武田俊彦にチェンジして、荒井晴彦カラーが徐々に薄れてきた『映画芸術』の行く末を危惧している‥というのがこれまでの映芸ばなしの流れでしたが、今号になるともはや荒井カラーが薄い薄くないのレベルではなく、まったくの別物‥。荒井晴彦の人格は“ネチネチ芸”もしくは“ボヤキ芸”として寺脇研との対談コーナー&編集後記に大人しく囲い込まれて、誌面全体の統御には何ら関与しない。
で、一読、ほぼ何も感じない。比較的クオリティの高い文章が集まった『キネ旬』、というか相対的に良質な映画雑誌、というだけ。切っても血が流れていない。そんな雑誌。これならまだ『シナリオ』のほうが切ったら血が出ると感じられます。

だいたいこの、大判の頃の『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』みたいな表紙は何なんだろう。べつにいいけど。西島秀俊が表紙なのはともかく、この目ぢからのない写真は果たして西島ファンに喜ばれるものなんだろうか?下世話だけど、売ろうとしたら旬な話題の『靖国 YASUKUNI』あたりの題名を表紙に主要記事としてアピールすべきなんじゃないか?と色々心配。
予告編があまりに寒くて、本編観ずにクサした(そして、今後も観る気のしない)『パーク アンド ラブホテル』の熊坂出監督インタビュー。村上春樹好きとのことで、ナルホドね、というか、さもありなん、とおもう。

ところで、今号で『2000年にアングラ芝居をさがして』『目と耳のモンタージュ』『バニシング・ピンク』『ピンボケとパンフォーカス』『映画館通信』『独立単館戦線』といったお馴染みの連載群が軒並み終了とのこと。‥もしかして休刊?と編集後記をみると、〈今号をもちまして、ウェブサイト、マンスリーも含め「映画芸術」の活動から身を引くこととなりました。(略)次号より本誌の活動を支えてくれる新スタッフの頑張りに、どうぞご期待ください。そして、いままで同様のご支援をいただけましたならありがたく存じます (T)〉とありました。Tは武田俊彦でしょうから、ゴッソリ連載も終わったうえに編集長もかわるということで、相当なリニューアルになる模様。いい方に転べばいいけど‥って、「いい方」ってなんだろう‥。

『論座』前号の特集は〈ゼロ年代の言論〉。“ゼロ年代”という単語をつかうと部数がのびるのでしょうか、最近特集としてよくみかける気がする。しかしこの特集の内容はようするに「紙媒体かネットか」みたいな非常に卑近な話で、ゼロ年代と風呂敷広げてソレか‥とバカバカしくなった。(ミニコミ誌を相次いで創刊する新鋭(?)気鋭(?)の論客が、ノー天気に紙媒体の可能性を語るのと対照的に、業界の古老が語る現状分析のほうが聡明で冴えているというのは、皮肉な話‥)

映芸や『論座』だけの話ではなくて、最近、なにを読んでも心に響かない、何も感じない。ウンともスンとも思わない。病んでるんだろうか‥。『真夜中』、『monkey business』等々、新しいコンセプトの新雑誌が続々登場しているのに、読んだら読んだでいちおう、〈興味深い〉と括弧付きでおもう、そして〈‥んだろうなあ〉と他人事な言葉が続く。ようするにどうでもいいとしか感じられない。ゼロ年代的な論壇誌(?)を目指して創刊されたのかも知れない『m9』も、何も考えていないし何も提示していないし、何も感じさせない。ある立場を選択し、モノを言う、それに対して同じ感覚の仲間(読者)が集まる。それが戦略として有効だった主義の時代が終わって趣味の時代となり、言葉が外部に届かなくなった。ミニコミ誌的戦略のもつ力は、明らかに弱まって感じられます。

10年なり20年スパンで読んでいた『本の雑誌』や『映画秘宝』の購読をヤメたとき、しばらくは何だかんだ言いつつ気になっていたのでしたが、最近は気にもならなくなってきた。同じ感性の仲間にむけて、身内の言葉でコミュニケーションを楽しくとっていればそれはそれでいいんでしょう、という傍観する気分。(『本屋大賞』の今年の結果をみて、『本の雑誌』的な“知的スタンス”はとうとう形骸化して“知”が抜け落ち、怠惰な消費者の裾野がだらしなく広がっただけに終わったんだと思った。椎名誠らが「敢えて」近視眼的に言論を組織してきた〈戦略〉の果てには、近視眼的消費のみが残った。)

