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2009年ドラマ冬春夏 覚え書き

おれてん2
『俺たちは天使だ!NO ANGEL NO LUCK』

さて、ずっとノータッチだった今年の連ドラ。残しておかないと忘れそうなので、以下に3期9ヶ月ぶん、急ぎ足で記録しておきます。(順番は例によって大した意味なし)


<2009年冬ドラマ>

①『オーバー30』
②『ありふれた奇跡』
③『赤い糸』
④『セレぶり3』

⑤『銭ゲバ』
⑥『ラブシャッフル』
⑦『本日も晴れ。異状なし』
⑧『おちゃべり』
⑨『キイナ』
⑩『大好き!五つ子』
⑪『メイちゃんの執事』
⑫『ラブレター』
⑬『ヴォイス 命なき者の声』
⑭『歌のおにいさん』

⑮『神の雫』
⑯『リセット』
⑰『Q.E.D. 証明終了』
⑱『RESCUE 特別高度救助隊』


<2009年春ドラマ>

①『BOSS』
②『白い春』

③『ぼくの妹』
④『湯けむりスナイパー』

⑤『魔女裁判』
⑥『スマイル』
⑦『ザ・クイズショウ』
⑧『ゴーストフレンズ』
⑨『ゴッドハンド輝』
⑩『アタシんちの男子』
⑪『夜光の階段』
⑫『名探偵の掟』
⑬『Mr.ブレイン』
⑭『LOVE GAME』
⑮『婚カツ!』


<2009年夏ドラマ>

①『俺たちは天使だ! NO ANGEL NO LUCK』

②『怨み屋本舗REBOOT』
③『ふたつのスピカ』
④『オトメン・夏』
⑤『ブザー・ビート 崖っぷちのヒーロー』
⑥『帝王』
⑦『猿ロック』
⑧『こち亀』
⑨『救命病棟24時』(第4シーズン)
⑩『ダンディ・ダディ』
⑪『メイド刑事』
⑫『恋して悪魔 ヴァンパイア☆ボーイ』
⑬『任侠ヘルパー』
⑭『華麗なるスパイ』
⑮『オルトロスの犬』



〇冬→
TBSの昼ドラが40年の歴史の幕を閉じました(最終作は「愛の劇場」が『大好き!五つ子』、「ひるドラ」が『おちゃべり』)が、その終わり間際に、『オーバー30』(CBC最終作)という素敵なドラマに出あえたことは、悲しいなかにも幸せなことでした。
30を過ぎた女の幸せとは?という題材を、主婦代表のアイコさん/島崎和歌子と、キャリアウーマン代表のミカさん/遊井亮子との対比で描く、という取り立てて新味のない企画なのですが、非・プログラムピクチャー的作品が一発一発が勝負作(商品価値がはっきりとした短絡的快楽の供給源)とならざるを得ないのとは異なり、企画意図や主題にドラマの語りが縛られずに、普通の日々の、生活でのささやかな感情の移ろいやすれ違いを、これといって派手なフックもなく丁寧にのったりくったり描くことが出来るのは、やはり連綿とつづく“枠ありき”な環境に負うところが大きく、そういった「なんということもない描写」が意匠として気張らずに存在を許されるのが、プログラムピクチャー的なものの名残りとしての、テレビの連ドラの大きなアドバンテージだと思います。“冴えてみえるように”とか色気を出したら、『オーバー30』の優しい味は出ないでしょう。
『三代目のヨメ』などでは、登場人物たちは物語や主題や役柄の配置に奉仕していて窮屈な印象でしたが、『オーバー30』に登場する人々は、それらに奉仕する以前にまず人と人との関係を生きる「人間」であって、しかしその描かれ方が「自然体ふうリアル」でなく“普通のドラマ”としてなのが素晴らしい。そのドラマの帰結は、「主婦的な生き方の肯定」にも「キャリアウーマン的な輝き方の賛美」にも傾かず、ただ、アイコさんがいて、ミカさんがいる、彼女らやその周囲の人々が、日々生きていくなかで、時に躓き苦しみ、時に幸せに人と繋がるということとしてあらわれる。付属的なキャラとして、図式的配置に埋没してもおかしくないような娘のサクラコ/小池彩夢や息子のケンタ/鏑木海智、別居中の夫・ナオユキ/高知東生が、キャラではなく温かみのある人間として存在していました。

奇抜な映画版に比べて、意外と(?)丁寧でしっとりと恋や学園生活が描かれていたドラマ版『赤い糸』。そのあんがい肌理のこまかいドラマの推移のなかに度々、唐突に、脈絡なく、凶暴に挿入される「ケータイ小説的」ガジェットの無慈悲さに、来た来た!とワクワク。9話以降、終盤の着地が決まらなかったのが惜しまれますが、破壊的にとっちらかった原作が相当うまくまとめられていると思います。
『ギャルサー』や『ちりとてちん』で一躍ビッグネームとなった藤本有紀の脚本作『本日も晴れ。異状なし』は、「南の島=善人=癒し」というパターンに則らず、登場する島民は地味~に器の小さい小人物ばかり、という意地の悪いドラマ。南の島の風景も、“美しく”視聴者に提供しないという徹底した意地悪さで、ただならない才気は感じます。毎回、秋川雅史による主題歌が最悪のタイミングで流れだし、作り手がこのテノール歌手を小バカにしてるんじゃないかという疑念が‥。

〇春→
『BOSS』の良さは、その「軽さ」が、<刑事ドラマ>の歴史性から断絶していることで、『あぶない刑事』にしろ『踊る大捜査線』にしろ『時効警察』にしろ、先行作/歴史へのカウンターとしてその表現が“あえて”形成されていたのでしたが、『BOSS』の軽さと乾いたスピード感は、それらの作品群がどうしても払拭できなかった「貧乏くささ」をほぼ完全に拭い去ることに成功していると思います。最終2話での「あわや普通の刑事ドラマ?」と心配させた真面目っぽい盛り上げも、見せかけのものとしてスルリと避ける着地が爽やか。

基本的には、そのナルシスティックな俗物臭ゆえに、たいがいの“子役”が嫌いなのですが、『白い春』での大橋のぞみのあまりの可愛らしさに、我が子を無条件で肯定する気持ちを、捩じ伏せるように理解させられた気がしました。『ザ・クイズショウ』での大橋のぞみは何とも思わなかったので、『白い春』というドラマの演出というか表現の素晴らしさゆえだと思っています。
(しかしやっぱりこれみよがしな調子こいた子役はどうもダメで、先日近しい人間に、「最近、やっぱり自分は子役が嫌いだとつくづく思ったよ。『天地人』で妻夫木くんの子供時代やったヤツとか、『任侠ヘルパー』で草剪くんに頬っぺたつままれるガキとか、車のCMの“こども店長”とかいうヤツとか‥」と言ったら「全部おんなじ子だよ!!」と指摘された。言われるまで気付かなかった‥)
その『ザ・クイズショウ』、ドラマ自体は壊滅的に話の整合性がメチャクチャでしたが、その表面的な在り方としての「半バラエティ番組」的なつくりは、ある息吹を感じさせます。物語に「情報バラエティ」部分が埋め込まれずに寒々しく遊離していた『Mr.ブレイン』や、振り返ってみると四六時中挿入されるキーワードクイズ場面くらいしか印象に残っていない『魔女裁判』と、作品世界に自閉しない容易な接続性の誇示としての「バラエティ番組的」な仕掛けと空気をもつドラマが台頭(?)してきているんじゃないかと(『LOVE GAME』は、海外リアリティショウ・パクリ系の、深夜枠バラエティ的?)。次シーズンの『こち亀』『オトメン』などにもそのような気配はありますが、(これも次シーズンですが)『華麗なるスパイ』には不思議とそれがなく、閉塞した息苦しささえあるように感じます。
(『魔女裁判』、フジ土曜深夜枠の、『ライアーゲーム』『ライフ』のあのタッチが帰ってきた!と一瞬喜びましたが、それっぽいのはテイストだけで、べつに面白くはなかった‥。)
そのキャスト&タイトルから期待されるイメージを超絶に裏切り、誰も望むことのない展開へ突き進んでいった『ぼくの妹』は、一般に迷走した一本と受け取られていると思いますが、そのじつ描写のクオリティは尋常じゃない高いレベルだとおもった。殊に、“生きた”人間の発した言葉に対して、生理的な感情のゆらぎ→それへの反射としての発語、という対話の構築が素晴らしく、そして、ほんの端役にしか見えなかった人物がじんわりと存在感を増してくる微妙な呼吸の妙も油断なりません。

