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?『くりいむレモン 旅のおわり』その2

たびのおわり7
『くりいむレモン 旅のおわり』

90年のじんのひろあき版『櫻の園』(以下、じんの版)が嫌いでした。ひっくるめていうと、これみよがしなやり口に反発をおぼえてたし、女の子たちが素材としても描き方としてもちっとも魅力的に思えなかった。
で、リメイクとなった関えり香版『櫻の園』(以下、関版)を期待して観てみたら、当時じんの版を否定していたことをすこし反省した。関版は、冴えたところのないテレビドラマだと思った。会話で全てが説明される。全編、説明につぐ説明。じんの版の登場人物たちは、少なくとも説明のための道具ではなかった‥。

説明は、オウム返し、ストレートな疑問形、「ふうん/へぇ」等の相槌を利用して会話に変換される。寡黙な主人公・桃/福田沙紀に代わって担任の菊川怜が桃のプロフィールを“桃本人にむかって”滔々と説明する‥。戯曲「櫻の園」の説明、学校のしきたり、生徒のポジション等‥。たとえば、古い「櫻の園」の脚本を見つけた福田沙紀が姉の京野ことみと会話し、昔あった「櫻の園」上演の試みを知る場面。「こんなの見つけた」「えっ?それ」「あかずの教室ってとこにあったんだけどね」「あかずの教室」「脚本と演出、坂野先生ってすごくない?」「先輩、演劇部の部長だったからね」「ねぇねぇ、平成9年ってことはさ、お姉ちゃんコレみた?」「ううん」「え?」「やらなかったの、そのお芝居。あんなに稽古したのに」「稽古したって?」「演劇部だったからね」「そうだったの?」「覚えてないか?あの頃の桃バイオリンで忙しかったから覚えてるわけないよね」‥。
夕暮れ。駅前で柳下大がカッコつけてサックスを披露しているが‥その曲は上戸彩の歌(夢のチカラ)‥いくらオスカー主導とはいえ、この段階で真面目にこの映画につきあうのを諦めました。

オスカーが牽引した企画なわけだし、どうせなら商業映画として正面から通俗を引き受けて美少女クラブ31メンバー総出演でやればよかったのに。製作委員会方式が裏目に出た、面白くもないバランスのいいキャスティング(オスカーの顔を立てたかのような上戸彩・米倉涼子・菊川怜などという特別出演枠は、初々しくなければならないこの企画にはマイナス要素だとおもう)が効果的だったのか、自分が観たときは松竹らしい、熱気のない辛気臭い客層でした。

説明のために色分けされ役割分担されたに過ぎない記号としての人物の言動/行動からは、エモーションが駆動せず、あらかじめ用意された物語を“感情らしきもの”で上から撫でるだけで、青春の鬱屈も不安も憧れも、「青春映画を構成する定形的パターン要素」としてルーティン的に扱われただけという印象(途中まで進んでいたという新・じんの版のほうが観たかったと観たあとで思った)。

人は、青春の大事な場面でさえ、有意味な言葉などそうそう口にしないし、状況説明ばかり話しはせず、気持ちはまた別にある。日々の生活や関わりのなかで、思いが推移し、摩擦をおこし、うつろうさまを、直接的な言葉のやりとりとはべつのところで、人の感情の「ほんとう」を映しだそうと試みる井口奈己監督『人のセックスを笑うな』のような(反・関版、的な)映画は、たいへんスマートで豊潤、じつに立派に「映画的」な感慨を与えてくれますが、しかし、このような映画が指向する「リアル」や「映画的」は、今や、あらかじめ分かりきった正解に向けて、勝つに決まってる解答を組織する、閉じた「安全さ」と化してしまっている気がする。「あるある」を拾い上げ、傑作素を結合させて、共感作用をたっぷり効かせるという基盤のうえで安心して楽しめる「奇跡のような、素晴らしいシーンの数々」。これが2004年辺りならアリだったかも知れないが、2008年には既にどこかズルイものと映った。

『女』『古奈子は男選びが悪い』『遊泳禁止区域』などの中短篇で、すでに天才の誉れ高い前田弘二も、イメージとしては一見、「いまどきのリアル」、「いまどきの審美」に与した「あるある的」共感作用に依拠した映画作家に見えもします。前田弘二(と高田亮)による、非中心化作用をもつ“リアルっぽい会話”場面は、いかにも「あるある的」に受容され称賛を得ることで、観客の「消費」がその段階で安心して終了することもじゅうぶん考えられる類いのものとも言えるでしょう。
もちろん、前田映画の会話/(ディス)コミュニケーション劇はーーたとえば山下敦弘/向井康介コンビの映画における登場人物たちの絶妙な会話が、根本的にはひとつの人格の複数のバリエーション間での会話であり、彼ら登場人物たちの用いる言葉が結局のところひとつのセンス、ひとつの文体として共通のものとしてあって、それが統合されてある種の“作家の文体”が確立される助けともなっていますが、そのような理由から、山下/向井映画においては本質的には摩擦や成長のない世界が築かれているのとは異なりーー前田映画のそれは、 それぞれべつの人生をそれぞれなりに刻んできた異なる人格、異なる思考/嗜好/志向回路をもつ人格と人格による、それぞれ違う意味合いでの関係性構築のための遭遇を組織しようとする摩擦的「闘争」としてあり、複数の人物による無方向的に発された言葉群のブラウン運動は非中心化を促し、表面的には「噛み合ってるような噛み合ってないような、リアルな、気まずい、滑稽な、自然で無為な会話」として顕れてみえますが、そこには「同じ場所/時間を共有する複数の人と人のあいだのコミュニケーションは、異なる免疫をもった者として対峙するため(そしてそれゆえ尚且つ、異なる志向をもってその“場”に臨むため)、非・融合的に生じ、本質的に“必ず”噛み合わない」といった冷徹な認識があるとおもう。
「自意識の滑稽な空転」が、山下/向井的な作劇では創出者のパーソナリティに「偶然的に」起因するが、前田/高田的作劇においては創出者の世界把握に「必然的、宿命的に」帰結する。

前田弘二待望の商業長編映画デビュー作である『くりいむレモン 旅のおわり』は、女子高生たちの無駄話シーンの素晴らしさに眩惑されて、つい、いわゆるリアルな会話でその映画が構築されていたような印象をもっていましたが、観なおしてみるとこの映画における主要人物同士の会話はあんがい必要的・説明的で、これまでの短篇群では、ワン・シチュエーションのコントとして説明的な台詞は極力排除したままでも押し切ることが出来たのに対して、ここでは、「長編」映画として物語を語るために、異なる人格間の非・融合的な接触を長い射程をもって描出するさいにある程度「説明的」であることも引き受けられていると思えます。これは前田/高田が「いまどきのリアル」の信奉者なのではなく、他者とのコミュニケーションは非・融合的に為されるという世界把握を揺れずにもっていることの証左だと言えるんじゃないでしょうか。

『くりいむレモン 旅のおわり』での、(前田映画の顔というべき)宇野祥平はお兄ちゃん役としては正直ミスキャストだと思うし、宇野祥平が妹のアヤ/キヨミジュンの手に触れる場面や、カラオケの個室でノブ/榊原順がエリ/鈴木なつみにキスするシーンなどは、段取り臭を払拭しきれず演出としてあと一歩だと感じるし、そしてやはり、説明部分はこなれていないぶん雑談パートとのバランスが危うい。
「説明」を引き受けて物語と感情の推移を牽引しつつも、それなりのリアルと自然さをもって「ほんとう」や「人生モデル」を提示するという闘いかたは、ある意味ごく真っ当な正道であって、既に過去の古今東西の映画人たちが技術的に研磨し積み重ねてきた膨大な歴史(と技術的達成)があり、そこに正面から挑むのは、正直勝ち目の見出だしづらいシンドイやり方だと思えます。歴史性に接続の必要のないような、「あるある的」に「独自の人生モデルの提示」を「センス競争」としてやっていれば、天才的なセンスをもつであろう前田弘二なら、その高評価を維持したたましばらくはたやすく闘い得たでしょう。

しかし『くりいむレモン 旅のおわり』では勝機の見える見えないではない難しいところでの勝負に出た。そうしてそれゆえ、『くりいむレモン 旅のおわり』が単なるセンスに留まらない、いろいろな感情がはみ出すような映画になりえたんじゃないか。おなじ兄と妹の近親相姦ドラマとして、演技や描写のクオリティでは『誰とでも寝る女』が上かもしれないが、感情を動かす力では『旅のおわり』が遥か上をゆく。ネタとほんとうの人生くらい違うとおもう。

そして特筆すべきは人物たちの風景への沈みかた。通常、記録映画でさえも(商業用劇映画ならなおさら)、主要人物を風景や通行人から浮き立たせる作用をその画面はもつ(スター化、肯定作用)わけですが、この映画では、しばしば登場人物たちが風景に、雑踏に、均一的に埋没してしまう。この、画面内での人物の非・特権化、非・中心化は、表象としての埋没とともに、べつの作用をうながします。
駅で切符を買うアヤと、少し間をおいてそれを追うノブが映りこむ駅前の画面。あるいは、アパートに車で帰ってきた兄との屋外での再会場面。中野駅構内でばったり逢うエリとノブの、画面での有りよう。そして、原宿駅からの皆での『遊泳禁止区域』ぽい歩みの場面も、人々が徐々に雑踏の風景に沈みこんでゆく‥。
そして非・中心化を被って均一的に「自然化」した画面を、うっすらと、アヤの抑えながらも上ずった“せつない”感情が、すべておおいつくす。友達との楽しげで無内容な会話の場面でも、兄と交わす無難な近況報告の対話場面でも、その会話内容やその自然さもしくは説明的なさま、あるいはその場に支配的な空気/気分といったものといっさい関係なく、画面は、アヤの“せつなさ”に感染し、映画そのものがせつなさと気まずさに染まり尽くす。