ミニコミのかたがたが、ペイしてるかしてないかという程度の少ない部数でも、そのパッケージで言葉を発信することに素朴に意義を感じている一方で、『映画芸術』『シナリオ』界隈の空気には(こんな小さなメディアで何を言ったって、何も変わらないし何も届かないよ)という絶望的な気分が漂う。その気分のほうが(『論座』に登場したミニコミの方々の認識より)リアルだと感じる。 届けるべきところに届かないで、同じ感性の内輪のみに届いて平和に循環しているのが現状。ってなんか暗い話になってしまいました。ただ、たとえば論壇誌の言論は内輪の共同体から外へ波及することが全く無いのに対して、映画は、音楽のように、世界言語になりうるもので、ささやかなところから信じられない程の〈外〉へと波及し、痕跡を残す可能性をいつでももつもの。その属性としての希望が、絶望的な気分にあるはずのある種の映画雑誌にも、どこか乾いた明るさを齎していると感じます。
『映画館通信』最終回、ラピュタ阿佐ヶ谷支配人・石井紫氏の文章は以下のように終わっています。〈物語もクライマックスに差しかかったその時、スクリーンの光を受けて、客席の様子がパッと眼に飛び込んできました。食い入るように画面をみつめる皆様の表情……。なんという、光景。なんという、奇跡。このイメージを糧にして、私は明日も明後日も、チャリンコを駆って、ここへ来ることが出来るのです。そして、こんな日々が長く続くことを、願って。〉


関連記事:『映画芸術』422号 2007年日本映画ベストテン&ワーストテン

theme : 雑誌
genre : 本・雑誌

『映画芸術』419号

20070509102052

『映画芸術』419号

○今号も無事に出た映芸。なんだか、編集長・荒井晴彦氏が更に弱っている。対談形式記事に幾つも顔を出しているものの、誌面全体を(編集長の人格が)統御出来ていないかんじで、特集〈映画と演劇の微妙な関係〉をはじめ、ふつうにサブカルテイストな記事が幅をきかす。名物の編集後記も、老いと病気の憂鬱が支配しています‥。こんなに映芸の荒井晴彦カラーが薄れているのは、96年暮れから97年にかけての時期以来か。あの時は初監督作品『身も心も』制作撮影という大イベントがあったけど‥。
それでも、細野辰興『シャブ極道』)が責任編集とはいえ、森安建雄追悼なんてドマイナーな特集があったりして相変わらずの映芸だな~と思わせる(小栗旬武藤敬司による追悼文が載ってたりするから、ライト層にも読み逃せません)。


寺脇研が最近元気だ。
417号の〈日本映画批判集中討議〉では、『嫌われ松子の一生』批判をする荒井晴彦をなんと〈そこまで言うなら譲ろうか〉と妥協させ、418号では西部邁、今号では宮台真司といった、如何にも面倒クサソーなのを向こうにまわして堂々の対談。一時期はその書くものと現在的映画状況とのズレが、寺脇氏も過去形の批評家だと感じさせ、官僚の仕事は多忙を極めていったうえに韓流ファンと化し、映画論壇(?)から消えゆくかと勝手に思っていたのですが、最近の充実ぶりは尋常じゃない。日本映画しか観なかった彼が、他国の映画を観るようになったり韓国の人々との交流を経て、日本映画を相対的にみることが出来るようになった。『キネマ旬報』連載の星取り表でも話題沸騰、人は老いてもポンとジャンプするように成長するんだなあと感慨深いかんじ。あんなに毛嫌いしていたアニメーションにも理解を示す日がくるとは‥。
キネ旬の星取り表では、相変わらず星1つを連発、おそらくは心ある映画ファンの顰蹙を買っていると思われます。
最新号の5月下旬号では
『ロッキー・ザ・ファイナル』
『ハンニバル・ライジング』
『ゲゲゲの鬼太郎』
『バベル』
と例によってオール★1つ。5月上旬号でも
『オール・ザ・キングスメン』
『ブラッド・ダイヤモンド』
『サンシャイン2057』
『東京タワー』
とオール星★1つのうえ、書き出しはすべて「ウェルメイドな~」で始まる戦略的な短評。かつての『シティロード』誌での安井豊の星取り表を想起させなくもないけれど、寺脇氏のものにはもう少し真面目な考えがある。『映画芸術』419号の宮台真司との対談では、あの点数の付け方について語っているので要注目です。
寺脇氏と同ページで星取り表をやっている渡辺祥子、内海陽子、北小路隆志の三人が揃って『ドリームガールズ』に★★★をつけているのに対し、寺脇研は★。逆に『蒼き狼』にお三方が★のみ進呈し、寺脇氏が★★★。という対比に、ある種の批評がある。アカデミー賞がらみの映画に無難に高得点をつけて、角川春樹がらみの大作『蒼き狼』に星★1つつけるなんて、観てないシロートだって出来るっつーの。作家や作品に愚直に対面するだけの有象無象の評論家たち、批評の不在も戦略の不在も甚だしいということが浮き彫りになる。