あと『湯けむりスナイパー』は、第2話は傑作でしたが、シリーズ通して演出が一本調子でちょっと平板でした。一部サブカルのほうの人らが凄いだ傑作だとか言ってましたが、いくらなんでも持ち上げ過ぎでしょう。
『アタシんちの男子』は要するに女版『シスター・プリンセス』みたいなもんで、花男以降の潮流が露骨なとこまできたなという印象。

稲森いずみ主演ということで遠慮してしまい、『アイシテル~海容~』を観逃したのが悔やまれますが、そのうち観ようとは思います。

〇夏→
ワーナーがついにテレビドラマに本気になったか?と観るまえの期待感の強かった『オルトロスの犬』の、あまりの頭の悪さにもビックリしましたが、トラブルがあったとはいえ『救命病棟24時』(第4シーズン)のあんまりな弛緩ぶりにはもっとビックリした。
首都圏大災害という大掛かりなカンフル剤を用いた前シーズンに比べて、救命救急の制度的な崩壊というネタがいかにも地味というのもありますが、『医龍』だの『ナースあおい』だの『コード・ブルー』だの、海外ドラマでの『ドクター・ハウス』だのといった様々な趣向をこらし新鮮な視点を提供した医療ドラマ群を通過した視聴者には、『救命病棟24時』はあまりにアッサリしてみえて、「‥で?」としか思われなかったかも。“チーム”の生気のなさもシリーズ随一。まさかこのシリーズが、面白さで『ゴッドハンド輝』に負けるとは、いったい誰が予想出来たでしょうか‥。
印象としては今回、進藤センセイや小島センセイは北乃きいや石田卓也が画面に映ると脇役にみえてしまう。もっとも、北乃きいには、いかなる映画やドラマに出てもあらゆる登場場面で主役にみえてしまうという、特異な性質がありますが‥。

『トワイライト~初恋~』の露骨な二匹目のドジョウ『恋して悪魔 ヴァンパイア☆ボーイ』は、中山優馬と桜庭ななみといった新鮮味のあるキャストで、いいかんじの青春感が出そうで出なかったのは、ドラマの中心に加藤ローサの鈍重な存在感がもったりと鎮座していて、感情の“揺らぎ”を疎外したからでしょうか。桜庭ななみは『ふたつのスピカ』もとても良くて、スウィートパワーらしい清潔感のある女優さん。今年の夏は上記2本と映画『サマーウォーズ』&『東京少女桜庭ななみ』再放送(地上波)と、桜庭ななみ一色だったと記憶。

『ROOKIES』では窮屈そうに安仁屋役を演じていた市原隼人、『猿ロック』での反射のいい役柄では本領発揮。市原隼人はみっともないくらいチャカチャカした反応に才能がありますね。『帝王』の塚本高史の演技は心ここにあらずというかんじの、魂の感じられないものでしたが、実話というフックとともに、とっちらかった話の展開の「落ち着かなさ」と程よく調和していた気もします。

すべての台詞、すべての動作に輝きが宿り、隅々まで充実した探偵コメディ『俺たちは天使だ! NO ANGEL NO LUCK』。スベりそうなギャグすらスベる寸前で演出がすくう確かさ。イケメン集団のパッケージ売りの、他愛ないドラマといえばそうですが、じゃあオッサンがいっぱい出てきて深刻な社会ネタでもやってりゃ良いドラマなのか?とも思う。
この『俺たちは天使だ!』が今期のベストだったと個人的には思いますが、正直2009年の夏ドラを代表するのは何と言っても『ブザー・ビート 崖っぷちのヒーロー』でした。“月9”にも本気、“トレンディー・ドラマ”にも本気、“バスケ”というネタ自体も本気で一般に浮上させようというハンパない本気度。故なきプライドや自己イメージと、社会や現実、他人の心は一致しないという案外だいじなことを、カッコつけだけじゃなくちゃんと語ろうとする。その熱気がちゃんとドラマにものっていたとおもう。
一個人としては、北川景子が「リコ!」と呼ばれても、つい相武紗季のことかと反応してしまうし(ついこのあいだまで『絶対彼氏』で「リイコ」と呼ばれていた)、大政絢は山Pじゃなくて溝端淳平の妹(『ハチワンダイバー』)の印象のほうが強いとか、「突然奪うキス」「車を追って走る」等のシーンがパッチワーク的だとか、どうもシャッフル感が邪魔して作品世界に真面目に入っていけずにネタ消費的に接してしまいましたが、それこそがトレンディー・ドラマだとも言えるのかもしれません(適当)。
貫地谷しほりは“批評的に”「トレンディー・ドラマの演技」を構築していて、冴えたひとだとおもった。あと、北川景子は「井森美幸みたいな演技」とウチでは評判が芳しくなかったです。

関連記事:2008年秋ドラマ
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秋の新ドラマ

じょうおう1
『嬢王 Virgin』

いまひとつパッとしない夏ドラマが終わって、徐々に秋ドラマがはじまってます。特にこれといって見たい理由がみつからない『マイガール』は既にスルー、『嬢王 Virgin』は枠(ドラマ24)推しで見てますが、原幹恵はともかく、たぶん目玉なんだろう原紗央莉にはまったく興味がわきません。永田彬は『電王』でのヘラヘラした役(尾崎)のイメージが強くて、ビッグで寡黙な重々しい役柄を、なんだか真面目に受けとれませんが‥。

まったく別系統のドラマですが、07年の春期、08年夏期と、ともにマイベストだったドラマが続編&リニューアルで帰ってきた『ライアーゲーム シーズン2』『リアル・クローズ』の激突(?)が最大の楽しみです。続編になって守りに入り、妙に浪花節ぽいかんじにならないかかすかに心配もありますが、原作もあるので大丈夫かなとも思っています。結局のところ自分は何が(誰が)好きなのか、ハッキリするかなというたのしみもある。

ほどほど楽しくみていた『オトメン(乙男)』『交渉人 THE NEGOTIATOR』も無事に続編が到着。といっても、オトメンは曜日と時間が変わっただけですが‥。『交渉人』は、その演技が大嫌いな塚地くんが新レギュラーとして加わったので個人的には少々テンションが落ちてます。