やがて、兄への恋慕が破綻(前述のように、異なる人と人の思いは“必ず”非・融合的に帰結する)するあたりから、主にアヤの“せつなさ”のトーンに染められていた「感情そのものとしての画面」が、それこそ非・融合的に異なる色彩の感情に混濁しはじめる。アヤと兄の関係に苦しめられつつエリの性に引き寄せられるノブと、年上の彼氏がいながらもノブにある種の繋がりを感じるエリの感情が、混じりゆくことなく侵食してくる。

そうして神社で対峙する三人の交わす会話は、自分でない他人は、自分の想定や想像とは違うシステムでおもいを抱いているという非・融合的な世界把握を反映した最たるものとなります。

ノブ「一つ聞きたいんだけどさ。オレら付き合ってんの?」
アヤ「ノブはどうなの?エリと付き合いたいの?エリは‥‥エリはノブのこと好きなの?」
エリ「ノブはどうなの?」
ノブ「アヤは‥‥オレと付き合ってる?なあ?」
アヤ「でも」
ノブ「オレはオマエがどう思ってるか知りたいんだよ」
アヤ「‥‥‥付き合ってる」

ラスト、ホテルでのふたりは、お互いに相手の“ほんとう”のところを知りたいのか、そして、すべてを知ることが、何か関係や感情を解決的に幸福に導くのか、異なる他者の“ほんとう”に接することに自分は耐えることが出来るのかと、魂の有りようを試される。なんとなく分かった気になる平和な融合などいつわりだと『くりいむレモン 旅のおわり』の作者たちは登場人物たちに突き付ける。他者と関わることが苛烈な傷となる融合か、孤独な非・融合か。答えは出ないまま、傷だけは負い、温もりへの“さびしさ”だけは確かに抱いて手と手は繋がれ、ふたりは均一な雑踏へと消えてゆく。「感情そのものとしての画面」の連なりである『くりいむレモン 旅のおわり』は、その映像からも音響からも、何の意味指示作用も発信しない。その均一的で“貧しい”画面には、「意味」や「答え」はなく、何かの途中にある誰かの痛みのような感情だけが、ある。

(つづく)
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映画『Girl's Box ラバーズ☆ハイ』参考メモ(後)

以下がまず、前記事であげた資料等を日付順に整理したもので、そのあとで説明文を書きます。

〈映画『Girl's Box ラバーズ☆ハイ』撮影状況〉
(7/12クランクイン~8/1クランクアップ)

7/10火 ホン読み
7/11水 金魚『LOVERS HIGH』リリース/19:00~東京FMラジオ出演「ワンダフルワールド」@渋谷スペイン坂(金魚)
7/12木 クランクイン、(ウォーターフロントのロケシーン、奈々絡みのシーン中心)、雨模様、(奈央、星井、優)
7/13金 早朝から撮影
7/14土 撮影中(奈央)、(優亜の噴水脇のシーンは13日か14日のどちらか)
7/15日 撮休、「Girl's BoxTV夏祭り!!SPECIAL LIVE」@新宿FACE
7/16月 撮休、「Girl's BoxTV夏祭り!!SPECIAL LIVE」@新宿FACE/スタッフは茨城セット下見
7/17火 茨城セット撮影スタート、小木茂光登場、あいぴー&ミッチーは初日?、ガルボメンバーは朝6時に集合して行き、帰りは電車で帰って遠かった、金魚の3人はモツ鍋食べに行った
7/18水 茨城、エキストラ50名、(ナオミのショータイム→優亜アカペラ)、GBガールズ参加、森プロ殴られる
7/19木 茨城、エキストラ15名、(未来/未知のダンスシーン)、八木&金子差し入れ
7/20金 撮影(ミッチー)
7/21土 撮休、金魚『LOVERS HIGH』リリースイベント@石丸電気本店・ソフト1・ソフト2・ヤマギワソフト館
7/22日 撮休、金魚『LOVERS HIGH』リリースイベント@ラオックスアソビットゲームシティ・石丸電気ソフト1
7/23月 茨城、エキストラ80名、(クライマックスシーン)、紗綾と初めて一緒(ミッチー)、休憩時愛子ちゃんとお昼寝(奈央)
7/24火 茨城、エキストラ40名、(B計画シーン)
7/25水 第2セット撮影スタート、ミッチー奈央の弁当に入っていた蜂に刺される
7/26木 第2セット撮影、朝まで撮影、奈央~風邪&熱&咳
7/27金 撮休(?あいぴー撮影?)
7/28土
7/29日 (?第2セット撮影完了?(佐藤))/嘉陽愛子『POP』シークレットイベント/長澤奈央DVD『NAO MAIL』発売イベント
7/30月 21時撤収、朝6時~千葉の病院で撮影(恵仁会セントマーガレット病院)、昼ウナギ、撮影シーン12個、3人撮了(星井と紗綾と、秋本?)、優が昼寝して金縛りになる
7/31火 都内ロケあちこち、秋葉原ロケ(あいぴーメイドコス、チラシ配りシーン等)、ラストは新宿ロケ(金髪男との遭遇、優亜&ナオミ再会シーン前半部)
8/1水 クランクアップ。横浜ロケ、昼あいぴー&ミッチークランクアップ(回想シーン)、夜優&奈央クランクアップ(ナオミ&優亜再会シーンの後半部)。第22回神奈川新聞花火大会
8/2木 ポスター撮影

(なお、BS日テレの「Girl's BOX TV」(#18~20、#25~26)ではこの映画のメイキングが放送されたようですが未見(ミランカ版も未見)で、これからもみる予定はなく、みていれば判明した事もあるかも知れませんが、まあ別に何かが分かったり分からなかったりしたところで、誰にとっても別にどうでもいいことでしょう。)

説明~

○まず矛盾する記述から先に整理すると、25日に斉藤未知のハチ事件について、長谷部優が〈撮影中、アイピーの弁当にハチが入ったんですけど、ミッチーがハチを掴んで腫れてしまった〉とインタビューで述べていますが、長澤奈央は“私の”お弁当のヒジキにハチが入って‥とブログに書いていて、長澤奈央みたいな人が“私の”と“あいぴーの”とは記憶違いなどしないだろうから、大体ボーとしてる長谷部優の勘違いだと思う。

○オーディオ・コメンタリー(以下AC)36分頃に病院ロケは千葉か埼玉とありますが、他複数記述では千葉と記されていて、撮影協力には恵仁会セントマーガレット病院の名が(住所は千葉県八千代市上高野450)。
7/30に行われたこの千葉ロケで、佐藤監督のブログによるとメインキャスト3人が撮影終了とのことですが、オフショットスチール説明等によれば紗綾と星井が撮了、翌日からの撮影にも金魚&ミッチーが引き続き参加しているのでもう1人の撮影終了者と指されているのは病院場面に出番のある秋本奈緒美か小木茂光。両者とも7/31と8/1に撮影は無いと思われますが、3日程度しか撮影に参加していない小木さんは特別出演という扱いで、秋本奈緒美がメインキャスト扱いか?

○39分頃の小木さんGirl's Boxに現るのシーンの撮影(7/17)に対してACでは嘉陽愛子や斉藤未知が初日だクランクインだと言い、他の子たちも同意したりしていて混乱しますがクランクインは7/12で、12日にはまだロケセットは撮影出来る状態になっていない。あいぴーやミッチーにとっての初日、茨城ロケセットでの撮影初日の意味合い。

○その17日にスタートした茨城ロケは週末の金魚『LOVERS HIGH』リリースイベントを挟んで24日まで連日つづく。そこで行われたエキストラを入れての撮影の主な内容は以下のよう(人数は募集人数で参加人数でない)。

☆18日(水)50名~ショータイム→ナオミ歌→乱闘→優亜アカペラ
☆19日(木)15名~未知ダンスシーン
☆23日(月)80名~クライマックスシーン
☆24日(火)40名~B計画

19日内容は未知ログより、少人数をフレームに入れての細かい(比較的テンションの低い)撮影もいくつかあったんじゃないか。
18日はGBガールズのブログにより確定。後日の秋葉原ロケまでエキストラ参加し続けた長谷部優ヲタ・森プロ(敬称略)が当時、今は無きファンサイト『あみが一番』掲示板や2ちゃんに長澤奈央になぐられたと書き込んでいた。それがAC51分頃の〈あたしケンカの相手、優ちゃんのファンの人だからね〉という長澤奈央の言葉とも繋がる。
(森プロは撮影当時複数の掲示板によくエキストラ撮影の様子を断片的に書き込んでいて、ついでに思い出しておくと、森プロが7/31の秋葉原ロケのエキストラに参加した際、Aボーイ達がメイドコスのあいぴーをケータイで写メするカット(45:45~45:49)で撮った写メは事務所や著作権とかナシで自分で保存して良いという役得があったという。)