○最近『映画芸術』にコミットしてきた、宮台真司。スノッブな成功者は荒井映芸には馴染まない気がして、個人的には何だか迷惑だ‥。関わった記事は相変わらず面白いので参りますが‥。


○映芸の本格的なホームページが、ついに5月1日開設。のぞいてみましたがまだ『机のなかみ』吉田恵輔監督)と『14歳』廣末哲万監督、高橋泉脚本)についてのインタビュー記事があるだけで、まだまだこれからといった感じですが、活気あるものになっていってくれたら、と映芸ファンとしては切に願います。
〈映画芸術DIARY〉
ホームページアドレス
http://eigageijutsu.com/


○自分の〈2006年日本映画ベストテン〉(→コチラ)で4位に挙げた『愛妻日記』シリーズですが、せっかくDVDリリースされたのに、レンタル店のアダルトコーナーに陳列されていることに自分は不可解な感情をもったし、そう感じた映画ファンも多かったのじゃないでしょうか。
関谷善彦のコラム〈独立単館戦線〉でその理由がわかってナルホドと思う。アダルトコーナーに入る人は〈アダルトビデオを物色しているのだから、(略)そんな環境の中に『愛妻日記』を並べたとて、映画を楽しみたい人の手に取られる事はありえない。また逆にアダルトビデオですっきりしたい向きには『愛妻日記』は物足りない〉という不幸な環境下に『愛妻日記』シリーズは置かれているのですが、このコラムでは最大手のTSUTAYA側の対応の問題(ジャンルコードの問題、PPT方式の問題)によって、優れた映画が潜在的観客との遭遇を阻まれている様を示し、恋愛映画としての『愛妻日記』シリーズを開かれた場へと主張しています(詳しくは本誌記事)。
このPPT方式(NOT買取)ではレンタルされないと、販売元の売り上げにならないので、一人でも多くの方にレンタルの機会があるよう、理解ある店側の対応が臨まれます。こういうつまらない阻害によって、『愛妻日記』のような優れた企画の後続が絶たれたら日本映画にとって大きな損失だと思う。
(ちなみに、うちの最寄や近隣のTSUTAYAでは、例によってアダルトコーナーに『愛妻日記』シリーズが追いやられていますが、《新宿TSUTAYAかぼす会》として映芸にコミットしているTSUTAYA新宿ベルプラザ店(鈴屋店)のスタッフは、ちゃんと一般コーナーに『愛妻日記』シリーズを置いています。ジャンルコードがどうあれ、優秀なスタッフがいる店はチャントやるもんだと思う。)

○5月から開催される〈映芸マンスリー〉なる上映会の企画の第1弾の5月14日の上映に、その『愛妻日記』シリーズ最高作『ホワイトルーム』が登場しますが、同じく2006年マイベストテン2位の『まだ楽園』黒沢清樋口泰人ら絶賛)が7月9日に登場!なかなか観るチャンスないので、興味あるかたは定員45名だそうなので、予約しといたほうがいいと思います。会場は、映芸でもおなじみの桃井章氏がオーナーをつとめるシアター&カンパニーCOREDO(千代田線乃木坂駅下車)だそうです。

theme : 邦画
genre : 映画

『PLAYBOY』日本版4月号

20070331003345

『PLAYBOY』[日本版]4月号

もうつぎの5月号が書店にならんでいるころに、今更4月号のこと。アメリカンな、いわゆるプレイメイト的な女性像にはあまり興味がなくて、『月刊プレイボーイ』という雑誌を手にとる機会もまずなかったのですが、特集が40頁にも及ぶ〈アメリカン・アイドルの秘密〉ということで購入。
海外ドラマをみたり映画をみたりしていても、たとえばヒラリー・ダフなりアシュレー・ティスデイルなりアマンダ・バインズなりが、本国の芸能界でどのような位置にいてどう遇され、どのようなかたちでファンに愛されたりしているのか、全然ピンとこないというか上手くイメージ出来ない感じがあります。断片的な言葉で“大ブレイク”とか“ティーンに人気を博し”とか読んでも、何歳くらいの男/女がどうそのスターたちを受容しているのか、カッコ付きで想像するしかない状態がもどかしく、モノを言うにも言いづらい感じ。そういうことへの、想像の手引きとなるこういうテクストの存在はありがたいと思います。