ハズレの多い日テレ深夜枠ですが、毎回野心作ぽくみえて毎回期待だけはします、『傍聴マニア09』はどうでしょうか。
冗談みたいな企画の『少公女セイラ』は、岡田惠和/金子文紀/磯山晶と、ナゾの最強布陣。どういう方向性で勝算をみているのかいまいち分かりづらい。日テレらしいライトな学園モノに、流行りの歴史要素をプラスしたかんじ?の『サムライ・ハイスクール』。これも方向性がよくみえないけど、当たれば金脈となるかも。キャストも三浦春馬、杏、小林涼子、城田優、市川実日子など、個人的には印象のいい人が多め。
『東京DOGS』『アンタッチャブル』『おひとりさま』あたりは普通のドラマとしておさえとくかんじ。しかし、いまさら「歴女」「格差恋愛」「草食系男子」「おひとりさま」といった要素で連ドラを作ろうという『おひとりさま』のマーケティング(?)は相当にニブいんじゃないでしょうか。『アンタッチャブル』、チャンスだけはさんざんある佐藤智仁、いいかげんブレイクなるか。障害イコール感動という狙いの『チャレンジド』、題材としては興味がうすいけど、一応キャストでおさえます。ところで村川絵梨と松井珠理奈って、どことなくですが似てると思っています。

みないのは『JINー仁ー』、『不毛地帯』『ROMES/空港防御システム』『0号室の客』あたり。大沢たかおの、自分のカッコヨサに酔いしれている姿をゲップが出るほど観させられている邦画ファンは、『JINー仁ー』は出来れば遠慮したいところじゃないでしょうか。『不毛地帯』みたいなのをみるのはもっと歳とってからでいいかなと常々思っている。ジャニーズには耐性があるほうだと思ってますが、あんまり露骨にターゲットが絞られているものは生理的に厳しい。
あと松岡錠司も参加の『深夜食堂』、みたくないわけじゃないんですが、時間帯的に“いろいろと”他の番組と被っていて、残念ながらウチのハードだと録画ができません。それに、どうやら自分は、「ちょっといい話」には不感症らしい‥。そういえば松岡錠司の映画は、いつの頃からか「ちょっといい話」ばっかりだな‥。

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2008年秋ドラマ

メンドル7
『メン☆ドル イケメン・アイドル』

さて、2008年秋期(9月~12月)の連ドラもとっくに終わってますが、全部見終えたのはつい一昨日。
『ラブレター』、『赤い糸』はまだ終わっていないから2009年の冬期(1月~3月)扱いで。映画版の『赤い糸』は、キネ旬の老いぼれ選者たちによる星取り表(『週刊文春』のと違って、まったく参考にならない)ではオール星1つという最低記録樹立の快挙を達成、まだ未見ですがますます期待がつのります(『sabra』での、御大・中森明夫の連載では(南沢奈央を)絶賛)。バイトにいる『赤い糸』愛読者の子は、観ようと思ってたけど南沢奈央がカワイクナイからやっぱり観ないって言ってましたが‥。


〈2008年秋ドラマ〉

①『風のガーデン』
②『夢をかなえるゾウ』
③『メン☆ドル イケメン・アイドル』

④『イノセント・ラヴ』
⑤『トンスラ』
⑥『ギラギラ』
⑦『不思議少女加藤うらら』
⑧『ブラッディ・マンデイ』
⑨『OLにっぽん』
⑩『Room Of King』
⑪『流星の絆』
⑫『SCANDAL』
⑬『温泉へGO!!』
⑭『七瀬ふたたび』

⑮『チーム・バチスタの栄光』
⑯『パンダが町にやってくる』
⑰『オー!マイ・ガール!!』
⑱『セレブと貧乏太郎』



個人的な好き嫌いをこえて、人生の元手がかかっていると感じさせる『風のガーデン』は、“創作花ことば”というネタひとつだけでも、他すべてのドラマ群を凌駕するとおもいます。1クールの大部分を費やして、再会・和解までの「待機」の時間と感情が静かにじっくりと描かれますが、『優しい時間』同様に、ついに訪れる肝心の再会・和解場面にカタルシスがちっとも無いのが興味深い。

サブカルドラマでいうと、『不思議少女加藤うらら』みたいなものはコンテンツとして今後比較的有望なんじゃないかとおもい、それに対して『トンスラ』みたいなもの(小劇場演劇系)はもう既に古めかしいしじっさい幾分退屈に感じながらも、愛着は『トンスラ』のほうにあります。もういくらなんでも吉高由里子も磨耗するな~と食傷気味に思ってたけど、なんだかんだとまだまだ未知の瞬発力をみせていて目が離せません。
当初の勢いはどこへやら、このところ低迷ぎみのフジ深夜枠はまたしてもゼロ年代的ドラマで、『Room Of King』は「根拠なき物語」を自由闊達に語りはじめながら、後半、物語の進行が重く縛りとなって登場人物たちを操り人形のデクノボー化して激しく失速。ランダムな登場人物のエピソードが大した理由もなく伸び縮みして語りが軟体化、ポストモダンな息吹きを感じさせていたのに、口実でしかない、根拠のないはずの物語にいつのまにかとらわれてしまい、野心作にもなり損ねてしまいましたが、水嶋ヒロをはじめ、幾人かの魅力を上手く掬いとることに成功しているとおもいます。

いくつかの、明らかに酷い作品以外はどれも一長一短あって横一線、どれがいいとか悪いとかはほとんど好みの問題になってしまいそうな今期のドラマ、水準作のラインを引くのが難しいかんじ。想定される視聴者層の欲望と微妙にすれ違ってしまっているようにみえるし、『四つの嘘』が失敗した諸々の罠を慎重に避けて通っているのにちっともSATCにもデスパレートにもなってくれない『SCANDAL』だって、見どころはなんだかんだと色々あった。比較的に理知的なかんじの女優さんの揃うなか、素で頭悪そうな長谷川の京子さんの言うバラヒメノモリィ~~という無神経な響きに毎度毎度イラっとしつつも、いつの間にやらそのイラっとくる機会を心待ちにしていたり。

全体の傾向としては、明らかに“家族”を“疑した”というテイの〈疑似家族〉モノの隆盛以降(『ラスト・フレンズ』『ROOKIES』以降というか)、集まったのは偶然でしかないし、主義も趣味も異なる、家族を疑しもしない「ゆるい」共同体が描かれだしているように見えます。制度としての「家族」を疑うときは既に過ぎて、希薄化した、人と人とを繋ぐ“関係”の接続要素の微分化された検討に移行してきた気配があり、単純に友情や愛情などと呼びづらいが確かにある「繋がり」の素敵さを描くことが、これからの主題になっていくかもしれません。(〈疑似家族〉→〈仲のいいチーム感〉→〈必ずしも仲のよくないチーム感〉へ。今期に限っていえば、ストレートに〈疑似家族〉を扱ったドラマほど出来が悪かったと思います。)

パッとしない印象を与えたかもしれない『イノセント・ラヴ』は、ネタや設定が視聴者の現実と遊離し過ぎていて共感作用が作動しづらいという弱点が『ラスト・フレンズ』に及ばない要因でしょうか。しかし内田有紀が復活してからは“想いの噛み合わない不完全な愛情”の邪悪なループが完成、人と人との繋がり/関係の微妙さ、切なさが躍動感を増して迫ってきた。状況はネタ的だが感情にはリアルが滲んだ。個人的には、登場人物が家や部屋に(扉を幾つか開閉して)入ってきてもごく間近にくるまで気付かないという、“気配”というモノが存在しないヘンな世界観が一番の見どころでした。

アイドル男/女優としては比較的達者なメンバーが3兄妹として揃った『流星の絆』ですが、ごくふつうにみて兄弟感がぜんぜん無いし、たとえば兄が妹に秘めた想いを抱いている、ようにはぜんぜん見えない。『イノセント・ラヴ』の福士誠治はそう見えるのに‥というのは演技の優劣の問題ではないように思えます。『流星~』は不思議なドラマで、各々の演技は、それぞれ新劇的に普通にある程度のリアリティがある演技/感情にみえるのに、それが複数組み合わさった時にまったく感情の説得力が無くなる(「血の繋がらない妹に仄かな想いを寄せる兄、を演じる錦戸亮」や「兄たちを信頼しっきている妹、を演じる戸田恵梨香」らが各個別々に浮遊しているだけにみえる)。「設定」「関係」「実在」の接続性が微弱なシャッフル感が、最後まで弱まることなく残った。ということは、ここにある不思議な感触は、「ケータイ小説」的な〈交換可能性〉でしょうか?