○23日の段階で、どうやら長澤奈央が体調をこわしているらしいという話がエキストラ参加者末端まで流れてきた。翌24日のB計画撮影日も、ACやオフィシャルフォトブック等によると熱があったとのこと。そしてその翌25日から入った第2セット(「Girl's Box」2階居住部分)撮影でも症状は続いていて、売り上げ倍増計画発表シーン@第2セットのACでも〈風邪ひいちゃって帰るとき鼻水出そうだった〉と言い、26日のブログでは〈実は今風邪を引いてて熱があります/咳も止まりません〉告白。撮影期間中、なかなか風邪が治らなかった模様が窺えます。

○佐藤監督ブログによると、7/26に明日は撮休とありその7/27にはこの日は撮休と記され、どうも27日は間違いなく撮休のようにみえる。
しかし、嘉陽愛子ブログ(07/07/27/17:26)には〈おはろ~♪♪♪/今日も映画の撮影です☆/みんなで夕食タイムだよ~(^^)v/夜もファイト!!〉とあり、あたかも27日は一日中撮影があったような記述となっていますがこれは一体??どっちかが嘘をついているのか?しかし、佐藤監督が嘘をつく理由がない。特定の異性へのアリバイ作りなどのために、撮休を撮影と言い張るならまだしも、撮影を撮休と言って何の得があろう?とするとあいぴーが?
もう一点気になるのは、嘉陽愛子ブログの写真と、長澤奈央ブログ(07/07/26/0:00)の写真がほぼ同一、ポーズは違えどフレームから細部の小物まで同じで、同一撮影者が同一時間に撮ったものに思える。ということは、長澤奈央ブログと嘉陽愛子ブログの内容は同じ日のもののはず。だけどややこしいのは、長澤奈央ブログの記事アップ時間が大体0:00であることで、その記述が他の資料と日時が合致しないことが度々あること。
で、期間を絞って検証してみると以下のよう。

8/3/0:00(ポスター撮影)→(8/2のこと)
8/2/0:00(今日2人揃ってクランクアップ)→(8/1のこと)
8/1/0:00(今日は近くで花火大会があるから浴衣着た子がいっぱいいる)→(8/1のこと)
7/31/0:00(今日は朝から秋葉原ロケ)→(7/31のこと)
7/26/0:00(みんなで夕食タイム)→(?)
7/25/0:00(今日弁当にハチが~)→(7/25のこと)
7/23/0:00(休憩時間は愛子ちゃんとお昼寝)→(7/23のこと)
7/17/0:00(今日から映画は茨城ロケ~)→(7/17のこと)

‥ということで、後半おかしくなるものの、基本的には“0:00=出来事はその日付に起きたこと”、のようで、27日の嘉陽愛子の記事は前日の写真を使ったフェイクと言えそう。27日は撮休だった。

○「ショータイム!!」@Girl's Boxのシーン(7/18撮影)中、51分頃のACで長谷部優がひとりだけなんだか黒く日焼けしちゃっていることの言い訳として使われたのが、AC12分頃の、優が噴水脇に寝て眩しかったというシーン。これらの撮影で日焼けしちゃったとのことで、茨城ロケは7/17からスタートし、嘉陽愛子&斉藤未知が合流、7/18の時点でのドス黒さは合流までの撮影にあったという。
それまでに撮影は12、13、14とおこなわれ、15&16はガルボのライブで撮休だった。このうち12日は雨模様(ロケはウォーターフロント周り、星井七瀬がらみのシーンを中心に撮影された)だったから晴れた噴水場のシーン→日焼けとはならない。ので、このシーンの撮影は13日か14日のどちらかに行われたと思われます。

以上、説明が必要なのはそんなところでしょうか。こんな整理に何の意味があるか分かりませんが、とりあえずの資料としてここにあげておきます。

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映画『Girl's Box ラバーズ☆ハイ』参考メモ(前)

映画『ラバーズ☆ハイ』のDVD版がリリース&レンタル開始して早2ヶ月。興味のあるようなかたなら、もう既に観了済みだと思われるなか、断続的にアップしてきたこの映画についての記事がずっと滞ってましたが、そろそろ続きを再開したいと思います。

予定記事は、

☆その3(感想まとめ)
☆エキストラ参加体験記

ですが、その話に移るまえに、基本資料編として、以下の幾つかのテクストから撮影時の様子や情報を検証してまとめておきたいと思います。
まずDVD『Girl's Box ラバーズ☆ハイ』に副音声として収録されたオーディオ・コメンタリーから、主に撮影についてのエピソードをピックアップし、以下それを、各主要メンバーのブログ、公式サイトやファンサイト経由の情報、オフィシャルフォトブック等からの情報と照らし合わせて、撮影当時の状況を整理したいと思います。(情報の重複するテクストはなるべく省略)


①〈オーディオ・コメンタリー〉

(参加者は長谷部優、長澤奈央、嘉陽愛子、斉藤未知、星井七瀬。)

~岐阜の優亜~
 2(分)○(部屋の中で走るシーン)がすごい気に入られたみたいで、ずっと走らされていた(優)
 4○お母さん役は面白い人だった、弟役はテレ屋さんだった(優)
~東京、オーディション~
 7○(中指たてるファックポーズ、なんてやったことなくて、)どーやってやるんですかって監督に訊いちゃったもん(奈央)
~東京、優亜の宿泊するホテル~
 10○(バイト情報誌みながらの説明的な)独り言を言い過ぎて、「そんな言わなくって良いから」って言われちゃった(優)
~詐欺にかかって失意の優亜~
 12○屋外、噴水の縁で仰向けに寝ているシーン→このときホントに眩しかった(優)
~優亜とナオミの再会~
 13○ロケは新宿
 14○(金髪男役の坂田聡さん)、ずーっと1人で練習してた(奈央)
 14○(援交希望者・金髪男について)実際もしこんな人だったら私ついてっちゃうかも。だって面白くない?(優)
 15○長回しのため、看板に隠れてフレームインするためにスタンバってた(奈央)
 16○坂田さん倒したあとの歩道橋の階段降りるシーンは横浜での撮影、一番最後、オールアップのシーンで、花火大会の日だった(優、奈央)
 17○(それにつづく、ナオミが優亜にヘルメットを渡す場面で)メット投げんの、ナオちゃん超強いの、あたしの顔面当たってんの、何回も練習した(優)
~Girl's Boxへ~
 19○ポールダンス、腰にマイク巻いてたから、でっかいタンコブできちゃった、衣装の露出が大きいからマイクを入れるところないから音声さんが大変で、最終的にはブーツの中に入れた。(ミッチー)
~奈々と優亜~
 27○自分の出番は初日にだいたい撮っちゃった(七)
 28○ギターを弾いている奈々、前髪が顔にかかってる感じがいいとカントク、メイクさんは顔を出したいと意見の相違(七)
 30○(奈々が弾いていたギターを片付け、優亜の前から立ち去る場面)ギターをギターケースに仕舞うのがタイヘン、フレームアウトした先でバラけてギター落っことしている(七)
~それぞれワケあり~
 31○未来回想シーン、虐待場面で転ぶところをやりすぎてアザになった(ミッチー)
~B計画~
 34○撮影日、長澤奈央が熱あった
 34○ビールは本物でなく、お茶や紅茶とかでビールっぽい色を出した
~ママが倒れる~
 36○病院に皆が走って駆けつけるシーン、あいぴーが超遅くてもたつく、奈央は速いと言われるがゆっくりしたのにみんなついて来ないと反論、一番後ろの星井、もっと早くもっと行ってよと感想
 36○ロケは山奥の病院、千葉(か埼玉)
~小木さん登場~
 39○この撮影がクランクイン、最初の日(ミッチー、あいぴー)
 39○実はこの日は外巻きだったのを、後日内巻きに変えた(ミッチー)
 40○この日の帰りにみんな(金魚)でモツ鍋食べに行った。電車で帰って遠かった。
~売り上げ倍増計画~
 42○このセット撮影メチャメチャ暑かった
 42○風邪ひいちゃって帰るとき鼻水出そうだった(奈央)
~ギター弾く奈々~
 43○ギター振り回す場面、弦で手が傷だらけになった(七)
~秋葉原~
 45○ポーズつけて、って言われたけどどうしていいか分からなかった、「え?どうゆう?」「何すればいいの?」「どうゆうふうに使うの?」と演出に不服(金魚&ミッチー)
~ナオミ、ショータイム~
 47○何回もミッチーの「ショータイム!!」のセリフを聞いたし言わされた、きっかけに使われた
 47○撮影に4、5時間かかった。控え室に行ったらみんな爆睡してた(奈央)
 50○(客同士のケンカシーン)、エキストラの長谷部優ファンと長澤奈央ファンがケンカしてるのを見て面白がってた
 51○(ナオミもケンカに加わり)、あたしケンカの相手、優ちゃんのファンのひとだからね(奈央)
 51○ひとりこんがり日焼けしている長谷部優、合流するまでの噴水の撮影等で焼けちゃった
 54○(優亜が歌っているのを徐々に気付いてくのとか)A型の人から気付いてってください、とかやってた
 54○青山草太、いいお兄ちゃんだった、ずっと優亜の弟役の子とずっと遊んでた
~頑張る1ヶ月~
 55○(ママが病院で寝ているカットのインサート)あたしこの病院で金縛りにあったんだけど。みんながメイクしてる間に昼寝したらすっごい金縛りにあった。普段金縛りにあわないのに。そっからすごい怖くなった(優)
 59○ほとんど金髪男はアドリブ
 60○雑誌掲載に使われた写真は衣装合わせの時撮ったもの
 61○(売り上げ達成直前、皆で盛り上がるシーン)楽しかった、昼休憩のあとのワンカット目で、みんな昼寝したあとで、テンションと勢いがあった
 61○(優亜と奈々)これ撮ったのは本当一番最初だった。金髪にしていた髪を染めたばっかりであたしの髪がうねってしょうがなかった、メイクさんがストレートにならないと困ってた(優)
 62○(名刺もらうシーン)すごい朝早くて眠かった(優)
 68○歩くシーンがレンジャーっぽいって突っ込まれた(奈央)
 71○(奈々の説得)この時なっちゃん普通に恐かった、たぶん役に入ってたからだろうけど普通に舌打ちされたりそんなセリフ無いのに小さく「うるせえな」と言われた(奈央)
 75○(ブリブリ衣装での台詞)これに合った芝居にすればよかった(奈央)
 75○奈々からのCD、封筒&ディスクの字は星井が書いた、奈々っぽい字で、汚くしようよと監督と(七)
 76○ナオミと優亜が衣装ホメあってじゃれるシーンはアドリブ
 78○奈央ちゃんが緊迫してたからカットかかっても喋りかけなかった(優、あいぴー)
~最期の日~
 85○優、ちょっと前髪切っちゃって監督に怒られた。みんな気付かなかったのに‥
 87○優亜母セリフ、最終的に「前向いて歌わんかい!!」、テストでは「歌いんしゃい」や「歌ってみんしゃい」とか経て。(歌いんしゃいって岐阜弁あったっけなと優のツッコミ。)
 89○優亜、アカペラのラバーズ・ハイ、何度も歌った、いろんなトコロから歌った
 90○「ラバーズ・ハイ」ライブ、楽しかった~(金魚)、ホントのライブっぽかった(あいぴー)、口パクだった(優)、金魚衣装この前着たら黄ばんでた(優)
 94○(Girl's!! Box!!コール)、そんな練習してたのかあ?(七)
 94○(舞台上に全員集合のフィナーレ)私これ呼ばれてなくって、私最後下なんだーって思ってたら、あ、未来忘れてた、って監督に言われて、あー良かった上あがれてって思って(ミッチー)
 95○みっちゃんと初めて手ぇ繋いだ(七)