次世代のアイドルを発掘する公開オーディション番組、『アメリカン・アイドル』は常に全米視聴率No.1を誇り、視聴者からの投票数は決勝戦で6300万票に達するという。映画方面でいえばアカデミー女優ジェニファー・ハドソンまで生み出したこの番組を紹介する記事〈アメリカン・アイドルを知っているか?〉を筆頭に、〈同じアイドルの世界でもこんなに違う!日米アイドル文化比較〉、アメリカという国でアイドルが世に出て育つための厳然たるシステムを紹介する〈アイドルになるための条件〉、〈誕生から知るアメリカン・アイドルの移り変わり〉、〈知っておきたい旬のアイドル25人〉のグラビアとプロフィール、〈『ディズニー・チャンネル』『MTV』で最新情報をチェック!アイドルとTVの蜜月な関係〉などの他、ファッション、ゴシップ、名作(DVD、CD)選、といったラインナップ。執筆陣にはもちろん長谷川町蔵、山崎まどか『ハイスクールU.S.A』コンビが名を連ね、それぞれ複数の記事を担当しています。全体、格別に新奇なものはないが、分かりやすく概要がまとまってるかんじ。

あの阿部和重も好きだという(やっぱり‥)『アメリカン・アイドル』。日本未放映の、シーズン4までの名場面集がDVDーBOXで発売されています(FOXでは、シーズン6が放映中だそう)。DVDをみてみましたが、番組のつくり自体そんなに冴えてないのにそれなりに面白いのは、とにかく応募者のキャラの濃さ。日本の天然系お笑い芸人たちがみんな海の藻屑と消え失せるほどの、スケールのデカい底知れないバカさに溢れた若者たちが、大挙して登場しては散ってゆく。やっぱり、アメリカはスケールの大きい国だ。底辺もそんななら、トップどころの実力もやはりちゃんと本格的で、ASAYANあたりとはひと味ちがうと思った。視聴者投票によって当落が決まるので、これをみると、歌唱力があってもふてぶてしくて憎たらしい態度のジェニファー・ハドソンが途中で落選したことに深く納得出来ます。

その『アメリカン・アイドル』をモチーフにした悪意ある怪作、『アメリカン・ドリームズ』(06)が長谷川町蔵選のオススメDVDに入っていて、ふうんと思う。〈現在のアメリカ〉と〈アイドル〉に関するすべての事柄をこき下ろすこのブラックな作品をセレクトするのは、特集の企画にあっているんだかいないんだか、微妙なところ。(『アメリカン・ドリームズ』、初めて新聞というものを読んでみて、中近東情勢を初めて知るブッシュ大統領!家畜のような雑な扱いのアイドル予備軍!ラストのオチまで、感動はさせまいという姿勢がリッパ。ところで、ドリームズのズの“Z”を歌詞で強調したりする意味が、英語力のない自分にはよくわからない‥。)

この特集のほかにも、映画関係のけっこうきちんとした記事がいくつかあって、油断ならない。役所広司インタビュー(インタビュアーがダメ)や「ボカシの文化誌」(あたっている資料が少なくて、記述に厳密さが欠ける)より、エディ・マーフィのインタビューが良かったとおもいます。
個人的には、『ドリームガールズ』(06)の役者陣ではエディ・マーフィが一番良かった(次がビヨンセ。ジェニファー・ハドソンは伏兵として不意を突かれるが、冷静にみればそれほどのもんでもないと思った)と思ってるんですが、どういうつもりでこの映画に臨んだのか、多少訝しむ気持ちがありました。つまり、コメディアンが年とってシリアスに勲章欲しがるパターン(つまり、森繁パターン)なのではないかと‥。

その気持ちが1ミリも無かったとは言えないとは思いますが、このインタビューの以下の部分を読んで、安心したところがありました。

インタビュアー(エリサ・レオネッリ)の、〈あなたはコメディアンとしてだけでなく、演技力のある俳優として認めてもらいたいと、今までもずっと思っていたのですか?〉、〈コメディ俳優としてのペルソナから逃れたいと思っていますか?〉という意地悪な質問に、