さて、たぶんおおかたの嘲笑と軽視を集めているに違いない②『夢をかなえるゾウ』と③『メン☆ドル イケメン・アイドル』ですが、これらを推すのはいかにもなサブカル臭がサッパリ無いからというのも美点として大きいんですが、じっさいに毎回毎回スミからスミまで面白かった。
洗練度ゼロの演出、ヌルいギャグ、いわゆるリアリティに則さない演技設計、他愛なさすぎる物語など、簡単に叩かれそうな要素が満載ですが、そんな価値判断に何の価値があるのかともおもう(自分はイケてると酔うセンス競争=自己実現ゲームのためのスタイリッシュな演出にハイブロウなギャグ、紋切り型の自然体演技、教訓にもならない大事件‥)。「意匠」が作り手や受け手の選民意識や自己実現のための見せカードとして浪費される“貧しさ”とは無縁に、娯楽として消費されたらそれでいいというふうな慎ましさに好感が。ようするに承認乞食じゃないところがいいと。

小栗旬主演の2時間SP版は相当つまらなく感じたのに、水川あさみの連ドラ版は面白いと思うのは、水川あさみの壮絶に振り切った演技の可笑しさだけではないでしょう。小栗版の啓発が社会的成功というごく中庸なのに対して、水川版の悩みや成長が超低レベルなのも大いに関係がありそうな気がします。
ヌルいギャグ、図式的なキャラ配置にバカバカしいほど幼稚な成長の階段を主人公が滑稽にのぼる右往左往ぶりのオカシサ‥何かを連想させるな~とずっと引っかかっていましたが、童貞を捨てたがったり社会に出るのを怖がったりイケてるグループに入りたがったり卒業パーティーでチヤホヤされたがったりするあの、アメリカ学園映画の感じにどこか似てるのかもとおもった。通過儀礼(イニシエーション)モノとも括れるこれらの映画のように、連ドラ版『夢をかなえるゾウ』もごく低いところから一歩一歩生き方を学んでくさまが徹底したコメディ・タッチで娯楽的に描かれるビルドゥングス・ロマンとして、自意識過剰なモテない若者に意外とタメになるんじゃないでしょうか。あすか(水川あさみ)の同僚たちの微妙なキャラの立たなさかげんや何か遠い距離感の妙さも味わい深い。

ライト層はもとより、AKB48ヲタからさえも小馬鹿にされてるんじゃないかとも思える『メン☆ドル イケメン・アイドル』ですが、こちらも表面的な印象は冴えなくても青春のツボはちゃんと突いた爽やかな小品だと思います。腐男塾のパクリとか言って思考停止していたらもったいないし、そもそも男装の女性アイドルなんて定型的なネタで、アイデアや元ネタがどうこう言うものでもない。非・サブカル的な語り口の泥臭さは、“青春”の愚直さと親和性があるとおもう。スタイリッシュな描写や新劇的な演技の有無は、どんな映像作品にも適合する絶対的な価値基準でないでしょう。
『メン☆ドル』のヌルさ、ドタドタしたテンポは、なんだかわからないままに必死に這いつくばって夢に向かって生きることの青臭い泥臭さ、みっともなくも愚かしいことの真っ直ぐな清々しさ、としてもあって、このドラマでは、それがある種のスタンダードともいえる、「走ること=青春」として表現されています。

アイドル志望の女の子3人が、ある偶然のきっかけから男装して男子アイドルグループ「ペルソナ」としてデビューし、トップをめざす。そんな、芸能界を舞台とした、いちおう華々しい物語をもちながら、なぜか『メン☆ドル』の主人公たちは、自動車等の乗物にいっさい乗らず、事務所や営業先やTV局や隠れ家や公園を走って走って行ったりきたりする。その「走る」という行為が、無償のものとしてあらわれてくる。
アンタッチャブルなデータをアサヒ/リク/小嶋陽菜とナミ/カイ/高橋みなみが無自覚に手にしてしまったことから、白竜演じる追手の黒にゃんに何度も何度も追いかけられて意味も分からず走って走って逃げ回るのはもちろん、このドラマでは、必ずしも結果の伴わない「無償の走り」が繰り返されます。

大物ゲイ能人・ルビー・ゲイツ/ダイアモンド・ユカイの餌食になりそうになっているヒナタ/クウ/峯岸みなみを救うために、走って走って駆けつけるリクとカイだが(5話)、もともとユカイはそんな気分じゃなかったし、そもそもこのピンチはカモノハシ芸能社社長・冴子/広田レオナがユカイに仕掛けたトラップであって、クウのことは寸前で助けるつもりだった。リクとカイの必死の走りは、どちらにしろ事態に何の影響も及ぼさないものだったことになります。
あるいはまた、憧れの〈ミュージック・10〉の出演を前にして、失われてしまったペルソナの衣装を取り戻すため、奪った犯人と思われるスタイリスト(まえけん)を追って追って追って街中を走りつづけるペルソナの3人の姿が、異様なほどの執拗さで延々と描写されますが(6話)、結局まえけんは犯人ではなくてクリーニング屋が洗濯していただけでスタート時にいた事務所に返却されたわけだし、そこから〈ミュージック・10〉のリハーサル(1秒でも遅れると永久追放)に向けて再ダッシュ、走って走ってTV局に駆けつけるも、寸前のところで間に合わない。この6話全編に及ぶ「走り」は、結果として何の成果もうまないのだった。
10話での、たったひとりのファン(ハッタイ/満島ひかり)との約束を果たすために、芸能界復帰のラストチャンスのTV出演をドタキャンしてまで商店街のクリスマスイベントに3人は走るが、例によって開始時間には間に合わないわけだし、スキャンダルによってドン底のペルソナがインディーズ再デビューをもちかけられ(8話)、3人は費用の50万をつくるためにバイトで(もちろん)走り回り、果ては水着コンテストにエントリーし水着姿で障害物競走のトラック(?)を一心不乱に駆け抜けるが、やっとのことで作った50万は案の定、まんまと詐欺師にもちにげされてしまう。

これらの「走り」は、めざされた成果を生まない、物語に進展をもたらす説話的機能から断絶した無為で無償のものとしてあります。そのようにして、そこから浮かび上がってくるものこそ、「青春」的な、無為で純粋な「気持ち」であって、あのひとの笑顔が見たい、この時を輝いていたい、こいつらと一緒にいたい、といった、損得勘定抜きの、ただそれだけのものとしての、そのものとしての「気持ち」が、清々しく、キラキラと輝く。男装アイドルであることも、トップスターであることも、このようにしてこの仲間と一緒にいることも、いつかは終わりが来るものとしてあって、それだけに、うまく立ち回りトクするためではなく、この束の間の輝きの時間をほんとうの気持ちで生きようとする。それが「青春」であって、「走ること」だという表現として『メン☆ドル イケメン・アイドル』というドラマはあった、とおもう。
(それだけに、大詰めの11話でワゴン車に乗るシーン(主人公らの、唯一の乗物場面)があらわれたのには大変ガッカリしましたが‥、これは、身の安全のために、ペルソナであることからも芸能界からも完全に身を引いて諦めて、ハリウッドに逃亡するという、虚より実をとる、反・『メン☆ドル』的/反・青春的な身振りであったから、でしょうか。そして、そのあとのクライマックスでは、「実より虚をとり」、生命の危険をかえりみずに、3人はペルソナ最期のステージに立つことになります。)