②〈各ブログ〉

○嘉陽愛子ブログ(愛子の日記)
 7/10 ホン読み
 7/18 撮影
 7/27 今日も映画の撮影です
 7/30 お昼はウナギ、昨日はPOPのシークレットイベ
 7/31 今日も映画の撮影、場所は秋葉原、〈メイドさんの格好しました~(^^)v〉/エキストラとして、ファンの方も駆けつけてくれました〉
 8/1 今日でクランクアップ
 8/3 昨日は、映画『GB』のポスター撮影

○斉藤未知ブログ(未知ログ)
 7/18 映画の撮影で茨城にいます
 7/19 撮影、〈みちはダンスのシーンがあったので大変!!!〉
 7/20 今日も撮影
 7/23 またまた茨城にいます、今日は初めて紗綾ちゃんと撮影一緒
 7/26 撮影の待ち時間中。昨日の撮影の休憩時間に生まれて初めてハチに刺されました
 7/30 今日は映画の撮影で千葉にいます(^^)v/ちなみに長澤奈央ちゃんと嘉陽愛子ちゃんは朝6時からすんごく元気でしたぁ
 8/1 クランクアップ
 8/2 昨日クランクアップしたけど今日もみんなで撮影でした☆

○長澤奈央ブログ(NN Blog)
 7/10 ホン読み
 7/12 クランクイン〈今日は久しぶりに星井七瀬ちゃんに会ったよ〉
 7/14 今映画『GB』の撮影中
 7/17 今日から映画は茨城ロケ/朝6時に集合して行きました〈他の共演者の方より撮影が先に終わったから今日は電車で帰ります/三人(金魚)で電車に乗るのは初めてちょっぴり遠足気分です〉
 7/19 今日は現場に八木監督と脚本家の金子二郎さんが差し入れに(どら焼き)
 7/22 明日からまた映画の撮影
 7/23 撮影、休憩時間愛子ちゃんとお昼寝
 7/25 今日私のお弁当のヒジキにハチが入ってしまってみっちゃんが退治してくれました/でも‥‥/そしたら…/みっちゃんがハチに刺されちゃったの
 7/26 今日は朝まで撮影 朝までコース〈実は今風邪を引いてて熱があります/咳も止まりません〉
 7/29 DVD『NAO MAIL』発売イベント
 7/30 ロケのお昼はウナギ
 7/31 朝から秋葉原でロケ。夜も撮影がある
 8/1 今日は近くで花火大会がある
 8/2 クランクアップ 終わりました/最後に残ったのは私と優ちゃん。そして今日2人揃ってクランクアップしました
 8/3 ポスター撮影

○佐藤太(佐藤太の監督日誌)
 7/12 クランクイン 雨に悩まされたけど 明日早朝から撮影
 7/15 今日と明日は撮休、明後日から茨城ロケ
 7/16 Setの下見に茨城へ、明日よりここで本格的に撮影
 7/22 撮休〈明日は超重要シーンの撮影。全出演者が揃い、100人以上のエキストラと「熱い芝居」を〉
 7/26 昨日から二つ目のSetで撮闘/明日は撮休
 7/27 撮休
 7/29 二つ目のSet撮影無事終了、明日は千葉にある病院で一日中撮影、明日でメインキャストの内3人が撮了
 7/30 〈21時完全撤収〉〈朝メシは7時までの出発時間の場合のみに出される〉
 7/31 久々の都内ロケ、今夜のラストは都心部での大ナイター撮影(金髪男登場のシーン)。明日はついにクランクアップ予定

○わかな(GBガールズ)ブログ(WAKANA☆Magazine)
 7/18 朝からガルボの映画撮影

③〈その他〉

○エキストラ募集概要
Girls’BOX映画エキストラ急募
2007年7月18日(水)、19日(木)、23日(月)、24日(火)
撮影時間:AM9時~20時の間で撮影
場所:茨城県常総市内
(略)
対象者:20歳~40代の男性
募集定員:18日(水)50名
19日(木)15名
23日(月)80名
24日(火)40名

○『Girl's Boxラバーズ☆ハイ オフィシャルフォトブック』
:インタビュー
〈撮影中、アイピーの弁当にハチが入ったんですけど、ミッチーがハチを掴んで腫れてしまった〉(優)
〈毎朝、連絡網でモーニングコールをして起こしあった〉(奈央)
〈ライブシーンでファンの方がリアルな合いの手を入れてくれた〉(あいぴー)
〈カクテルの作り方はプロの方に教えて頂きました。でも二時間くらい…。あとは家で自主練習(略)何色ものカクテルをいっぺんに作るシーンは本番の一回で成功出来たんです!(略)でも瓶が重くて次の日に筋肉痛になりました。〉(ミッチー)

:オフショット、スチール(モノクロ)&解説
1&2&3〈こちらは嘉陽愛子さんと斉藤未知さんがクランクアップした記念写真。衣装を見ればどこのシーンを撮影したかは分かるはず。〉(あいぴーJK制服、ミッチーワンピース、長澤奈央OL姿)
5〈紗綾さんがすべての撮影を終了させた時〉(白ワンピ、Gジャン、無機質な廊下)
6と7〈(星井七瀬さんのクランクアップ時)(病院の、患者さんがいない病棟)

以上がだいたいの資料。‥なんか思ったより字数が足りなくなったので、次項(→コチラ)につづきます。

theme : 日本映画
genre : 映画

映画『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』その2

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『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』


(映画『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』その1からのつづき)

1.