〈極論を言えば、観客が私の映画に足を運ぶのは、私が笑えるからだ。観客は私の演技が気になるわけじゃない。(略)求めているのは笑いだからね。その映画が面白ければ、観客はそれに満足して、それが人々の記憶に残る。でも私自身はそれに不満を感じたことなんて一度もない〉〈『ドリームガールズ』での役柄を引き受けたのは、何かから逃れるためじゃない。(略)私にとっては今回のジミーも数ある役柄のひとつであり、キャリアの一部でしかない。(略)アーティストとして自分が来年何をしているのかはわからないけど、でもそれは間違いなくこれまでとは違う何かになるはずだ。〉
とクレバーに答えるエディ・マーフィ、さすがにカッコイイとおもった。

“面白くて、満足して、記憶に残った”という記憶のある、自分の最も好きなエディ・マーフィ映画は、、『星の王子ニューヨークへ行く』(88)です。初めて観たとき、ちょうどこの映画の主人公と同じように〈リサ〉という名前の女の子を好きだったので、グッとどころかグワッときたのでした。マクドナルドネタも面白かった。

theme : 映画
genre : 映画

『Invitation』3月号

20070306235233

先日、『Invitation』3月号を購入。

コンセプトやポリシーは今一つよくわからないカルチャー雑誌なんですが、最近よくある、コジャレたフンイキで邦画もとりあげたりするカルチャー/サブカル雑誌のひとつで、興味ある企画のときだけ立ち読みで読んで済ませていましたが、今回は黒沢清監督、小西真奈美、葉月里緒奈『叫〈さけび〉』トリオのインタビューが載ってるから買いました。
(と認識しているのだけれど、本当のほんとうの本心は、野村浩司による広末涼子のグラビア目当てなのかもしれないとも思う。過去10年間の、『ボム』その他での自分の発言に、現在のヒロスエがツッコミを入れる『バブルへGO!!タイムマシンはドラム式』にひっかけた企画アリ。)

本特集は〈ココロもカラダも露わにした女優たち〉とやや品なく題され、前述『叫〈さけび〉』『バブルへGO!!タイムマシンはドラム式』のほかに、幾つかの〈女優/映画〉がピックアップされています。
『さくらん』土屋アンナ、木村佳乃、菅野美穂『バベル』菊地凛子『蟲師』蒼井優『アルゼンチンババア』堀北真希『神童』成海璃子『口裂け女』『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』サトエリ『アンフェアthe move』篠原涼子『となり町戦争』原田知世‥などの女優/映画についての、軽~いインタビューやテクストがグラビアに付属する。全体、食い足りない記事が多かった。

ここで紹介されている女優映画、公開済みのもこれから公開のやつもどれひとつ観てませんが、『叫〈さけび〉』を除いたら、まず注目しているのは『神童』です。ドラマ『のだめカンタービレ』の向こうを張る音楽マンガ原作で、長年山下敦弘とコンビを組む脚本家・向井康介が挑む。山下監督と正反対にかっちりした『帰郷』萩生田宏治監督とのコラボがどんな映画をうんでいるのか、興味津々。『口裂け女』も白石晃士だということで面白いかもーと思ってる。大注目、井口奈己の新作『人のセックスを笑うな』は来年公開だそうで、まだまだ先だ‥。

堀北真希出演映画でいえば『アルゼンチンババア』じゃなく、BS-iドラマ班のドン・丹羽多聞アンドリウがまた仕掛けた『恋する日曜日』の映画版第2弾(『恋する日曜日 私。恋した』)に注目しています。廣木隆一がどんな堀北真希をひきだすか?去年の堀北さんは、映画もドラマも微妙なものが多くて停滞感があったから尚更。

個人的意見に過ぎませんが同じく去年はふるわなかった蒼井優。世間的評価では躍進の年だったのでしょうが、『ハチクロ』の彼女も『フラガール』の彼女も『Dr.コトー』の彼女もそうとう厳しかったとおもう。おかげで、ながらく蒼井優が出演してたら何でも観る派だったのが、この1年でそんなでもなくなった。大友克洋の最新作は、すこしだけ期待しています。アニメの方はかなり微妙な大友克洋ですが、実写でやった『ワールドアパートメントホラー』はちょっと良かった記憶が残っているということがあっての、もしかしたらという儚い期待。

どちらにしても、ここでリストアップされている女優さんたは、メジャーすぎて、映画女優というよりはタレントさん。独自のセレクトで批評性を出す気など毛頭なく、部数を売れば良くて、女優をめぐる言説を更新しようという気概が編集に感じられないのが残念。