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2008年夏ドラマ

キャット
『キャットストリート』


さて、もう既に次のシーズンが始まっていますが、2008年夏ドラマのまとめです。最後まで観ていたものを順位付けしてリストアップしてますが、いつも通り順番はとりあえずのもので適当です。

〈2008年夏ドラマ〉
 ①なし
 ②なし
(③リアル・クローズ)
 ④コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命
 ⑤学校じゃ教えられない!
(⑥瞳)
 ⑦ウォーキン☆バタフライ
 ⑧正義の味方
 ⑨恋空
 ⑩ナツコイ
 ⑪キャットストリート
 ⑫33分探偵
 ⑬魔王
 ⑭大好き!五つ子2008
 ⑮太陽と海の教室
 ⑯四つの嘘
 ⑰打撃天使ルリ


『モンスターペアレント』、『ロト6で3億2千万円当てた男』、『シバトラ 童顔刑事・柴田竹虎』、『ごくせん』、『ヤスコとケンジ』は途中で挫折。『ゴンゾウ・伝説の刑事』はやっぱり観ておけばよかったかな~とほんの少し後悔。
印象に残ったのは戸田恵梨香と、そして桐生の風景(『恋空』『ナツコイ』)。2008年の夏ドラマは、ここ数年で最も低調なシーズンだったと思います。その前の春期も低調で、それでも中では『ROOKIES』を最善としましたが、今期はより低調で他人に推せるものがありませんでした。そのなかでは個人的には好感をもっている2本、『コード・ブルー』と『学校じゃ教えられない!』をいちおうの収穫だとおもっていますが、正直、『学校じゃ教えられない!』についてはコレを擁護してその良さを説得的に話をする自信があんまりない‥(この2本と『恋空』、『瞳』は別記事で触れたいと思います)。

最も期待していた『正義の味方』、第1話をみたとき、この演出のテイストじゃ1クール保たない感じがするけどどうするのかな?と心配していたらどうもしなかったみたいで、案の定、後半は息切れぎみで、興味がグングン薄れていきました。
いざフタを開けてみると、聖千秋の原作へのリスペクトなど感じられず、ただ“悪魔のような姉”マキコさんのキャラクターに山田優を当てはめたらイケるんじゃないか、虐げられて右往左往する妹・容子が志田未来にハマるんじゃないか、というキャスティングありきな発想で作られただけのようだったので残念。ただ、『正義の味方』じたい、聖千秋の長編のなかでは最も面白くないもののひとつなので、あまり大仰なことも言えませんが‥。(あと本郷奏多がフツーに軽やかなイケメン、という配役にはどうも違和感が。それと、痩せた中村静香、ってどうなんだろう?)

そんな寂しい気分のなかで見た、香里奈主演の単発ドラマ『リアル・クローズ』には、心洗われました。ファッションに疎い女子がファッション業界真っ只中へ、というどうということもない話(『プラダを着た悪魔』のパクリ的な批判があるようですが、元々アレがそんなにオリジナルな話か?)なんですが、原作者である槇村さとるの作風の“どこか生真面目な、あの感じ”がちゃんと濃厚に漂っていて、ドラマ版『おいしい関係』なんかもただのトレンディードラマで槇村さとる度ゼロでしたから尚更、嬉しかったというか溜飲が下がった。どこか器用になれない、ギクシャクした香里奈のパーソナリティも、槇村さとる的な生真面目さと相性が良かったとおもう。入れかわり立ちかわり登場する衣装の数々も眼に楽しく、ごくふつうにあっていいドラマだと思います(能瀬3姉妹の共演ということで若干の話題を呼びましたが、次女えれなのトンデモナイ演技はある意味最大の見所かも)。これを水準作として③の位置に置き、ボーダーラインとすることで夏期ドラマへのイヤミとしたいかんじ。

一瞬で解決するイージーな事件を、探偵がなんだかんだと難癖をつけて毎回放送時間の33分間いっぱいに引き延ばす『33分探偵』は今期の典型的なサブカルドラマ。ですが、堂本剛主演の深夜ドラマ、ということでターゲットの知的水準に合わせたと思わせるような共感的文化圏で紡がれる“ユルさ”は、これまでのサブカルドラマには幾らかはあった尖ったところがなく、その微温的平和さにはある種の魅力があります。この程度のメタフィクション性に知的刺激があるなどと考えるのは、無理して論じて意義の有無を判定したい年長者だけで、中心的視聴者たちにとってはそんなものは“くすぐり”程度の価値の小ギャグのうちのひとつ過ぎず、フラットな気分で消費しているんじゃないでしょうか。冴えてること/ハイブロウであること/センスがいいことを必ずしも志向しない‥‥現在的サブカルドラマは新たな段階に入ったのか?

北乃きい、岡田将生、吉高由里子、濱田岳、山本裕典、谷村美月、冨浦智嗣、鍵本輝、前田敦子、賀来賢人、中村優一、忽那汐里、大政絢と、若手に限ってもなかなかの豪華キャストを集めた『太陽と海の教室』(頭の悪いドラマ‥)、驚くほど誰も輝かず、終わってみれば順当に吉高由里子のひとり勝ち。陳腐な台詞さえ吉高由里子が口にすると輝きを帯びる(この稀有な作用は、絶頂期の大後寿々花には為せたことでしたが、現在の大後寿々花は嘘のようにダメですね)。このテのものが所詮若手のショーケースという役割だとして、殆ど存在意義がなかった残念な連ドラでした。

じつは若手の豪華さということでいえば『キャットストリート』はそれ以上かも。谷村美月、勝地涼、黒川智花、木村了、石黒英雄、高部あい、荒井萌、田中圭といったナルホドと思える面々を要所要所に(『太陽~』に比べて的確に)配し、峯岸みなみ、小野恵令奈といったAKBの人たちもぞくぞく(チョイ役で)登場となれば配役の豪華さは途絶えない。
しかし、TBSドラマ版『花より男子』の場合にはエンタメ加工で原作の辛気くささの脱臭に成功したのに対して、このNHKドラマ版『キャットストリート』からは生真面目な“神尾葉子臭”が漂う。『リアル・クローズ』はそこを褒めといてナンですが、『キャットストリート』の場合はそこがつまらなく思えるのは、単に原作者に対する好き嫌いの問題なんでしょうか‥脚本の浅野妙子ともども、彼女らの描く“深刻さ”には、(現在的問題の)どこか浅はかなネタ化に見えてしまう。中盤の丁寧な語りに比べての後半の急ぎっぷりは空転に空転を重ねて失速、流行り(?)ネタを集めた絵空事に感じられて急速に興味も減退した。
そして若手のショーケースとしては、誰もが誠実に順当に演じていて、あまり驚きがない。谷村美月はいつまでも『カナリア』の印象は超えられず、注目していた石黒英雄は全然ダメ(だったら、男子ではチョイ役でしたが馬場徹がなかなか良かった)。で、一見引き出しの少なそうにみえる高部あいが、じつは多彩な演技で新たな面を見せることが(いつもながら)出来ていたと思います。

しかし、個人的には以上のようなことは本当はどうでも良くて、『キャットストリート』というドラマへの印象は:『がきんちょ  リターン・キッズ』の続編として自分の胸に迫った。
2年前の夏期のTBS系昼ドラとして一部で人気を博し、続編待望の声も高かった『がきんちょ~』は結局続編は制作されなかったのでしたが、その面々が『キャットストリート』で地味に再会していて、どこか地続きな世界でワクワクした。