冒頭、女の子の部屋が画面に映し出される。ビデオプロジェクター上映(HD/16:9)とはいえ、想像以上の劣悪な画質におののく。カメラがパンを始め、部屋全体をグルグルと視野におさめだしますが‥どうも微妙にパンの速度が速くて焦点が決まらずイライラする画面がつづく。早くも心が折れそうになるが‥DRMの『LEO』が流れはじめる。この部屋の主、優亜を演じる長谷部優が所属するDRMの楽曲だ。
この曲にあわせて、優亜/長谷部優は百面相をしたり、様々な衣装をとっかえひっかえしてファッションショーしたり、おどけたポーズをとり、スター=歌手になりきって歌うフリをし、部屋のなかを縦横無尽に駆けずり回りひとりでハシャぐ。優亜が〈夢見る少女〉としてスター=歌手に憧れている女の子だということの説明シーンであり、また同時に、長谷部優というひとりのアイドル(?)のさまざまな表情やさまざまな仕草、幾つものバリエーションのファッションに身を包む姿を凝縮して堪能することが出来るという“アイドル映画”の〈少女を見るためのツール〉という側面の機能が提示実行されたものでもあります。

そんな優亜の部屋の窓を媒介にして岐阜(優亜の、また長谷部優の実家がある)と東京が一瞬で繋がり(リズムのいい語り)、優亜/長谷部優がオーディションを受けるために都会の街を闊歩する姿を活写する。都会へ、夢へと向かう高揚がテンポの快調な展開と同調していて映画が勢いづきはじめる。
しかし、やがて、場面はオーディション会場となる。会場の廊下で控える、オーディションにきた大勢の女の子たち。ひどい画面。ここよりあとの室内場面、色彩設計及び照明が壊滅的で、ホームビデオもかくやというレベルの画面が連続する。以降も、ショーパブ〈Girl's Box〉のセット撮影を例外として、室内場面は軒並み酷い出来で、以後、映画の鮮度もリズムも(カメラが室内に入ると)いちいち色褪せ、映画が澱む要因となります。
さてオーディションに臨む際の優亜/長谷部優のファッションは、ヒドくダサい黄色のワンピースで、垢抜けない田舎者ががんばっちゃった感じという意味指示を担っているにしても、あまりにも似合わないという以上に、長谷部優のアクの強さを悪い方向に増幅しており、ちょっと問題あり。〈アイドル映画〉の使命(=主演女優を魅力的に見せる)としてはNGなんじゃないかと感じさせます。(普通にかんがえれば、物語後半での洗練&セクシーバージョンの優亜との対比、ということになりましょうが、じっさいは後半の優亜もたいして洗練されていない。)
椅子に腰掛けて審査を待つ黄色いワンピの優亜でしたが、彼女の前に呼ばれて、達者で伸びやかな歌声を披露した22番の女の子(長澤奈央)は、歌の審査を素っ気なく早々に打ち切られてしまう。その、審査員たちの気のない様子に、このオーディションは集金目当ての偽オーディションだと看破し毒づいて去ってゆく長澤奈央。しかし優亜/長谷部優は鈍な朴訥少女なのでピンと来ぬまま番号を呼ばれ、マイクの前に立つ。
流れてきた前奏は『LOVERS HIGH』‥この映画のメインテーマだが、オーディションのこんな場面で使っちゃってクライマックスの『LOVERS HIGH』ライブシーンに繋がるの??‥と思っていると歌は始まらずインストのみで、タイトル『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』の文字がキラーンとデッカく画面いっぱいに広がる。タイミング、字体、ともに最高にダサ‥‥。

2.

以上のようなアヴァン・タイトルを経て、映画は本編に入っていくわけですが、ここまでの数分間で、この映画がどのようなものであってどのように楽しむべきものなのか、ぼんやりと掴まれてきます。

画面を見つめながら、「映画として」「アイドル青春映画として」「ガルボ系イベントとして」といった異なる基準層でのそれぞれの価値判断が観客のなかで自然と為されてゆくわけですが、「映画として」の水準では、パン速度や室内場面について先ほど言いましたが正直話にならない水準であることがゆっくりと認識されてゆき、作品の力そのものとして“たんなる”〈アイドル映画〉を越え〈映画〉として状況を打ち破る、そのようなものに成り得るかもしれないという(元々淡くさえ抱いていなかったけど)希望、期待が、ゆっくりと後退していきます。
『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』は“たんなる”〈アイドル映画〉ではない、と島宇宙を越えて外へと声高に叫ぶ、そのような可能性は潰え、観客としての精神運動は〈たんなるアイドル青春映画〉を楽しめればいい、という水準に推移するでしょう。

3.

〈アイドル映画〉を〈少女映画〉と呼称する中森明夫は、“映画”に少女/アイドル女優を従属させる、日本の映画製作の現状に対して、以下のように異議を申し立てています。

〈彼らは「映画」を撮っているのであって、「少女」を撮っているのではない。しかし、観客は「少女」を見に行くのであり、単に「映画」を見に行くのではありえない。ここには大きな意識の隔たりがある。映画館に足を運び、お金を払って見る観客の立場から言えば、「映画」や「物語」は「少女」に従属すべきだろう。〉
〈しかるに実際の映画製作の現場たるやどうだろう。〉映画化原作の探索→脚本化→製作資金調達→主要スタッフ&キャストの召集→新人少女のキャスティング。〈新人の少女役のキャスティングの場合(略)各芸能プロダクションにお触れ(告知)が廻って、同年代の少女らが召集され(略)、役に合う女の子が選択・決定されるのだ。抜擢された新人少女は、さらに役に合うよう「やせろ」「髪を切れ」等、製作サイドの指示に従う……という次第。(略)「少女映画」の観点からすれば、このプロセスはおかしい。本来なら、まず新人少女の発見に最大限の努力が投入されるべきだ。(略)女の子の魅力をよく吟味し、その上で彼女がもっとも輝く原作、脚本が執筆される。そして少女をより美しく撮る技能を持つ監督はじめ選び抜かれたスタッフが召集される……本当であれば、当然、こういう手順で進行がなされるべきものだろう。〉

『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』のばあい、〈より美しく撮る技能を持つ〉スタッフが召集されているかどうかは甚だ怪しいところですが、少なくとも、企画としてまず特定のキャスト(の女の子たち)から出発し、彼女たちが輝くためのシチュエーションなりキャラ設定なり物語なりが模索され準備されてゆく、という、あるべき「正しいアイドル映画」の製作のされ方が、順序を間違えずに実践されています。そのことにブレがないし、それゆえ、映画全体から、何ともしれないささやかな清々しさが漂ってきているように思えます。

彼女たちを輝かせる――それ以外のナニモノカであろうとする卑俗さとは無縁に存在する『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』は、何人ものアイドル女優がゾロゾロ登場する映画としては稀有な、不思議な種類の清潔感があります。男性のリビドーに訴える指向性をもつ作品群とも距離を置いていると感じられますし、サブカル的洗練や作家主義に安穏と依拠したりする気配もない。良質な「映画」であることや「娯楽」として快適であることを第一に指向することもない。それは、彼女らがアイドルであったり若い女性であったりする以前に〈表現者〉であるというリスペクトが制作者側の根本にあり、その魅力を掬うことが第一義としてあるからで、彼女らの魅力を犠牲にしてまで提示すべき美学や価値など信じられていない。

そのスタンスが清潔感に繋がっている反面、「映画」「サブカル的洗練」「性的興味」等という価値を指向しないことによって、外へと波及する力は失速し、結局のところこの映画が〈ガルボ系イベント〉の一環でしかない域に留まり、周辺ファンにソフトをコレクトされ、消費されやがて過ぎ去ってゆくしかないという運命を示しています。

4.

見知らぬ都会で騙されて金も居場所もなく呆然とする優亜/長谷部優は、偶然再会した22番、ナオミ/長澤奈央に助けられ、彼女に連れられてウォーターフロントにあるショーパブ〈Girl's Box〉に辿り着く。そこで出逢う、輝きを求めて共に暮らす少女たちが、イベント〈Girl's Box〉の常連である面々だということになります。
共同生活を営むのは、長谷部優、長澤奈央、嘉陽愛子、斉藤未知、星井七瀬という、ガルボ内での実力や人気度の順ではなく、イメージとしてガルボを代表する/出来る絶妙な人選。ユニット・CHESE(Sweet Kiss解散後に結成)としてごく最近ガルボに参加し始めた紗綾は、あまりガルボのメンバーというイメージがありませんが、彼女は映画ではショーパブ〈Girl's Box〉で共同生活を送るメンバー達とは微妙に距離のある設定(〈Girl's Box〉オーナーの娘)となっていて、ショーパブ〈Girl's Box〉で夢を追う少女たちによる〈疑似家族関係〉を共有していない。これは、この映画版が(イベント版)ガルボ的イメージのトレースを忠実に行い構築されているということの証左と言えましょう。

さて、ガルボメンバーの面々には以下のような役名が与えられています。

優亜/長谷部優
ナオミ/長澤奈央
愛/嘉陽愛子
未来/斉藤未知
奈々/星井七瀬
沙耶/紗綾

正統なアイドル映画には、アイドル本人を連想させる酷似した役名を当のアイドルに名乗らせるという、ベタな伝統がありますが、ここではその伝統が忠実に尊守されていて、そのあまりのベタさに、なんだか嬉しくなる。役名で示される役柄と本人のニアイコール性は、映画『Girl's Box~』での彼女らの役柄/魅力を、ある程度本人のものとして見てもらって構わない、という宣言でもあります。未来(斉藤未知)は歌はイマイチだが異性を魅惑する色気がある、女の子女の子した愛(嘉陽愛子)はアキバでコスプレしてAーBOYに大人気、といったふうに、各キャストのある種の特色や魅力が延長/拡大して提示されていて、観客はギャップを感じたりキャラ設定の把握に手間取ったりすることなく、各人の魅力を期待するラインで堪能することが出来ます。ケンカっぱやく暴力的なリーダー格のナオミ役は、長澤奈央のもつキャラクターと幾分違うかと思われますが、ガルボ内では明るく姉御肌のリーダー気質、というイメージであり、その延長線上の人物像として考えれば、明暗の違いはあるにせよグイグイと周囲を牽引する頼もしいキャラクターという面ではそれほどの違和感を感じずにリラックスして受容できるたぐいのものでしょう。
〈パンキッシュな〉星井七瀬の役は、なっちゃん的イメージというよりは素の本人の、理知的/孤高/不敵/ふてぶてしいといったイメージからのインスパイアか‥アイドルというよりは女優として遇されたという感じがつよい。