全体、企画が弱くて執筆者のセレクトは悪くない。よって誌面の出来不出来もカラーもコラムや記事の執筆者次第という情けなさが漂い、これじゃぴあなんかと大差ないなと思って読んでたらこの雑誌、ぴあから出ていた‥。

現在日本映画最前線の映画について、頻繁に文章を発表しつづけている批評家(?)の名前として、森直人と相田冬二のふたりの名を最もよく見かける気がする。森直人はなかなか面白いのですが、相田冬二は文章も論旨も貧弱でしばしイラつく。この『Invitation』ではやたらと相田冬二の文章が多くてウンザリさせられた。目を通した限りでは、『それでもボクはやってない』について書かれた文章のなかで、森直人のものはかなり上位のものだと思いましたが、本誌での相田冬二の『それボク』論は最悪な唾棄すべき下らないもの。カイエ・ジャポン一派よりも遙かにハスミの完全コピー文体で、「事件」は法廷で捏造される可視化しえぬものとか言って、バカじゃないのかとおもう。

読んでよかったコラムは斉藤守彦『映画経済スタジアム』。新宿地区にオープンしたシネコン〈新宿バルト9〉にを巡る、経済的データを駆使した論考が読み甲斐がある。10年前に比べて、新宿地区が興行収入の市場占有率シェアを3分の1以下に減らした現在の環境下で登場したバルト9は、40億円と言われる新宿マーケットで興収20億円を目指すというが、その戦略と成否は果たして‥?というもの。自分もほんとうは近所のシネコンなんかじゃなく、新宿とかで映画をみたいけど‥。

theme : 日本映画
genre : 映画

ぴあテン

20070301154540
例年、『キネマ旬報』のベストテン以上に嘲笑の対象として名高い、『ぴあ』読者が選ぶ“ぴあテン”(の映画部門)は、毎回毎回、そのあまりに批評精神の無さすぎる結果ゆえにバカにされつづけ、「まるで興行収入ランキングの引き写し」と揶揄されるけれども、アメリカのアカデミー賞も日本アカデミー賞も、作品の質とは無関係に映画業界への貢献度でほぼ決まるわけだから、信頼度では興行収入ランキングとニアリーイコールなぴあテンと五十歩百歩という気がする。まるでベテランレスラーの間でIWGPのベストがぐるぐる回ってるように、大手映画会社の“アカデミー賞向け”映画が順繰りに穫ってゆくのに比べれば、ぴあテンのほうがまだ、奇跡が起こる可能性は、原理的にはある。原理的には‥。

〈2006年・ぴあテン映画部門〉
①パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト
②フラガール
③ダ・ヴィンチ・コード
④THE有頂天ホテル
⑤デスノート The Last Name
⑥木更津キャッツアイ ワールドシリーズ
⑦デスノート 前編
⑧日本沈没
⑨嫌われ松子の一生
⑩ゆれる
(次点)ナルニア国物語


theme : 映画情報
genre : 映画

09 | 2017/10 | 11
Su Mo Tu We Th Fr Sa
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
プロフィール

ししらいぞう

Author:ししらいぞう



東京在住

調理師のようなことをやっています。

趣味は立ち読み 格闘技観戦 映画観賞

3月生まれO型  

ランキング参加中☆
良かったらクリックをお願いします


ブログランキング・にほんブログ村へ
ブログランキング
ブログ内検索
最近の記事
リスト
雑誌と映画の記事
→次へ
カテゴリー
Category Sum
全記事一覧
あいさつ 11
映画紹介(ア行) 21
映画紹介(カ行) 19
映画紹介(サ行) 13
映画紹介(タ行) 15
映画紹介(ナ行) 7
映画紹介 (ハ行) 18
映画紹介(マ行) 9
映画紹介(ヤ行) 7
映画紹介(ラ行) 5
映画紹介(ワ行) 1
観るまえの映画のこと 19
本と映画 22
雑誌と映画 18
その他映画 36
フルモーションレーベル 14
『恋する日曜日』 13
ユーロスペース 5
本・マンガ 40
雑誌 22
ドラマ 60
いろいろなBest10 15
日記 75
作家・監督・俳優・女優 6
舞台・イベント 4
未分類 8
月別アーカイブ
最近のコメント
最近のトラックバック
リンク
YouTubeSEARCH mini
おみくじ

©Plug-in by
FairyDances
★
HeroRisa

ぱたぱたアニメ館
GIFアニメ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。