『がきんちょ~』では美山加恋演じる夏川モモが人気チャイドルで、モモの相方がぬけたアイドルユニット「ぱれっと」の追加オーディションがコマチ/鈴木理子の住む田舎町で行われ、ある策略からモモは相方にコマチ/鈴木理子を指名する。そして以後スター・美山加恋は芸能人もどきとなった鈴木理子を振り回してゆくのだが、その鈴木理子の幼なじみ・タカユキが深澤嵐。そしてモモ/美山加恋には友達と呼べる相手がいない‥。その3人が『キャット~』で再会した。天才子役としての才能を遺憾なく発揮する恵都/美山加恋が、アニーもどきの『サニーデイズ』なる舞台で“元気がとりえ”でダメダメな奈子/鈴木理子と舞台を共にすることになる。芸能界という舞台設定、ダメダメ→鈴木、スター→美山という構図も共通していて、しかもスターすぎる美山加恋には友達がいないのだ。ただ、『がきんちょ~』と違うのは深澤嵐が鈴木理子側でなくて美山加恋の幼なじみだという点。
さて、そんな美山加恋と鈴木理子が友人関係を結ぶ。
鈴木理子「友達になってくれる‥よね?」
美山加恋「いいよ。私、学校に友達とかいないし‥」
こうして美山加恋は素直な善意をもって鈴木理子を励ましつつ共に頑張ってゆく。素直になれないモモとは違うが、ある種の友情をもって何かを成し遂げようと進んでゆくのは一緒だ。そして迎えた公演初日、昼公演を無事乗りきった鈴木理子を祝福する美山に、爆弾を炸裂させる鈴木理子。「‥お礼言って欲しいの?あげないよ‥なーんにも。友達1人もいないなんて、キモチワルイひと!」‥『がきんちょ~』からの弱々しい鈴木理子のキャラの流れで観てきた『がきんちょ』ファンにとっては、強烈な凶悪さだったと思う。こうして美山加恋は再起不能に。この鈴木理子側からの反撃を、2年に及ぶ“溜め”としてみると、趣深い味わいがあります。

(『ウォーキン☆バタフライ』、グリングリン長い身体をくねらせ、鈴木則文の青春映画の主人公のように顔面いっぱいに感情を表現する、中別府葵の振り切った演技の爽快さ。女子がプロレス好き、という設定が寒くなかったのは、ほんとうに珍しいことだったと思います。)


関連記事:ドラマ『がきんちょ  リターン・キッズ』

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ドラマ『キッパリ!!』打ち切り‥

昨夜、加勢大周が大麻所持などにより逮捕されたというニュースに接した瞬間には、それほどのショックは感じませんでした。
そもそも加勢大周じたいに興味をもったこともほぼ皆無、だいたい「加勢大周」という言葉も初めて記してみて加瀬じゃなくて加勢なんだ~と知ったくらいどうでもいい存在で、自分としては石井輝男監督のあの素晴らしい『無頼平野』に出演したことがあるという一点においてのみ、肯定的に認識しているというだけで、その罪の内実ともども、じつに何も感じることのない対象なのでしたが、
メインキャストをつとめる昼ドラ『キッパリ!!』はどうなるんだ?と気付き俄然他人事じゃなくなった。

で、第2話の予告編に加勢大周が顔を見せていた深夜ドラマ『トンスラ』(吉高由里子、温水洋一主演)の場合は、まだ対処を検討中だということですが、第1話を観たかぎりの印象だと、一視聴者としては「別に~」という程度の出来の有りがちなサブカルドラマだったし、メインはあくまで吉高&ぬっくんなわけで、たとえ第2話が欠番になってもそれほどの痛みはない。しかし、『キッパリ!!』の即時打ち切り、という処置は、いかにも厳しいとおもう。(今日以降は前作(『キッパリ!』、こっちには加勢大周は出ていない)の再放送(10月6日に前半をダイジェスト版で放映後、10月7日より後半を順次再放送)で次シーズンまで間をつなぐのだそう。)現在、この仕事がここ数年、最大級のものである奥山佳恵にとっては、たまったもんじゃないでしょう。(仕組みはよく知らないけど、打ち切りに伴うギャラ等の問題があって、責任はないのに被害を被ったメインキャストをおもんばかって(そんなに面白い訳でもない)前作をムリヤリな形で再放送するということになったのでしょうか?)

去年、前作『キッパリ!』放映時に少しだけ感想を言いましたが(→コチラ)、平凡な主婦・君塚マミ(奥山佳恵)が〈今までのだらしない自分と「キッパリ!」決別し、模索しながらも家族と共に日々成長していく〉という主旨のこのドラマはしかし、開始早々に的場浩司演じる夫・洋平の隠し子騒動が勃発し、当の疑惑の少女・ヒロカちゃん(田中明)が同居しだすあたりから雲行きが怪しくなり、結局ヒロカちゃんが主人公のドラマとして終了、いったい当初の狙いはどこにいったんだという不可思議なドラマだったのでした。

なので、こんなドラマに続編があるなんて考えてもいなかったのに、誰が望んだんだか第2弾『キッパリ!!』が無事スタート。ヒロカちゃん/田中明は姿を消し、前作で大所帯化した賃貸マンションで今日も元気に暮らす君塚一家。そこへ、隣に引っ越して来たのが君塚さんちのマミさん/奥山佳恵のかつての初恋相手の“クローバーの君”ことシンちゃん/加勢大周がご登場!!この話と、洋平/的場浩司のリストラ話が二本柱で話が進んでいくわけで、脇役とはいえメインキャスト、なんとなくフェードアウトなんてふうな処理は無理だから打ち切りなんでしょうか。代役というテもあるでしょうに(どうせあちこちで、代役は坂本一生にしたらいいとか冗談めかして言われてるんだろうけど)、この処置により世界観が断絶したこのシリーズを以降も続けていくことが困難になってしまったことは、何とはなしに物悲しい。
シンちゃん/加勢大周の息子・シンタローくん/大隈祐輝が抱いている制服へのこだわりのわけや、洋平/的場浩司の転職先である〈竹の子塾〉に通う、ひと言も口をきかない陰のある少女・アンナちゃん/尾本侑樹奈(先ごろの『ママの神様』では、明るくおしゃまな女の子・エリカちゃんを演じていたのに随分と雰囲気が違う)の哀しみの理由といった、いい加減忘れられてるんじゃないかと心配になり始めていた伏線がようやく回収されようとしていた矢先だったのに‥。

もう『キッパリ!』シリーズに触れる機会もないと思うので思い出というか感想を言っておきますが、前作と同じように今回の『キッパリ!!』も、最初のほうではキッパリ生きるための秘訣やら節約の知恵の披露やらの物語的な準備が進んでいましたがいつの間にやらテーマなどどっか行っちゃったみたいで、ひたすら優柔不断な登場人物たちが右往左往する地味な展開に。主題があってそれに沿うように物語がすすむわけではなくて、マミやその友人たち、マンションの詮索オバサンたち、君塚さんちの祖父母に子供たち‥既存のキャラクターたちが普通に悩んだり頑張ったりするだけの、何だか“みどころ”を探すのが難しい、一種珍妙なドラマにまたしてもなっていました。

何しろ善良だけど飛躍したところのない登場人物たちなので、彼らは物語らしい物語を前進させることなく日々のささいで鈍重な悩みに忙殺されてノッタリクッタリ日常がつづく。そのなかで、何ともないがどこか味わい深い生活の細部が楽しい。
君塚さんちの姉弟、シオリ(岡田千咲)とシュウのケンカがまずいいですね。憤慨するシオリちゃんのハードヒットなケンカぶりが可笑しく、フテた憎々しい表情が印象的。シリーズ全般、シオリちゃんが何かにムカついてる時が一番ドラマ的に充実していたと思う。シュウにはクラスに好きな女の子・マリコちゃん(重本愛瑠)がいて、その子の机のほうを振り返ってニタニタ笑っているシーンが何度も何度も何度も出てきて、あまりにも何度もおんなじシーンが繰り返されるのでイライラを通り越してだんだん頭がクラクラしてきていたのも今となってはいい思い出だ。老けたけど案外パサついていない吉野紗香の息子役だった子役・飛永翔くんの、何だか韓流っぽい演技もツボだった。