さて主人公を演じる長谷部優は、優亜という役について訊かれて〈似ている部分はかなりありますね。実は私と重ねてキャラクターを書いていただいたところもあるんです。「岐阜から上京してきて――」って設定自体が似ているし、自分に重なる部分もたくさんあった〉と述べていますが‥その、本人/役柄の差異の感触が、他キャストの場合とはどこか違って感じられます。実際は、ニアイコールとはいえやはりドラマ上の役柄を演じている感のつよい長澤らと異なり、画面上の優亜が長谷部優にしか見えない、と感じられるのは、プロフィールの相似性によってでも性格設定によってでもなく(そもそも〈まじめで、真っ直ぐで、曲がったことが嫌いで、歌が好きっていう本当に1本筋の通った一生懸命頑張る女の子〉というキャラ=長谷部優ということ自体は誰しもピンとこないでしょう)、演技力の問題でもなく、ましてや長谷部優のスター性によってでもなく、長谷部優という人物の離人症的な人格の空虚さと、ドラマ上で観客の視点となる狂言回し的ポジション=作品の中心的虚点とが同調し、その虚点を軸として“キャラ立て”とは無縁の域で映画を作動させる力が働く。つまり表現者・長谷部優の特性は、〈空虚〉だと。
(つづく)

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『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』

theme : 日本映画
genre : 映画

映画『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』その1

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『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』


『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』
(2008年、日本、100分)
監督:佐藤太
脚本:金子二郎
音楽:MOKU
出演:長谷部優、長澤奈央、嘉陽愛子、斎藤未知、星井七瀬、紗綾、小木茂光、秋本奈緒美


歌手を夢見る優亜(長谷部優)は、東京で開催されたオーディションに挑み、合格する。胸を弾ませて上京してみると事務所はもぬけの殻、優亜が受けたのは金目当ての偽オーディションだったと判明する。無一文で居場所もなく、途方に暮れる優亜は、そのオーディションで一緒だったナオミ(長澤奈央)と偶然再会する。“あたしたちの場所”に来るか?ナオミに導かれて訪れた場所は、〈Girl's Box〉という名の夢の吹き溜まりだった‥。


1.Girl's Boxとは

そもそも、“Girls’BOX”とは何でしょうか。パンフレットによれば、〈avexよりリリースされる女性アーティストたちのコンピレーションアルバムとそれに連動して実施されるライブイベントとテレビ番組を含めた『総合エンタテインメント』〉(ヘンな文章‥)であると定義されています。2005年、〈「アイドル不在」と言われている昨今、シーン自体を盛り上げるべく立ち上げられた〉プロジェクトが、“Girls’BOX”(以下、ガルボ)だということになるのだそう(昨今、アイドル不在と言われているかはともかく)。

総合エンタテインメント、と言いつつも、現実には、ガルボ周辺のファンにとっては〈Girl's Box〉とはライブイベントに他ならず、他の要素はオマケに過ぎません。その性質は、同じように複数のアーティストが集うエイベックス系のライブイベント〈a-nation〉が不特定多数の〈外〉へ向けて開いたものだとすれば、(そんなに売れていない)女性アーティスト(≒アイドル)オンリーのイベント〈Girls’BOX〉は見事に〈内〉を向いた、ヲタしか寄りつかない“閉じた”イベント/企画だと言えるでしょう。この映画の主演者である長谷部優が所属していたグループであったdream(現・DRM)も、アピールすべき活動の場が〈a-nation〉から〈Girls’BOX〉に移行するのと時を同じくして表舞台から消えていった。そのように囲われた場所で、パイの小さいある種のアイドルイベントが回されているだけ、という印象がありますが、他の標準的なアイドル系イベント/ライブとの違いはといえば、かつてはdreamが、現在はSHOWーYAがそのシーンを牽引していることからも象徴的なように、アイドル性やルックスよりも、
歌唱やダンス等のパフォーマンスのクオリティが重視される傾向があることだと思われます。
アイドルヲタが集うアイドルイベントでありながら、いくら可愛くてもパフォーマンス力の弱い者を淘汰しようとする力が働く。観客も異性として魅力があるだけの女子には冷淡な反応を示す。そのような、比較的本格派志向の傾向が、〈Girl's Box〉送り手・受け手共にある。そのような指向/嗜好はしかし、その存在条件が「優れていること・秀でていること」では決してなくて、「愛されること」のみがその市場価値である〈アイドル〉産業の構造とは乖離しており、必然、環境は自閉してゆき、明らかな先細り状態を2006年には迎えます。


2.メディアとアイドル

そんななか、明けて2007年の1月7日、品川ステラボールで『Girls’BOX PREMIUM01 Re-Born』という〈Girls’BOX〉シリーズのライブイベントが開催されました。
“リボーン”というサブタイトルが示すように、これを起点にして、これまでの方式や方向性にとらわれずに様々なジャンルやメディアにガルボを展開してゆく決意表明がなされました。このイベント中、映画版『Girls’BOX』の制作発表が、MCをつとめた星井七瀬の口から発表されましたが(また、この日の星井七瀬の発言から発展し、長谷部優&長澤奈央&嘉陽愛子のユニット「金魚」が結成され、これもまた映画の一要素として合流する)、そのニュースは観客から薄い反応しか引き出すことが出来なかったし、以降、ガルボ周辺のファンの話題としてこの映画の話がのぼることも特にないかんじがありました。映画版『Girls’BOX』は、コア層にさえ始まりからゼンゼン期待されていない不幸な企画だったのでした。ガルボ周辺のファンにとっては、映画が制作されることとガルボのライブに期待することとは、あまりリンクしない事柄だった。

そして、映画側からみても、期待感のなさではガルボ周辺ヲタの反応のそれと大差ありません。企画の出発段階から〈Girls’BOX〉という言葉を映画の題名に持つことがあらかじめ決められていて、主要な出演者は〈Girls’BOX〉の常連メンバーであるエイベックス系アーティストたちだ、と。そこから逆算されるようにして導き出されたらしき物語の概要は、ベタで安直な物語のようにしか見えず、マトモな出来映えの映画になるとは、ちょっと想像できないかんじがありました。〈映画〉側にとっては、ガルボの面々がパフォーマンススキルに秀でているか否かに関わりなく、単に安易な企画のアイドル映画が一本その系譜に名を連ねたとしか見えないし、事実、メディアの現実に徹底して無自覚な凡庸な企画といえるでしょう。

『Girl's Box TV』でおなじみのプロデューサー・都田和志は、ガルボの面々を虚像としてのアイドルではなく進化形のアイドルなのだと説く。〈完全に進化している人。何でも器用に出来る人。(略)彼女たちは可愛いし、ダンスも出来るし、演技も出来るし、歌も歌える。しかも喋ったら面白い。(略)それで今までのGirl's Boxに出てくれたメンバーの中心がこの子たち〉で、彼女たちはこの映画を通過して、〈今のアイドルといわれている子たちを引き離したかなと。〉と豪語する。しかし、そのようなプロデューサーの自負を担うだけのものが、この映画内でのパフォーマンスに存分に発揮されているかどうかは、単純に演者のスキルの有無に還元されえるものでもないだろうし、そもそも、なんでもそれなりに器用に出来るアイドル、など掃いて捨てるほどいる気もしないでもない。

だいたい、この映画にガルボから参加したキャストである、長谷部優・長澤奈央・嘉陽愛子・紗綾・斉藤未知・星井七瀬のうち、「歌える」と誇示出来るクラスにあるのは長谷部優しかいないし、「演技も出来る」子はキャリア的には確かに皆さん場数もふんでいてあるレベルには達しているかもしれませんが、誇りうるほどの“女優”と呼べるのは星井七瀬くらいで、アイドル性や女性的魅力はともかく、紗綾や斉藤未知の各種スキルなどは正直かなり危うい気もします。そして、出来上がり商品としての映画は、あくまでも〈アイドル青春映画〉そのものとして消費される。彼女たちのパフォーマンス力がいかに優れたものであろうとも、「優れていること」はパッケージのなかでの物語や見せ場の説得力を上げることに奉仕するに過ぎなくて、〈アイドル青春映画〉という枠を突き破り世間に届くような事態は起こりえない。ある程度よい演技があり、ある程度今ひとつな演技がある。ある程度よいパフォーマンスや、ある程度低調なパフォーマンスが散在する。プロデューサーの自負やら野心にも関わらず、この映画はそういったアイドル映画一般に埋没し、開かれた〈外〉への突破
力とは宿命的に成りえないとおもう。