さて問題のマミさんの初恋相手だった加勢大周、彼は暗い近過去を引きずりつつ主人公たちと接することで頑なな心が次第に和んでゆくというわけですが、何しろマミ/奥山佳恵の基本的人格が相当鈍感で何事も気にしなすぎる性格なので、加勢大周のウジウジは物語的に空転してさっさとスピード和解、君塚家のムードとペースにハマってしまい、物語素は使い果たして単なる良き隣人化。マミに惹かれていっている彼のほうはともかく、マミさんはいつも洋平/的場浩司を信頼しきってパパ~パパ~とニコニコラブラブしてるので、初恋相手との再会というネタ自体元々キャラ的にムリがあったし、そのパパに言い寄ることになる吉野紗香の話も、洋平/的場浩司はどーせよろめく訳もない生真面目なキャラなのだから単なる話数稼ぎにしかならない。ので、どんどんどうでもいいキャラと化していった途上だったのでしたが‥。加勢大周の最後の台詞は、結果的に最終話となってしまった25話終了後に流れた次回予告における「ありがとう」、だった。


さて、この昼の13:30~14:00のドラマ枠は前作の『ナツコイ』までずっと〈ドラマ30〉という名の枠だったのが、今回の『キッパリ!!』から新たに〈ひるドラ〉という枠名に変わったのでしたが、その途端にこの逮捕→打ち切り騒動‥。ここはひとつ次作から元の〈ドラマ30〉に名前を戻したほうがいいと本気で思います。

(追記:『トンスラ』第2話、加勢大周の出演していた場面は羽場裕一が代役に立てられ、新たに撮り直されて無事放映されました。)

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ドラマ『ROOKIES』その3

ルーキーズ 5
『ROOKIES』


ドラマ『ROOKIES』その2からのつづき→)

4.ROOKIES(つづき)

『ごくせん』(的作品)の作劇が、そのように閉塞してゆく内向きのベクトルを有しているのに対して、『クローズZERO』的作品である『ROOKIES』の作劇は、どのようにして閉塞を逃れようとするのでしょうか。

ドラマ『ROOKIES』は当初、放送回数未定、として放映がスタートしました。近年では、1クール10話前後でまとめるのがごく通常の連ドラの作法ということになりますが、できることなら原作24巻分をすべて描ききるという野心のもと「未定」という予定でスタートがきられたこのドラマは、それ故、ある種の緊張状態を持続しつづけながら放映を重ねることとなったように思えます。
通常であれば、10話前後の戦略を練り、そのなかで多少成功しようが失敗しようが、3ヶ月という緩やかなワンシーズンを視野においてそれなりに過ごしていければいいでしょう。スタッフやキャストには、テンションや才気や技術や感情の出力に関して、3ヶ月をそれなりに有意義なものとして生きてそして次に繋がるものになればいいというような気分の「ペース配分」がどうしたって生じるだろうし、そこでは、弛緩してみたり集中してみたりと濃淡のある日常が生きられてゆくでしょう。
しかし、土8という“死に枠”でのスタートに加え、バレー中継での度重なる中断も当初からもちろん予定にはいっていただろう状況下で、「未定」をどこまでも先に引きのばすという目標をもつ『ROOKIES』というドラマに参加しているスタッフやキャストにとって、そのような“流す”日常感でこのドラマに関わっていくことは即、不正義となるでしょう。

こうしてドラマ『ROOKIES』は、常に最終回と背中あわせの、不断の更新としての放映を重ねてゆくことになる。資金がいつ尽きるか分からない自主映画制作において、順撮りしつつ、ワンショットごとにラストカットを更新していくかのように、『ROOKIES』というドラマは1話1話更新されているという感触があります。
そうした場合、ストーリー漫画である『ROOKIES』のドラマ化においては、クライマックスから逆算する形で作劇を行い、その理路の節々のパーツを埋めてゆくといった『ごくせん』的作品の作劇手法は無効となる。ここでは、逆算的な遡行としての説得の積み重ねではなく、一歩一歩地面を踏みしめながら歩を進めるような順撮り的な説得が試みられることになります。

野球を知らない新任の教師である川籐(佐藤隆太)が、不祥事で挫折し不良生徒として荒んでいた元野球部員たちをハートある情熱で立ち直らせ、共に甲子園という夢をめざす、という骨子の物語をもつドラマ『ROOKIES』では、イメージされるべき、達成されたクライマックスとしての甲子園出場やら優勝やら勝利やら(ましてやチームの復活すらも)から逆算した作劇により感動を説得的に喚起したりはしない。
立ち直らせる、チームに復帰させる、夢をみつける、甲子園をめざす、勝利をつかむ、といった諸々の逆算的達成事項は、順撮り的更新としてある『ROOKIES』(的作品)においては、達成されたならより良いだろう出来事ではあっても、それが最優先事項とは捉えられていない。『ROOKIES』にとって、あるいは川籐/佐藤隆太にとっては、ナインたちを不良状態から立ち直らせことや、チームが復活したり存続したりすることがたとえ成されなくても、それが“ほんとう”の問題ではなく、最悪、野球場面がゼロのまま終了したとしても、それより優先されることがある。そうこのドラマはみる者に伝えてきます。

『ROOKIES』/川籐が伝えてくるのは、ハートのある感情に真っ直ぐであろう、そしてそのハートは真っ直ぐであろう、というメッセージであり、社会的順応(更正、野球部復活)や目的達成(勝利、甲子園)は決してそれらの上位概念とは捉えられていない。自分や他者や物事に対して、“真摯”であろうということのみが、この物語を駆動してゆくのだ。

例えば、城田優演じる凶暴な反抗者・新庄に対して、『ROOKIES』は/川籐は、野球部復活のため獲得すべきコマ(盛り上げのための障害の設置)という扱いをしない。ドラマが動き、揺れて前に進む力となるのは、新庄が抱いている“ほんとう”の感情、情動を、歪んで乱反射し行く先を見失ったそれを、彼自身にとって真っ直ぐなものとして捉え、感じられるようにしようとする、そのように作用する力であって、そこで彼の晴れ晴れとした真摯な感情の発露の結果がもし野球を捨てるという選択であったとしても、『ROOKIES』という作品は/川籐は、それを是とするだろうと思わせるものが、このドラマには確かにあるように感じられます。(それは、みる者に、作り手/送り手側への“信頼”を抱かせるものでもあります。)

真摯であろうとする川籐の生き方と、『ROOKIES』というドラマが真摯なものであろうとする在り方とが同調し、そうして(映画のあるべき在り方としてヒッチコックが言ったような)「エモーションの持続」としての映像作品、といった基本的なところに立ち返って提示された『ROOKIES』は、真剣に真面目に、ブレなく真摯に物事や人物を描く、という愚直な姿勢によって、“ほんとう”な細部を更新してゆこうとする。

そしてその物語りかたは、ある種のセンスの持ち主をアテにするといった、特定の文化圏を狙いうつような作用範囲の狭いスタイリッシュな方法論を採用せず、あの文化圏のひとにもこの文化圏のひとにも、真摯に熱いハートでもって丁寧に接続すれば伝わるんだという極めて川籐的な信念がその作劇/描写の方向性を決定づける。
そのため描写は時にクドく、進行テンポは澱み、鈍重な印象を与えもしますが、それはこのドラマがセンスとしての選民的な選別的な身振りを否定したところに接続する力を見いだしているからで、才能や才気を示すためでもある種の快楽原則をトレースして一定タイプの消費者に快楽を与えるためでもなく、ただ真摯であろうとする、その一点において、閉塞を突破しようとする。
商業的な“イケメン軍団”として投下された「アイドル男優」であるところのニコガクナインの面々も、己をより良くみせるためではなく、まずこの『ROOKIES』というドラマをより良いものにするために力を尽くすという、当たり前といえば当たり前のことに専心していると(他のどのドラマよりも)印象されるのは、この『ROOKIES』というドラマが川籐のキャラクターの人格、人柄と同調するようにして、その熱い真摯さで他者を引っ張り込む力を示すからだとおもう。

“イケメン軍団のパッケージ売り”のための“方便”としてある〈野球+不良=青春〉というベタを、『ROOKIES』の作り手たちは怯まず、真正面から受け止める。そこで選ばれた物語が商業的な「口実」に過ぎないことを当然の前提として見据え、〈女子供の箱〉を経由することにも揺るがない。
そこにあるのは、(女子供だけ満足させときゃいいだろ)という姿勢とは無縁の、実直なクオリティ信奉、いいものをつくりたい、という気概、誰にみせても恥ずかしくない素晴らしいものを提供しようという愚直な信念であって、なんとそんな素朴な「真摯さ」が閉塞し拡散しゆく島宇宙間を接続するというごく普通な事実を、ドラマ『ROOKIES』はかなりの程度示すことが出来たように思えますし、それがこのドラマが存在した価値でもあったと思います。

‥概略を言うだけで随分長くかかってしまいました。細かいことに触れることが殆ど出来ませんでしたが、このあたりで一旦話を終わりにします。
どうやらただの総集編ぽいけど、10月4日のスペシャル版も楽しみですね。

(おわり)

追記:
第1作目の『クローズZERO』公開時のインタビューで、山田孝之は〈とにかくより多くの人に観てもらわなくちゃ伝わらないし、良いか悪いかもない。(略)でもまず女の人が2時間もつかもたないかっていうところが勝負だったんですよね。〉と述べ、このテの映画が現在的に成立するためには島宇宙の突破が必須であると意識的だったことを告白しており、またそれと同時に、いやだからこそ、〈全員が全力で自分の仕事で応えてくれる撮影現場だった(略)自信をもって男の映画と言える。〉とやべきょうすけが別のインタビューで述べていたように、それだけに「真剣に真面目に、ブ物事や人物を描く、という愚直で“真摯な”姿勢」で制作に取り組むことがその作品に“ほんとう”を宿すための絶対条件としてあり、その2要素を併せもつことが閉塞を突破する力となっていたことが窺えます。『クローズZERO』公開時のスタッフやキャストの各種インタビューや発言には、自信と手ごたえにみちた“やりきったかんじ”、熱さが溢れていました。(ドラマ『ROOKIES』周辺にある空気や状況も、それと同じものを感じさせます。)
しかし、続編である『クローズZEROⅡ』ではどこか様子が違う。『CUT』10月号を読むと、インタビューで小栗旬は、(前回は、プライベートまで源治を引きずってしまうとおっしゃってましたが)というインタビュアーに対し、〈今回はそんなにないっすね(笑)〉という何だか弛緩した返答をしているし、山田孝之は〈『1』で完結した芹沢多摩雄が『Ⅱ』で崩れてしまわないか心配だったんです。続編になると新たな台詞や行動が付け足されるから、芹沢が崩れてしまわないか怖かったんですよね。『なんか違うな』って思われたら嫌だなって。〉と、どこか閉塞的なベクトルの心の惑いを示しています。ここでは既に、特定の文化圏を突破する「真摯さ」や「熱さ」が失われ、“つづくこと”の弛緩した(濃淡のある)日常感と、「特定の文化圏」を支持する者とそれに応えようとする「特定の文化圏」の保持者としての送り手との相補的な閉塞関係が生成されつつあるさまが見てとれるように思われます。
『クローズZERO』的作品が、“つづくこと”により早くも直面した閉塞的状況をみると、ドラマ『ROOKIES』の続編の先行きにも幾分の不安が感じられますが、果たして映画版はどうなるでしょうか。




theme : ROOKIES
genre : テレビ・ラジオ

秋の新ドラマ

古い話題が続いてますが、夏を通りこしてまもなく始まる秋の連ドラ、みる予定なのは以下のもので、期待している順です。

『流星の絆』(金子&宮藤、キャスト)
『ブラッディ・マンデイ』(キャスト)
『ギラギラ』(ネタ、荒井修子)
『メン・ドル IKEMEN・アイドル』(枠、キャスト)
『Room Of King』(枠、大宮エリー、キャスト)
『トンスラ』(枠、スタッフ、吉高由里子)
『セレブと貧乏太郎』(上戸彩)
『風のガーデン』(倉本聰)
『イノセント・ラヴ』(キャスト)
『オー!マイ・ガール!!』(吉田里琴)
『夢をかなえるゾウ』(小栗旬)
『七瀬ふたたび』(原作)

『SCANDAL』は“微妙な年齢の女4人組”モノ、前期『四つの嘘』がアレだったのでどうも見る気がしませんが、逃したら後悔する気もします。『イノセント・ラヴ』、月9で堀北真希×北川悠仁では数字が出るわけがなくて、終わってからアーダコーダ非難されそうで今から気の毒なかんじ。カビ臭いAC風味のハッタリドラマだったら、早期離脱するかも。

東野圭吾×宮藤官九郎、というだけでも食い合わせが悪いかんじなのに、戸田恵梨香×錦戸亮×二宮和也という組合せもゼンゼンピンと来ませんが、終わってみれば結局一番面白いような気もする『流星の絆』。ポイントは戸田さんと錦戸くんの関係性か?
自分はジャニーズには比較的耐性があると思ってますが、Jr.っぽいのはどうにも生理的にダメ(少年売春的な臭気が気持ち悪い)なので、そんな香りが充満してそうな『スクラップ・テイーチャー 教師再生』はパス。今さらな『チーム・バチスタの栄光』は、キライな伊藤淳史が主演だからパスしたいが、仲村トオルの変人・白鳥役は気にかかる。

三浦春馬&佐藤健の『ブラッディマンデイ』のキャスティングには爽やかな新しい風があると思えるのに、『Room Of King』の水嶋ヒロ×鈴木杏には新味が感じられないのは何だろう。『七瀬ふたたび』の蓮佛美沙子は角川の秘蔵っ子で、古き良きジュブナイル路線まっしぐら。実はけっこう需要のある貴重な隙間ポジション?

アホくさい原作をもつ『夢をかなえるゾウ』、2時間SPの単発ドラマ版と、日テレ木曜深夜という珍奇な枠の連ドラ版が別にあって、それ(2時間ドラマ版&連ドラ版初回)が10月2日にそれぞれ放映という煩雑さ。なんか面倒くさいなあ‥。
毎度毎度しっかりしたクオリティを維持している信頼のテレビ東京深夜枠〈ドラマ24〉。今回の『メン☆ドル』はAKBの3人が主役ということで、あらかじめ敬遠するひとも多そう。ヲタ商売のナメたヌルドラマでなく、いつも通りの良質なドラマを期待したいですね。

ところで、『月刊ザテレビジョン』を読んでたら『愛讐のロメラ』について〈いとうあいこが昼ドラに初挑戦〉とあって、いい加減さにムッときた。昼ドラでは『貞操問答』にも出ているし、『スイーツドリーム』という立派な主演作だってあるのに‥。

theme : 2008年 テレビドラマ
genre : テレビ・ラジオ

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ししらいぞう

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