都田和志は彼女たちを〈進化したアイドル〉とよびますが、“歌”に本籍を置き、演技その他のジャンルもこなす、というアイドルのありようが、まず相当に旧態依然とした時代錯誤なものでしょう。アイドル=愛されるもの、という定義の根本にある、その存在の“無根拠さ”は、必然的に時代と共にあることから逃れられないことを示し、その消費は〈宿命的にメディアという距離を通した対象への愛〉という構造に依るのだから、〈メディア更新の進行形としての現在性〉、というべき回路をその存在に内包しなければ“外”への突破など有り得ないのだ。メディア性に無自覚な、素朴な「努力」や「クオリティ」や「実力」などでは状況は変わらない。ガルボ周辺のクリエイター/プロデューサー達に欠けているのはそのような当然の認識であり、そしてその状況を打開するための戦略を構築し得るスキル。〈Girl's Box〉に参加したことのあるアーティスト/アイドルで(あるにもかかわらず)例外的にPerfumeがブレイクしたのは、素朴なクオリティ信奉ゆえにではなく、島宇宙として自閉するアイドルというサブカルチャーを、他のサブカルチャー/島宇宙と接続
する親和性を提示し得たからで、その際に楽曲やパフォーマンスのクオリティがモノを言ったのは副次的なことに過ぎません。


3.映画版という企画

ガルボ周辺の企画群は根本的に現状認識が甘く、その活動の多くは残念ながら時代とすれ違っています。映画版制作もそこから距離をとれているわけではなく、その行く末は淡く消費されて忘却されるだけの負け戦でしかないでしょう。

しかし、それも悪くはない、とおもいます。

現在、ある程度の数量制作され流通している他の多くのアイドル映画群が、それなりに聡明な戦略によって時代のなかでくすまずにその場所を獲ているのに対して、素朴な現状認識のガルボ系イベントには埃っぽい愚直さ、非・先端/非・先鋭な雰囲気があり、どこか恥ずかしく、懐かしい。
アイドル文化がサブカルチャーの一形態としてライトに容認される現在に、鈍重な重みをもったダサさとして必敗の宿命を担った〈Girl's Box〉の“切なさ”は、アイドル文化のある種の〈儚さ〉を体現する。

思えば、自分は〈Girl's Box〉周辺の存在や活動の、その報われなさ、敗北する宿命の切なさ、才能が世間知にやぶれゆくさまに、愛着をもち、切ない思いを抱いていたのでした。それ(非ブレイク)を、散々言われてきたようにスタッフの無能さやら不手際やらを要因として挙げることは簡単ですが、そのおかげで獲得できたこの“切なさ”を、肯定的に自分はとらえています。その輝きが、一瞬の限られたものであるからこそ貴いのであるなら、輝く瞬間さえ見失った〈Girl's Box〉の切なさはより一層、痛く、きらめく、過ぎ去った青春のように。(知名度はゼンゼンないけど地下アイドルでもないという救いようのなさからも、切なさは漂う‥。)

以上のような状況下で制作~公開された『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』への興味は、以下のようなもの。“たんなる”〈アイドル青春映画〉にしか成り得ない『~ラバーズ☆ハイ』ですが、それでもなお、状況を外へと突破する力を持つのか?愛され、時代のなか浮上するためとは無縁なクオリティ信奉が、映画に何をもたらすのか?そして、そもそも映画としてどうなのか。と同時に、映画としての正否とは別に、〈アイドル青春映画〉としての価値はどうなのか?そしてこの映画を通過した〈Girl's Box〉は何を得たのか‥。
ようするに、『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』を観る楽しみとは、「映画として」「アイドル青春映画として」「ガルボ系イベントの一環として」の三つの層での価値を並行してみてゆく作業ともなりましょう。

(→『Girl's Box/ラバーズ☆ハイ』その2、につづく)

theme : 日本映画
genre : 映画

映画『国道20号線』、ヒミコさん

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‥ドラマの話の途中でしたが、映画に行ってきて、メモっとかないともう触れない気もするので書いておきます。これまでみたいな個別評みたいなのをやる気が最近起きないのですが、観たということを残しとかないと何だかドンドン忘れてくので‥。

11月6日(火)

①渋谷・UPLINK-X 19:00~
『国道20号線』
(2007年、日本、77分)
監督・編集:富田克也
脚本:相澤虎之助、富田克也
出演:伊藤仁、りみ、鷹野毅、西村正秀、村田進二

②東中野・ポレポレ東中野21:00~
『ヒミコさん~Lady Himiko~』
(2007年、日本、88分)
監督・脚本・撮影・編集:藤原章
出演:宮川ひろみ、園子温、高橋洋、吉行由実、田野辺尚人、切通理作、辛酸なめ子

タイムテーブルは渋谷で7時から、東中野で9時からと、①が1時間17分しかないとはいえ、一見不可能なプランですが果たしてどうか?

(9月11日に新宿で映画を観たときも結構危うくて、
①10:30~12:30(新宿バルト9)
『ワルボロ』
②12:30~14:25(新宿TOKYU MILANOビル)
『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:序』
と間が0分しかない強行スケジュールで、走ってなんとかなりましたが、今日の場合は電車を乗り換えてゆかないとたどり着かないし、そもそもアップリンクって渋谷から何気に歩くんですよね‥。)
で、アップリンクに直接電話して訊いてみると上映終了予定時間は20時20分ごろだという。①の終了後ダッシュして、新宿での乗り換えでタイムロスしなければ何とかなりそうだと見切り発車。

アップリンクまでの道のり、東急の脇に入った道路沿いに古本屋があったはずだが見当たらず、かわりに(?)見覚えのないコンビニが出現していました。劇場までの道のりの魅力が、何気に減退‥。

アップリンクに着いてみると結構な人だかりが(そしてある種の鼻をつく体臭が充満)。公開始まって間もないし、やはり若い人は要注目作を敏感に嗅ぎつけるんだな~と呑気に列に並ぶと、『国道20号線』は1階じゃなくて2階ですと。1階のアップリンク・ファクトリーでは本日「雨宮処凛のオールナイトニッポン」公開生放送がこれから行われるということで、その列だったみたい。
2階に上がると間もなく上映だというのにガランとしていました。受け取った整理番号は2番。開場時にも観客は3人しかおらず、興行的には相当な苦戦が強いられている模様。定員40の座席は、最終的には8人ほどの観客で占められましたが、どうも数人は関係者に見受けられる‥。それ以外の一般客は、若すぎずもせず年老いてもいず、劇中に出てくるヤンキー文化の所属者でもなくましてやサブカル野郎でもない、ごく真面目な映画ファンといった風情。

19時より始まった予告編はたっぷりと正味12分ほどはあり、どう計算しても終わるのは8時半ごろにはなってしまう。電話で問い合わせたとき教えられた、20時20分終映というのは嘘じゃないかと暗澹となる‥

味も素っ気もなくまっすぐのびる国道。その国道をはさんで、こちら側にはパチ屋があり、向こう側には消費者金融各社のATMが群をなすようにひしめいている。何でもないような何かあるような、日本中どこにでもありそうな風景。

そのような一見平凡な風景から、映画の作り手たちは、絶望的に閉じた、社会/環境における搾取の構造を炙り出してゆく。

ダメ人間がダメなままダラダラと、しかし本人たちなりには必死に生き、ドツボにハマってゆく。『国道20号線』同様にそのような物語をもつ山下敦弘ローファイ悲喜劇群(『どんてん生活』ほか)の登場人物たちは主に文化系非モテダメ人間でしたが、ヤンキー崩れの登場人物たちが右往左往する富田克也監督の『国道20号線』は、とりあえず、そのDQN版と言えるかもしれません。
しかし、山下映画の男どものダメさかげんが、結局のところ自己責任に回帰するのに対して、『国道20号線』に登場する人々の閉塞したダメっぷりは、その背後にある社会的構造の問題を(露骨なまでに)照射していて、その意味ではこれは、井土紀州『ラザロ』と並んで、今時珍しい形の真っ当に現在形の社会派劇映画だと言えましょう。

富田克也監督〈きっかけは普段走ってる国道の風景だったんです。(略)パチンコ屋から男がスルスルって出て来た。そいつがそのまま消費者金融のATMにスルスルって入っていったの。“(略)便利だな。ン、便利かこれ?”みたいな。ちょっと待てよ、罠だろ。仕組まれてるだろって思った瞬間に、普段見慣れていた風景が違和感そのものになった〉

新鋭による映画の多くが、違和感から出発し、大方ある種の、〈ある時代、ある状況における、(新機軸な)人生モデルの提示〉を為すものであることから逃れられず、『国道20号線』もその例外ではない。いつかの記事でクサした『14歳』を筆頭に、それらの映画群の大部分は、その出発となる着眼点のところで満足してしまうのか、稚拙で凡庸かつ安パイな表現でお茶を濁すような、自己アピール(ナイスな“あるある”を提示する冴えたジブン!)に長けただけの代物。もう新鋭といえない某監督の、某国際映画賞受賞作品も、そこから距離を置いているとは言い難いと思う。それら〈ヘタ/自己実現〉系の映画群にいい加減ウンザリし続けてきましたが、『国道20号線』からは、そのような不快感を殆ど感じませんでした。

冒頭、主人公の運転する車のフロントガラス前、ダッシュボード上部に敷きつめられた白いファーを目にした瞬間から、被写体との距離の置き方に信用を置く。ダメダメな悪循環にのみこまれてゆく登場人物たちの世界を構成するモノ──演技、美術、服装、エピソード、モノローグが、あくまで“冴えて”いるモノではなくて、世界にフィットするように鈍く画面に沈み込んでいる。それら世界を構成する要素群は、誇るべき〈意匠〉ではなく、ただ、そこにある。
この映画に比べれると、表現の達成度も技術も面白さも遥かに上位にある『松ヶ根乱射事件』における素晴らしい表現の数々も、これ見よがしの意匠に見えてきてしまう。しかし、そうして(奥ゆかしく?)描き出された、ただそこにあるだけの愚かで静かに絶望的な人生の姿は、ただそこに提示されただけであって、生の“痛み”は鈍く露出しているが、それが批評的に映らず“社会を撃つ”感じが迫ってこない。いわば意匠的に、世界を対象物提示と批評的描写とに遊離させることによって生じる他者性が、ここでは何か希薄なのだ。

たとえば主人公の恋人・ジュンコ(りみ)が、女友達とカラオケに行き安室奈美恵の『CAN YOU CEREBRATE?』を歌うシーン。何ということはないけれど、超絶的に面白いシーン。しかしこの“面白さ”は、どこへ向けて理解を求めればいいのか‥。近年でいえば『リアリズムの宿』や『やわらかい生活』でのカラオケ場面が豊かな達成を示していると思いますが、それらの映画では、確固とした批評的方向性を見定めたうえで、技法を駆使し、心理の綾を幾重にも織り込んだ、高度な表現の結晶としてそこに顕れていました。『国道~』のカラオケ場面にはそういったものはなく、生のままの存在感が薄暗く佇んで発声しているだけだ。

このカラオケ場面は、そのナンデモナサこそが凄いとも言えますが、理解しやすい意匠を取っ掛かりとして求めるような固定観念に囚われた観客とは、どうも『国道20号線』という映画はすれ違ってしまうのではないかという危惧が。それが、公開早々の夜の回にかかわらずこの客入りの悪さ、に表れてるんじゃないか‥。思えば、『サッド・ヴァケイション』でのラストの水の飛散シーンは、そのような凝り固まった観客や論客をも救う、“優しい”サービスだった。『国道20号線』における“描写”と“語り”は、単なる出来事の羅列としか受け取られかねないし、フラットにダラダラと状況を提示しただけだと批判されても仕方ない側面をもつ。題材はともかく物語りかたにキャッチーな“ひき”がないから、作品的迫力として不特定多数に波及して有無を言わせず動員する求心力が生じないのか‥。

分かりやすい〈凶々しい過激さ〉、相対しやすい〈カルトさ〉、観たらお勉強(ウンチクの足し)になるだろう〈お得感〉が欠落している『国道20号線』はしかし、だからこそ好感を抱けるし、だからこそ貴重だと言いたくなります。

全体、描写のピントが甘いというか、何より肝心の国道やATM群を撮って画面に収めることにあまり戦略が感じられないし、演技や録音も満点とは言い難く相当のムラがあって、簡単に傑作とか必見とか言いづらい感じがあるのは辛いところですが、予定調和じゃない、モデルニテな映画表現の更新があったことは喜ばしいこと。停車中の自動車、仕草、発声、立っている人物の描写などに才能アリ。ヤク中のユカリんちを訪問したジュンコらの、玄関扉のあけかたなんかも良かった。

監督をつとめた富田克也は映画美学校出身者で、篠崎誠監督に見出された逸材。その名高い8ミリ大作『雲の上』(03)は11月22日(木)にアップリンクでレイトショー上映されますので、気になるかたは行きそびれないようにしたほうがいいかと思います。その篠崎誠は『刑事まつり』路線まっしぐら、最新公開作は寒々しい『0093 女王陛下の草刈政雄』‥篠崎誠はどこへ行くんでしょうか‥。美学校出身者のものとしては他にも横浜聡子監督の『ジャーマン+雨』など注目作が公開を控えており、まだまだ映画美学校のムーブメントはつづくみたいです。

さて、20時30分に上映が終わり、表に飛び出し、渋谷駅方面に足早に急ぐ。東急が見えてくると渋谷に戻ってきたという感じがする。目の前には劇中でみたばかりのケバケバしさでドンキが迫ってくる。109前の三叉路を点滅する信号に急かされながら走り抜けると、視界に溢れるネオンの海にはパチンコ屋に消費者金融のサインがきらめいて流れ去ってゆく。システム化した搾取の構造は、甲府という一地方都市の問題などではなくて都会にも田舎にも偏在している日本そのものの問題だということを示唆する風景。

渋谷駅、20時41分発の山手線に飛び込んだ。新宿までの所要時間は7分‥ギリギリかなと思っていると、只今新宿駅付近でお客様が転落‥‥救出作業を‥‥この電車は当駅でしばらく停車‥‥などとアナウンスが。幸い間もなく動き出しましたが、『ヒミコさん』はもうムリかなと諦めムードに支配されはじめました‥。

予定より2分ほど遅れて新宿駅15番線に到着すると、向かいの16番線に総武線各停三鷹行きがすぐに滑り込んできて、20時52分、扉が即閉じて列車は無事走り出し、東中野に着いたのは20時56分!勝った‥。

→国道20号線、映画『ヒミコさん』につづく)


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『国道20号線』

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映画『恋文日和』

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『恋文日和』

(2004年、日本、111分)

①『あたしをしらないキミへ』
監督:大森美香
出演:村川絵梨、弓削智久

②『雪に咲く花』
監督:須賀大観
出演:小松彩香、田中圭

③『イカルスの恋人たち』
監督:永田琴恵
出演:玉山鉄二、塚本高史、當山奈央

④『便せん日和』
監督:高城麻畝子
出演:中越典子、大倉孝二


『ドリフト』『僕は妹に恋をする』、そして『マスター・オブ・サンダー 決戦!!封魔龍虎伝』ととりあげてきた小松彩夏出演作、紹介の最期は『恋文日和』。異端の少女漫画家・ジョージ朝倉の連作短編シリーズ『恋文日和』からセレクトされた4つの短編によるオムニバス・ムービーです。“恋文”をテーマにしたラブストーリー、ということが共通項で、各編に直接の関係はない。

映画全体としての形は、①②③の各短編を④『便せん日和』でサンドイッチにする構成で、つまり④Aパート→①→④Bパート→②→④Cパート→③→そして④のDパートで終わる、という構成。問題の演出陣は、キャリアがあるのは主にドラマの脚本家(『ランチの女王』『きみはペット』『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』など)として知られる大森美香と『ブリスター!』の須賀大観くらいで、あとの監督は新人という恐ろしい布陣。相当な覚悟を持って観賞にあたりましたが‥。

意外や、①『あたしをしらないキミへ』、④『便せん日和』が面白かった。ただし、ぜんぜん、映画ではない。ここにある面白さは少女マンガの面白さであって、ジョージ朝倉の原作というか作風がともするとサブカル方面に評価されてしまいかねない(少女マンガとしては)不純さを含有しているのに比べて、俳優の肉体というフィルターでエッセンスが濾過された映画版のこの2作品は、より純度の高い少女マンガっぷりで好感をもちました。少女なり女の子なりの、現実感覚と遊離しがちな妄想の空転感が描かれ、ふわふわとした恋の高揚をほどよく定着させていて、映像作品であるまえに少女マンガである、という楽しさがある。

①の監督・脚本の大森美香のいつもながらの特徴といえば、テキトー、ということに尽きるという印象なのですが、その考えなしのテキトーさによって、結果、女の子の考えなさとムダに考えすぎるところを、巧く掬いとるように表現がなされているとおもう。④の、恋する中越典子の空回りぶりの可愛さと楽しさは、映画全体のトーンを明るいものとして救っていますし、ずっとヘラヘラしたトーンできて、このオムニバス映画全体の末尾ともなるラストがぐっと優しく真面目なのも後味がいいですね。

全般、クオリティもタッチもテレビドラマ程度の表現なんですが、しかし、それである程度の面白さがあるなら、映画かどうかはそれほどの問題でもなく思えるし、そこまで期待するほどの企画でもないとも言えます。じっさい、もっとも映画的技巧が凝らされているといえなくもない③『イカルスの恋人たち』が、最もつまらなくてみるに耐えない(錯綜した語り口、死んだ男のビデオレターと合唱してブラウン管にキス、隅々まで寒い)という事態からは、映画的であるか映画的でないかは何のための評価基準かと空しくなります。

残るは小松彩夏出演の②『雪に咲く花』。常に揺れるカメラ、固定ショットでもなんかフラフラしてるカメラにイラっとこなくもない。他のエピソードが女目線のロマンティックなら、この②は男目線のある種の魅力を宿す女子が描かれる。ナゾな儚い風情の少女、は短編少女マンガの伝統的キャラクターとも言えますが、映像作品になると途端に男性的願望にみえてしまう不思議。

ピンク色のマフラーが高い枝に引っかかって、校舎の一段低い屋根から手を伸ばして取ろうとしている小松彩夏の姿を、田中圭が見つける。彼が屋根にのぼるともうそこにはいなくて、彼女はもう一段高い校舎のベランダで淡々とマフラーを首に巻いていた。とらえどころのない無重力的な未来感を露骨に描出。涼しく、寂しげで澄んだ瞳で見据えて振り返る小松彩夏の肖像には、意外と良くとおる声と相まって、儚さと、それだけでない眩しさがあります。終盤、ベタな不幸さに儚さだけに性質が集約されていって、結果魅力爆発には至らないのですが、小松彩夏の存在感と魅力の基本線は定着しえていると思います。

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